八ッ場ダム(その1 ダム周辺)

 (2016年10月2日作成)

概 要

 八ッ場ダムは,利根川の支流,吾妻川(あがつま・がわ)の上流に建設中の重力式コンクリートダムである.このダムの建設は紆余曲折があり,さらに2009年にはダム本体工事の中止と本体工事入札延期が決定されたが,その後工事再開となり2014年8月に本体工事を清水建設が落札した.

 今回,日本地質学会第123年学術大会の巡検の一つとして2016年9月13日(火)と14日(水)に見学会が行われた.
 見学箇所は,ダム本体周辺の地質と変質,ダム周辺の地質と地すべり,それに白根火山の溶岩流と殺生河原の変質・噴気孔である.

吾妻渓谷とダム本体工事

 八ッ場ダム周辺の地質層序を 表1 に示した.ダムサイトを構成している地質は,八ッ場安山岩類の火山角礫岩で同質の溶岩を伴う.ダム軸断面図では火山角礫岩中に溶岩が南に傾斜した楕円状に描かれていて,両者の関係は判然としない.

 八ッ場安山岩類に貫入している安山岩やデイサイトが,八ッ場安山岩類に変質を与えていて,淡黄白色あるいは赤褐色の変質部が形成されている.これら変質部の分布も十分には明らかになっていないようである.

 ダム貯水地で問題となる未固結の応桑岩屑なだれ堆積物は,礫質土で急崖を形成している場合もあるが,水浸により崩れやすいという.
 応桑岩屑なだれ堆積物の物性については,下記のウェブサイトを参照のこと.
< http://www.ktr.mlit.go.jp/yanba/faq/jisuberi.htm >


表1 八ッ場ダム付近の地質層序
表1 地質層序
(H17 川原畑地区他地質調査報告書 平成19 年3 月 (株)応用地質 による)
 ダム本体の基礎岩盤は八ッ場安山岩類の火山角礫岩で,安山岩あるいはデイサイトの岩脈が河床部付近を中心に貫入している.八ッ場安山岩類は変質作用を受けていて粘土化の著しい箇所がダム基礎岩盤にも露出しているようである.
 ダム貯水池で問題となるのが,応桑(おうくわ)岩屑流堆積物で礫・砂を主とする土相でほとんど固結していない.浅間火山の黒斑(くろふ)期の噴出物で2.4万年前に形成された.
 粒度試験結果では,礫分が36〜78%,細粒分は4〜24%となっていて,細粒分まじり礫に相当する.層厚20mの場合の水浸状態での沈下量は9mm以下である.


表2 川原湯周辺地域の層序
表2 川原湯地域地質層序
(中村ほか,2016,402p による)
   八ッ場ダム周辺の地質情報を総合した層序表である.八ッ場ダムの基礎岩盤は,八ッ場層の塊状火砕岩を主体とする地層である.八ッ場層の年代は出されていないが前期鮮新世で,500万年前〜300万年前である.八ッ場層上位の横壁層の時代に石英斑岩やデイサイトの貫入があった.後期中新世に陸化して以後,活発な火山活動が続いている地域である.

 見学した時点で,八ッ場ダムの本体工事は掘削が終わりコンクリート打設を待つばかりの状態のように見えた.
 ダムサイト上流左岸にある「やんば見放台」(展望台)から工事の状況を見ることができる.右岸は比較的岩盤の変質作用が弱いのか特に目立った点はない.
 それに対して,左岸側は変質が著しく湧出水によって茶褐色に変色した部分が多い.

 上流に目を転じるとダムサイト直上流右岸の巨大な盛土が目に入ってくる.ダムにより水没する集落の代替地前面につくられた盛土である.この盛土を含んだ4箇所の代替地盛土については,2014年5月に改正された宅地等造成規制法への対応から杭工による耐震補強をすることになっている.

 八ッ場ダム工事事務所では,2016年10月17日以降の月曜日から土曜日まで,ダム右岸天端付近からダム工事の見学ができるようにするとのことである.
< http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000656574.pdf >


図1 八ッ場ダム堤体.jpg
図1 八ッ場ダム堤体右岸の掘削状況
 堤体掘削はほぼ終了した段階である.コンクリート吹付けの色がやや白くなっている部分が堤体となる.細長い台形になっている.


図2 八ッ場ダム左岸斜面.jpg
図2 八ッ場ダム左岸斜面
 左岸にはコンクリート・プラントが設けられていて掘削面は見えないが,上流の裏面ののり枠の間から湧出水がありのり面が褐色化している.


図3 打越地区盛土.jpg
図3 打越地区の残土置き場
 ダムサイト右岸直上流の代替地である打越地区の貯水池に面した盛土を覆って残土置き場としているようである.右端に八ッ場大橋の橋脚が見える.
 掘削残土は,当初計画では打越地区1箇所であったが貯水池内に分散しておく計画に変更された.

鹿飛橋から吾妻峡見晴台へ

 当初の八ッ場ダムのダムサイトは,今回見学した鹿飛橋付近であった.1975年に,当初予定のダムサイトを600m上流に移動したことが住民に明らかにされた.ダムサイト下流,約1kmにある十二沢パーキングから,山道を歩いてダムサイトの約100m下流の吾妻峡見晴台へ行くことができる.その途中にあるのが鹿飛橋である.鹿が飛び越えるほど狭い函状の谷になっている.

 見晴台への遊歩道には八ッ場安山岩類が露出している.溶岩と火山角礫岩とされているが,露頭での区別はなかなか難しい.鬱蒼とした森の中の道を見晴台へと向かった.


図4 八ッ場安山岩.jpg
図4 八ッ場安山岩溶岩
 鹿飛橋付近の八ッ場安山岩類の溶岩である.割れ目が開いていて不安定な状態にある.変質していないので非常に硬質である.


図5 鹿飛橋付近の安山岩貫入岩.jpg
図5 鹿飛橋上流の安山岩貫入岩
 鹿飛橋上流の安山岩の貫入岩で,鉛直の割れ目の走向・傾斜はN30°E,90°である.それと直交する方向に板状節理のような構造が見える.


図6 見晴台からのダムサイト.jpg
図6 見晴台から見たダムサイト
 ダム堤体掘削はほぼ完了している.手前中央の木の葉の陰にコンクリート打設を終わった減勢工の床版が見える.
 全体に青灰色を呈していて弱い変質作用を被っているように見える.流路方向に2本の安山岩と思われる岩脈があり,その周辺が赤褐色に変質している.
 平成28年8月の「八ッ場ダム建設事業(報告)」(国土交通省 関東地方整備局)では,硬い岩石が多かったことおよび弱層部が想定より深かったことから約41億円の増額となるとしている.


図7 ダムサイトの弱層部.jpg
図7 ダムサイトの弱層部の掘削増
(八ッ場ダム建設事業(報告),国土交通省 関東地方整備局 平成28年8月12日,20p より)  

参考にした図書など

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