石綿と建設工事

 今,アスベストによる健康障害が大きな問題となっている.
 「奇跡の布」と言われ,耐火材料をはじめ保温材,ブレーキやクラッチフェーシングの摩擦材,各種建築材料に使われてきた.この何者によっても変質しにくく変形しやすいという性質が重宝がられて使用されてきたが,その性質故に人体に入り込むと溶けずにいつまでも残り,回復できないきわめて悲惨な健康障害を発生させている.すでに,1934年にイギリスの主席産業医学監督官であったT.レッジが,「現在の知見から振り返ると,アスベストに関係がある疾患の把握と予防の機会を逸したのではないか」と言っているという(東敏昭,2005).

 ここでは,石綿の鉱物学的な性質,健康障害の状況を述べ,建設業での対応方法について述べる.現在最も大きな問題は,すでに発生している健康被害の救済と今後予想される老朽化や地震による石綿使用建物の取り扱いである.しかし,程度の差こそあれ石綿は蛇紋岩中に含まれており,トンネル工事や切土工事では作業員が瞬間的ではあるが,石綿繊維に触れることになる.この点を見逃してはならないと考える.

 なお,この記事のもととなったのは,2005年11月3日に北海道大学で開かれた日本地質学会北海道支部主催の地質学講演会「『アスベスト』ー地質学・医学から読むー」での,産総研の中川充氏と元兵庫医科大学の井口弘氏の講演である.


←“トップ”へ戻る

1.石綿の鉱物学
2.石綿の健康への影響
3.建設工事でどう対応するか
4.まとめ

1.石綿の鉱物学

石綿の正体

 石綿(アスベスト:asbestos)というのは,天然の繊維状の鉱物で柔軟性,引張強度,音響遮断性,耐腐食性,耐熱性,絶縁性に優れ,経済的価値を持つグループの総称である.
 鉱物としては大きく分けると,蛇紋石の仲間のクリソタイル(白石綿,温石綿などと呼ばれる)と角閃石の仲間のアモサイト(グリュネル閃石:茶石綿),クロシドライト(リーベック閃石:青石綿),繊維状直閃石,繊維状透閃石の二つになる.
 ILO(国際労働機関)による石綿の分類はやや異なっている(図1参照).また,定義は,『石綿とは岩石を形成する鉱物の蛇紋石及び角閃石グループに属する繊維状の無機けい酸塩』となっている.

 宝石の一種である虎目石の縞はリーベック閃石の濃集部であり,青虎目と呼ばれる石にはリーベック閃石(青石綿)の青い色が役立っている.

表1 石綿の分類
蛇紋石アンチゴライト・クリソタイルは石綿
・電子顕微鏡下でアンチゴライトは板状,リザルダイトは平板状,クリソタイルは細い管状の形を示す.
リザルダイト
クリソタイル(白石綿または温石綿)
角閃石アモサイト(グリュネル閃石:茶石綿)・これらは,いずれも石綿
・左以外にも成分によりいろいろな種類がある.
・火成岩類に含まれる角閃石は,肉眼的には黒色短冊状で劈開がはっきりしているのが特徴である.
・アモサイトは,asbestos mine of
South Aflicaに由来する商品名である
クロシドライト(リーベック閃石:青石綿)
アンソフィライト({繊維状}直閃石)
トレモライト({繊維状}透閃石=透角閃石)
アクチノライト(アクチノ閃石=陽起石
=緑閃石)
は,生産量の多い石綿である.

asbestos_classification.jpg
図1 ILOによる石綿の分類(せきめん読本,1996,(社)日本石綿協会 による)

クリソタイルの特殊性

 クリソタイルは雲母などと同じ層状珪酸塩鉱物であるが,酸素と珪素が格子を組んだ8面体層と4面体層(テトラパックの形)という層状構造の配列が異なる二つの層が積み重なっている.このため,四面体層を内側にしてカールするために,電子顕微鏡で見るとバウムクーヘンのような断面のクリソタイル・チューブを作る.このため,非常に微細な結晶になりやすい性質がある.このチューブの断面に出ている酸素原子は電気的に不安定(ラジカル:対電子を持たない状態で反応しやすい)になっていると想定される.

 このクリソタイルの結晶構造は,
【 https://www.gsj.jp/Muse/wadai/wadai.html 】の【 地質標本館>話題の石 】

に行くと見ることができる.
 また,このサイトでは蛇紋岩中に形成されたクリソタイル脈の標本写真も見ることができる.

石綿の産地と産出状態

 工業的に利用された石綿の90%程度は蛇紋石系の白石綿(クリソタイル) である.この石綿は蛇紋岩に伴って産出しており,日本では北海道中央部の神居古潭帯の蛇紋岩,北上山地の早地峰帯の蛇紋岩帯や宮守蛇紋岩体,阿武隈山地,秩父山地,中央構造線沿い,九州西部などで産出することが知られている.

 主な石綿鉱山の分布図は,「せきめん読本」
【http://wsh.med.uoeh-u.ac.jp/asbestos/book/tokuhon/1.html】
に載っている.

 これら多くの鉱山のなかでも,北海道富良野市の東方に位置する布部,野沢石綿,山部の各鉱山が有名で,野沢石綿鉱山では石綿含有率が1−3%の蛇紋岩を露天掘りしていた.ここでは,蛇紋岩中に白色あるいは淡緑色針状のクリソタイルが脈状に分布している.この蛇紋岩体は神居古潭帯の一番東側に位置している.

 世界的には,カナダ(ケベックからアメリカのヴァーモントに至るカンブリア紀の蛇紋岩地帯) ,ロシア(中部ウラルのかんらん岩地帯),南アフリカ(喜望峰,トランスヴァール地方の蛇紋岩帯) ,ローデシア(南部地方の蛇紋岩)などである.

 鉱山坑内での採掘状況は,
【 http://wsh.med.uoeh-u.ac.jp/asbestos/index.html 】
の【書籍・資料集】の【石綿教育資料写真(1997)】の【Part2】
に載っている.
 この写真集の中で,,坑内で作業着や身体に付着した石綿を持ち出さないために更衣室とシャワーの設備があることに,特に注目して欲しい.

石綿の性質

 石綿はアスベストとも呼ばれているが,これはギリシャ語で「永久不滅,消えない炎」という意味である.つまり,火に強くランプの芯に使っても長持ちし,薬品にも強く,繊維状で柔軟で,引張に強く,音を遮断し,絶縁性にも優れているという特性を持っている.
 紀元前2,000年にイタリアで発見され,古代エジプトではミイラを包む布として使われ,古代ギリシャではランプの芯として使われた.

 日本では1764年(明和元年)に平賀源内が秩父山地から石綿を発見し火浣布と名付けたのが始まりで,香を炊く台(香敷)として作った物である.

 表2に見るように耐熱性が良く,450℃くらいまでは性質があまり変わらない.耐酸性・耐アルカリ性も高く,比抵抗も小さい.また,抗張力が3,000MPa/m2程度あり,スレート瓦などコンクリート製品に混入することにより,コンクリートの弱点である引張に弱いという性質を補うことができる.ちなみに,現在コンクリート構造物の補強に使われている「アラミド繊維」の引張強度は2,000MPa/m2程度である.

 石綿が肺に入り込み健康障害を起こすのは,このようにほとんど性質が変わらず,しかも非常に微細な結晶となることが原因であると考えられている.

表2 石綿の物理的・化学的性質(「せきめん読本」より) 
種類
性質
クリソタイルアモサイトクロシドライトアンソフィライトトレモライトアクチノライト
硬度2.5-4.05.5-6.045.5-6.05.56
比重2.553.433.372.85-3.12.9-3.23.0-3.2
抗張力
(kg/cm2)
31,00025,00035,00024,000<5,000<5,000
比抵抗
(MΩ・m)
0.003-0.15<5000.2-0.52.5-7.5
柔軟性良ー不良良ー不良良ー不良
耐酸性
耐アルカリ性
脱構造水温度
(℃)
550-700600-800400-600600-850950-1,040450-1,080
耐熱性
450℃くら
いから脆くなる.
クリソタイルより
やや良
クリソタイルと同様アモサイトと同様クリソタイルより良不良

注)脱構造水温度は空気中での値である.

表3 モース硬度
硬度鉱物
1滑石
2石コウ
3方解石
4ホタル石
5リン灰石
6正長石
7水晶
8黄玉
9鋼玉
10ダイヤモンド

 右の欄の鉱物で測定対象の鉱物を引っかいて硬さを見る.例えば,方解石では傷が付かないが,ホタル石で傷が付けば「硬度3.5」である.

 

石綿の利用と規制

 日本における石綿利用と規制の歴史を表4に示した.
 この表から分かるように石綿は様々な産業で使われてきた.現在,国内に石綿鉱山は稼行されておらず,石綿の製造・使用は禁止されたが,これまで使用されてきた石綿の飛散,なかでも石綿製品修理時の作業者の曝露や地震時の倒壊家屋からの飛散が問題としてある.石綿の使用量は建築材料が圧倒的に多いため.地震時の石綿を含む家屋倒壊に対してどう対応するか大きな問題である.
 これらのほかに,建設工事では蛇紋岩地域でのトンネル工事や切土工事での曝露の可能性が問題として残っている.

 日本の輸入量は最盛時(1970年ー1980年)で年間30万トン,それに対して世界の生産量は550万トンで,約5%を日本が輸入していた.

【http://wsh.med.uoeh-u.ac.jp/asbestos/book/tokuhon/1.html】

に世界の生産量と日本の輸入量のグラフが載っている.

表4 我が国における石綿利用・規制の歴史(「せきめん読本」に加筆)
年  代事  項
江戸時代(明和元年)
(1764年)
平賀源内による火浣布の発明
明治20年代石綿及び保温材等の石綿製品の輸入開始
明治24年(1891)保温材、パッキン等の国産化開始
明治29年(1896)保温材、パッキン等の石綿製造会社の組織
明治39年(1906)石綿セメント瓦の輸入開始
大正2年(1927)石綿セメント製品の国産化開始
昭和6年(1931)石綿ジョイントシート製品の国産化開始
昭和12年(1938)北海道地区でクリソタイル鉱床の発見
昭和31年(1956)吹付け石綿施工の開始
昭和46年(1971)「特定化学物質等障害予防規則」施行
換気装置の設置など曝露防止対策の義務化
昭和49年(1974)吹付け石綿施工の中止
昭和49年(1974)過去最大の輸入量約35万トン
昭和49年(1974)石綿工業製品ではクロシドライトの使用中止
昭和62年(1987)クロシドライトの使用中止
昭和63年(1988)老朽化した吹付石綿の処理工事が本格化
平成元年(1989)石綿セメント製品及び摩擦材等石綿の低減化及び代替化の自主規制開始
平成5年(1993)(社)日本石綿協会は自主的にアモサイトの使用中止
平成7年(1995)法的にアモサイト、クロシドライトの使用禁止
平成16年(2004)クリソタイルの製造等を禁止
平成17年(2005)「石綿障害予防規則」の施行
→平成20年(2008)石綿含有製品の全面禁止

 

表5 石綿の使用業種と使用目的
業 種使用目的
造船配管の保温材など
建材屋根・壁用スレート,サイディング用ボード類,押出し成形セメント版など
鉄道シール材など
自動車パッキン,ガスケット,ブレーキ摩擦材(特に1980年代までである)
建築関係建材,吹付け石綿,保温材(電気工事を含めて建築施工者は概ねすべて)

 

2.石綿の健康への影響

石綿の健康障害

 石綿の微細な結晶が肺にはいることにより,塵肺と同様な現象が生じる.これを石綿肺と呼んでいるが,その特徴は次のとおりであり,対策は予防しかない.

(1)び漫性である.つまり,肺全体に影響が出る.
(2)不可逆性である.少なくとも現時点では,良くなるための治療方法はなく,病状は進行する一方である.
(3)進行性である.上のことと同じであるが,年月が経つと病状は確実に進行する.

 これらの特徴のうち,最も深刻なのは進行性で決して良くならないという点である.いろいろな対処がなされ一定効果を上げている方法もあるようであるが,決め手がないのが現状で,現在のところ予防が第一の対応方法である.

 症状としては,呼吸機能低下と肺高血圧が発生する.石綿繊維が肺胞を圧迫するために肺高血圧になり,このために心臓が肥大するが逆流を止める弁は大きくならないために血液が逆流してしまい,肺でのガス交換ができなくなる.心不全になり最悪の場合,死亡する.

 最初に現れる異常は,胸膜肥厚斑(胸膜プラーク)で,これが石綿肺に特徴的な異常である.
 さらに,胸膜石灰化,良性石綿胸水(胸水貯留),円形無気肺などが発生する.

表6 石綿による病変
肺の病変胸膜の病変
石綿肺胸膜プラーク
円形無気肺び漫性胸膜プラーク
肺ガン良性石綿胸水
悪性中皮腫(胸膜,心膜,精巣鞘膜

どの程度の暴露で発症するか

 「発ガン物質には閾値はなく,少しでも曝露を受ければ,それだけリスクが増加するというのが仮説です.しかしながら,一本の繊維でも危険というのは現実的でなく,実際には一定以上の曝露があって初めて発現するというのが,妥当と考えます.」(東敏昭,2005).

 日本産業衛生学会の勧告では,クリソタイルの場合,リスクレベル10-3(千分の1:肺がんや悪性中皮腫の生涯発生率が増加するレベル)では,0.15繊維/ml(150本/L),リスクレベル10-4では,0.015繊維/ml(15本/L)となっている.

 表7に東京都が継続的に測定している一般環境中のアスベスト濃度を示したが,現在,大気汚染防止法で決められている「アスベストを取り扱う工場などの敷地境界線における規制基準(10本/L以下)」に比べると約1/30の濃度である.

表7 一般環境のアスベスト(石綿)濃度(単位:本/L[リットル])
1985198619871988198919901991199219931994199519961997199819992000平均値
江東区0.841.450.670.400.350.420.150.100.090.060.210.190.200.200.250.230.36
新宿区0.851.110.590.330.230.240.210.070.050.040.200.160.190.200.200.210.31
多摩市0.280.470.440.240.130.130.050.040.200.180.180.180.230.210.21
【 http://www2.kankyo.metro.tokyo.jp/kaizen/kisei/taiki/asbest/1.htm による】
3箇所の総平均は,【0.29】 である.
注1)江東区は新砂の東京都環境科学研究所
注2)新宿区は百人町の東京都衛生研究所(1992年まで)と高田馬場の新宿区福祉作業所
注3)多摩市は愛宕の多摩一般環境大気測定局
注4)大気汚染防止法に定められたアスベストを取り扱う工場などの敷地境界における基準値は【10本/L 以下】

<南アフリカの石綿鉱山労働者の場合>

 南アフリカのクリソタイルに曝露した鉱山労働者に発生しているアスベスト関連疾病では,1977年から1995年の19年間のアスベスト繊維数の年平均は3回を除いて1ml あたり1繊維を下回っていて(1,000本/L以下),最大値は2.5 繊維/ml(2,500本/L)であった.アスベスト関連疾患の有病率は,21-36%であった(S.キスティングほか,2004).このオーダーの暴露を受けると発症する事例が多くなる.

<クリソタイルの危険性>

 一般に,蛇紋石系の石綿(クリソタイル)よりも角閃石系の石綿の方が発ガン率が高いといわれている.
 しかし,以下のような報告がされている.

  アメリカのマウントサイナイ医科大学の鈴木康之亮教授は,人の悪性中皮腫から採取した肺および中皮組織336個体を調べた.
 その結果,これらのほとんどすべてにアスベスト繊維が存在し,肺組織では最も多かったのはクリソタイルと角閃石の混合物,角閃石のみ,場合によってはクリソタイルのみのいずれかであった.
 一方,中皮組織で最も多かったのはクリソタイルであった.つまり,クリソタイルは肺から中皮組織へ透過的に移動する強い特性を持っている.また,アスベスト繊維の大きさは,大部分が長さ5μm以下,太さ0.25μm以下であった.

 つまり,角閃石系(鉄を含む)の石綿が発ガン性が強いと言われてきたが,最も微細な結晶となるクリソタイルの危険性を指摘した研究である.

<石綿の測定法>

 ところで,石綿の繊維数の測定は,毎分10リットルの流量で4時間通気してフィルター上に捕集したもののうち,直径が3μm未満,長さが5μm以上で,長さ/直径(アスペクト比)が3以上のものを電子顕微鏡あるいは位相差光学顕微鏡で数える.この時の単位は,f(繊維)/cc あるいは 本/L である.
 固体中の石綿については,X線回折による半定量分析で1%以上含まれているかどうかの判定を行う.

石綿がガンを起こすわけ

 このメカニズムは完全には解明されていないが,次のように考えられている.

(1)石綿のような微細な鉱物繊維が生体に付着することにより体内の免疫機構と反応してフリーラジカル(酸化作用を促進する原子や分子)が発生し遺伝子構造に影響を与えたり,細胞の機能低下や組織の変性をもたらす.
(2)他の発ガンの引き金となる物質の影響を強める.この点では,表7に示すような結果が報告されている.これを見ると,石綿に曝露した非喫煙者を5とした場合,石綿に曝露した喫煙者は約10倍の相対危険を持っている.
(3)「動物実験からは『細く長く(径1μm以下,長さ10μm以上),溶け難い(体内で解けにくく長期に滞留する),表面活性のある(活性酸素などフリーラジカルを生成しやすいなど)』繊維ほど,腫瘍を発生させやすいことが知られています.」(東敏昭,2005)非常に微細な結晶であるため,その断面に原子が直接現れていると考えられ,電気的に生体の分子と反応してフリーラジカルとして作用すると想定される.

3.建設工事でどう対応するか

トンネル工事での対応例

 建設工事で石綿が最も問題となるのは古い建築物の解体作業であるが,蛇紋岩地山を掘削するトンネル工事や切土工事でも問題となりうる.

近鉄志摩線の青峰トンネルでは次のような対応を行った.

「近年,環境上大きくクローズアップされているアスベストは,世界に産するアスベストの90%がクリソタイルといわれており,室内試験結果における透過電子顕微鏡写真での電子回折図形は,このクリソタイルと一致していた.したがって,トンネル坑内の作業環境を守るため,作業員全員に電動ファン付き呼吸用保護具を装着させて作業に従事させることにした.」(坂本ほか,1993)

普通の蛇紋岩中にどの程度含まれるか

 蛇紋岩であれば石綿が含まれるのは一般的である.石綿鉱山のように濃集して脈で産出することはほとんどないが,数cmの脈で蛇紋岩中に入ってくることは珍しくない.

 クリソタイル(温石綿)の日本最大の鉱山であった山部地域鉱床(4箇所が採掘された)の富鉱部で最大のものは幅100m,長さ300mに達し,深さは80m以上あって,45゜で傾斜していたという(5萬分の1地質図幅説明書 山部,1953).おそらくこれは脈状クリソタイルの濃集部であったと考えられるが,優良な石綿は長さが3cmに達するものもあったという.
 1953年当時で石綿含有量は0.4〜0.6%と推定されており,含有量0.15%が採算ラインといわれていた.
 以上のことから,普通の蛇紋岩体でズリ中に1%以上の石綿が含まれることはないと考えてよい.

表8 労働安全衛生法に基づく健康管理手帳交付の要件
業  務要  件
11 石綿(これをその重量の1パーセントを超えて含有する製剤その他の物を含む.)を製造し,又は取り扱う業務. 両肺野に石綿による不整形陰影があり,又は石綿による胸膜肥厚があること.

 したがって,掘削ズリから飛散する石綿については,考慮しなくて良いと考えられる.また,掘削ズリについても特に対策を行う必要はない.ただし,できるだけ湿潤状態を保つよう配慮し,飛散を防止するのが望ましい.
 また,掘削ズリは盛土材として流用することになるが,通常の取り扱いで問題はないと考える.

 トンネル掘削中に蛇紋岩に迸入しているクリソタイル脈に当たる可能性がある.この場合は,瞬間的にクリソタイル結晶が切羽近傍に多くなると考えられる.したがって,できればファン付きの防塵マスクを装着して作業して,少なくとも蛇紋岩に遭遇した場合は,空中のクリソタイル濃度を測定する必要があろう(現段階では10本/L(=0.01 f/ml)が許容値である).

 石綿でもう一つ注意する点は,作業員の衣服や身体に付着しての場外への飛散である.海外の石綿鉱山では,作業終了後に現場でシャワーを使い身体に付着した石綿を除去し,現場で使用した衣服などは場外に持ち出さないようにしている.この点にも注意する必要がある.

4.まとめ

(1)蛇紋岩中にはいくらかの石綿が含まれている.日本ではほとんどがクリソタイルで,最近の研究では悪性中皮腫患者の中皮腫にはクリソタイルのみが含まれていたという結果が出ており,クリソタイルの危険性が注目されている.
 石綿による健康障害のやっかいな点は,発症まで20〜30年の年月がかかり有効な療法が見つけられていないことである.
 以上のことから,トンネル工事でもできるだけ安全に配慮した対応を取る必要があろう.

(2)日本での空中の石綿の許容値は現在のところ,大気汚染防止法で決められている「アスベストを取り扱う工場などの敷地境界線における規制基準(10本/L以下)」である.坑内作業ではこの基準値以下の環境とする必要がある.

(3)掘削ズリについては,労働安全衛生法に決められた「1重量%」を上回ることはないと想定されるので,特に処理する必要はないと考えられる.また,野積みでの放置は望ましくないが,盛土などへ流用することは問題ないと考えられる.

(4)石綿の健康障害はその発生機構自体が不明であるので,慎重に対処する必要がある.作業員に付着しての作業場外への飛散などを防止する対策を講じておくのが望ましい.

<参考になるウェブサイト>

<http://wsh.med.uoeh-u.ac.jp/asbestos/index.html>
 書籍・資料集の中の「せきめん読本」,「石綿教育資料写真」などが参考になる.

<http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/air/air_pollution/asbestos/index.html>
 東京都環境局のアスベストに関するサイトである.大気中のアスベスト濃度の測定値が出ている.

<https://www.gsj.jp/Muse/>
産総研の地質標本館で,「話題の石」ではアスベストの写真を見ることができる.

(2005年12月5日)


←“トップ”へ戻る