貯水池周辺地すべりの技術指針(案)

 (2010年1月20日作成)

 ダムを造ると当然,貯水池ができる.それまでは水に浸かっていなかった貯水池周辺の斜面が水に浸かり,ダム貯水位の変動に伴って斜面内の地下水位も変動し,地すべりが活動することがある.
 最近の例では紀の川(吉野川)上流の大滝ダム白屋地区の貯水池地すべりがある.ここでは,住民が移転を余儀なくされ,ダムには水を貯めることができないでいる.大滝ダムでは2010年度も地すべり対策工事の予算が認められた(毎日 JP 奈良).

 ダム貯水池の地すべりは予想をしない状態で発生することがあり,事前の詳細な調査が必要である.しかし,貯水池地すべりの調査や対策については指針がなかった.このような状況で,2009年7月に国土交通省河川局治水課による「貯水池周辺の地すべり調査と対策に関する技術指針(案)・同解説」が出された.
( http://www.mlit.go.jp/river/shishin_guideline/dam2/index.html )


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「土木技術資料」(51-12(2009),p49)の佐々木靖人土木研究所上席研究員の記事を参考に,この技術指針の要点を紹介する.

1)概査段階での地形判読の精度向上
 貯水池地すべりの調査に限らず,地すべり調査の骨子はこの段階で決まると言って過言ではない.ここで地すべり地形を見落とすと,後々大きな手戻りにあう.
 実測の平面図があっても地すべりの微地形を拾ってあるかないかで,地すべりの規模,地すべりの型などの判断が違ってくる.
 この点で,航空レーザー測量による地形図を使用することの有効性が述べられているのは有り難い点である(p2-5:技術指針2章5ページ.以下同じ).

2)地質調査方法の規定
 精査については,地すべりの規模に応じて測線を複数配置すること,必要に応じて物理探査,横坑・立坑の調査坑での調査を行うこととしている(p3-5).
 ボーリングでは,すべり面の位置や性状が確定しない段階ではオールコアで採掘し,地盤状況の把握を精度良く行う必要性が述べられている(p3-6).
 地すべり地でのボーリングでは,どれだけ地山に近い状態でコアが採取できるかが最大のポイントである.そのための工法として循環流体に水の代わりに気泡を使ったり,軟質な部分は回転させないで打ち込み式でコアを採取したりといった工夫が行われてきた.コアの品質確保に留意することが述べられている(p3-8).

3)長期の変動計測・地下水位計測
 ダム事業は完成まで長年月かかる.このことを考慮して地すべりの変動計測や地下水位計測では長期の耐用年数を持った計器を使用することが望ましいとしている.理想的には事前調査から試験湛水まで一連のデータが取れることであろう.

4)安全率設定方法の合理化
 湛水前の地すべりの安全率は,変動が認められた地すべりは Fso<1.00,変動の兆候が認められない地すべりは Fso≧1.00とし,地下水位条件を考慮して Fso=1.05とするとしている(p4-5).

5)残留間隙水圧の取り方
 貯水池地すべりでは,大雨で貯水位が上昇し放流した場合に急激に水位が低下する.この時に,地すべり土塊中の水位低下には時間的な遅れが発生し,通常の地すべり土塊中の水位より高い残留間隙水圧が発生する.これまでは,この残留間隙水圧の残留率は50%を標準としていた.この残留率を解析などにより精度を上げると同時に,これまでの事例解析から残留率を30%にすることができるとしている(p4-10).

 (財)国土開発技術センター編集の貯水池周辺地すべりの調査と対策(山海堂)が出版されたのが1995年である.それ以後の技術の進歩を取り入れてより精度の高い調査・解析を行うことにより,経済的な地すべり対策が可能となってきている.このような状況を踏まえた技術指針である.

 なお,この技術指針案は当面,試行であることに注意が必要である.


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