インバートは大変位を抑制しトンネルとして必要な断面を確保するために設置する.特に,押出し性地山や長期的な劣化が生じる地山では,変状対策として用いられトンネル構造の変形に対する安定性を向上させる.
インバートを設置する地山条件は,坑口部,土砂地山を含む上良地山,トンネル掘削後に著しく劣化し長期的なトンネルの安定性が確保できない地山である.
都市部のトンネルなどのように近接施工が懸念されるトンネル,断層破砕帯などにおいて耐震性の向上を図る必要のあるトンネル,上部地山の地形改変や近接工事の可能性のある土被りの小さいトンネルなど,施工条件によってインバートを設置することが望ましい場合がある.
施工中のズリ出しなどで使用する大型機械による路盤の泥ねい化が予想される地山では,地山の劣化が深部に及ぶのを防ぐために早期にインバートを設置することを検討する必要がある.
一般の道路トンネルで要求されるインバートの機能は次のとおりである.
地山条件 | ・坑口部のように風化の著しい地山・土砂地山などの上良地山. ・第三紀の泥岩類・凝灰岩類,蛇紋岩,風化した結晶片岩,温泉余土(鉱化変質を被った粘土)などの泥ねい化・粘土化しやすい地質.(このような地質をここでは,「要注意地質《と呼ぶことにする.) ・断層破砕帯のように耐震性の向上を図る必要のある地山. ・水が付いた場合に劣化しやすく,荷重などに対する抵抗性の小さい地山. |
地形条件 | ・坑口部や低土被り部のようにアーチ効果が期待できない場合.一般には,土被りが2D以下が目安. ・著しい偏圧地形である場合. |
施工条件 | ・施工中のズリ出しなどの大型機械によって路盤が泥ねい化予想される場合. ・上部地山の地形改変や近接工事の可能性のある土被りの小さいトンネル. ・施工中の変位を抑制・抑止する場合. |
インバートは支保部材の一種である.どのような場合にインバートが必要になるかをまとめて表2に示す.
また,インバート設置の一つの目安として地山等級(支保パターン)がある.道路トンネルに限って地山等級とインバートの関係を表3に示す.
地山の種類 | 支保部材 | 記事 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
吹付けコンクリート | ロックボルト | 鋼製支保工 | インバート | |||
硬岩 | 割れ目が少ない | △ | △ | × | × | − |
割れ目が多い | ◎ | ◎ | △ | × | − | |
軟岩 | 地山強度比が大きい(比較的良好な地山) | ◎ | ◎ | × | △ | 供用時の路盤状態確保のために泥質岩等は,原則的にインバート設置が必要. |
地山強度比が小さい(塑性変形の可能性のある地山) | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | インバートの早期施工,断面の早期閉合を考慮する. | |
土砂地山 | (土被りが小さい) | ◎ | △ | ◎ | ◎ | 覆工を構造部材として考慮する. |
破砕帯 | (土被りが大きい) | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | 断面の早期閉合,変形余裕量を考慮する. |
膨張性地山 | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | 断面の早期閉合,覆工の力学的機能,変形余裕量を考慮. |
内空幅10m程度の標準的なトンネル一般部でのインバートは,地山等級DIより地山条件が悪い場合に設置する.
坑口部は,土被りが薄くアーチアクションが効きにくいこと,トンネルの支持地盤が脆弱であることが多く沈下しやすいこと,偏圧が働きやすくトンネルにかかる応力が予測しにくいこと,地震の時に振幅が大きくなりやすいことなど,トンネルが上安定となる要素が多いのでインバートを設置する.
地山等級 | 支保パターン | ロックボルト長(m) | 鋼アーチ支保工 | 吹付け厚(cm) | 覆工厚(cm) | 変形余裕量(cm) | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
アーチ・側壁(cm) | インバート(cm) | ||||||
B | B | 3.0 | − | 5 | 30 | 0 | 0 |
CI | CI | 3.0 | − | 10 | 30 | (40) | 0 |
CII | CII-a | 3.0 | − | 10 | 30 | (40) | 0 |
CII-b | 3.0 | H-125 (上半のみ) | 10 | 30 | (40) | 0 | |
DI | DI-a | 3.0 | H-125 | 15 | 30 | 45 | 0 |
DI-b | 4.0 | H-125 | 15 | 30 | 45 | 0 | |
DII | DII | 4.0 | H-150 | 20 | 30 | 50 | 10 |
*1)地山等級CIおよびCIIでは,「第三紀の泥岩・凝灰岩・蛇紋岩などの粘土化しやすい岩,風化した結晶片岩,温泉余土など(「要注意地質《)の場合は,インバートを設置する.《
*2)早期断面閉合が必要な場合は,吹付けコンクリートでインバート閉合を行うが,その厚さについては上・下半部の吹付け厚さを参考に個々に決定する.
*3)吹付けコンクリートによるインバートは,インバート厚さに含めることができる.ただし,現場打ちコンクリートによるインバート部分の厚さがアーチ・側壁覆工コンクリート厚さを下回ってはならない.
*4)地山等級がDIであっても,下半部に堅岩が現れるなど岩盤の長期的支持力が十分であり,側圧による押出しなどもないと考えられる場合はインバートを省略できる.
表4 坑口部の地山等級とインバート
(標準断面トンネル 内空幅=8.5−12.5m程度,同上)
掘削工法 | ロック ボルト長(m) | 鋼アーチ 支保工 | 吹付け厚(cm) | 覆工厚(cm) | ||
---|---|---|---|---|---|---|
上部半断面工法 | 4.0 (3.0) | H-200 | 25 | 35 | 50 | |
側壁導坑先進工法 | 本坑 | 4.0 (3.0) | H-200 | 25 | 35 | 50以上 |
導坑 | 2.0 (2.0) | H-125 | 10 | − | − |
坑口部・低土被り部や施工条件により必要となる場合を除いて,トンネル一般部でインバートを設置するかどうかの判定は地山条件によって行うことになる.
地山分類をまず行い,Cランクより悪い地山であればインバートを設置するかどうかを検討する.また,DIランクであっても地山条件によってはインバートは上要と判断できる場合があるので,この点についても検討する.
この場合問題となるのが次の事柄である.
(1) 第三紀泥岩・凝灰岩・蛇紋岩などの粘性土岩,風化結晶片岩,温泉余土(熱水変質で形成された粘土)などの「要注意岩《であるかどうか.
(2) 膨潤性粘土鉱物を含んでいるかどうか.
(3) 一軸圧縮強度がどの程度で,地山強度比がいくらになるか.
(4) スレーキング特性はどうか.乾湿繰り返しで強度がどの程度低下するか.
地山の状態 | インバート設置基準 | 試験方法 |
→インバート必須 | X線回折で膨潤性粘土が確認された場合. その他(泥質地山における膨張性を示す指標) | |
地山強度比(GN)が2以下 GN=qu╱(γ×H) qu:一軸圧縮強度(kN/m2) γ:単位体積重量(kN/m3) H:土被り(m) | 地山等級はDII以下となる. GN=2−4であればDI. →インバート必須 | 一軸圧縮試験 ポイントロード試験 (*)qvp=(Vp/0.9523)1/0.1999 |
水が付いた場合の強度低下 | インバートの早期設置 | 岩石の浸水崩壊度試験 岩のスレーキング率試験 岩の乾湿繰り返し吸水率試験 岩の破砕率試験 |
図1 地山弾性波速度と一軸圧縮強度との関係
(吉塚ほか,1996)
北陸自動車道の泥岩のデータをもとに作成したものであることに注意する.主に新第三紀の泥岩であり,これを適用するには地質条件を考慮する必要がある.
関係式は表5の中段右の欄(*)に示した.
事例の欄を見て判るように,この指標は主に鉄道トンネルで得られたデータを元にしている.ある程度の広がりを持ってスメクタイトが含まれた地山がトンネル断面に出現する場合は,地山等級はDIIとなる.
膨潤性粘土鉱物であるスメクタイト族にはモンモリロナイトのほかに,ノントロナイト,サポナイトがある.)
トンネル工事においてはインバートを設置するかどうかは工程,工費に直接影響するため慎重に検討しなければならない.その際の問題は二つある.
(1) トンネルの長期的安定を考慮してインバートを必ず設置しなければならない場合.
現在のトンネル地山分類では,坑口部,地山等級DIおよびDIIではインバートを設置する.したがって,地山分類がこれらに相当するかどうかの判断をまず行う必要がある.
判定基準は,
1) 地質判定(泥岩,凝灰岩,変質岩,結晶片岩,蛇紋岩など)
2) 地山強度比
3) 膨潤性粘土鉱物
4) 水による劣化
である.
(2) 地質によってインバートを設置・省略できる場合.
地山等級がCII,CIであっても地質条件(第三紀層泥岩・凝灰岩・蛇紋岩などの粘性土岩,風化結晶片岩,温泉余土などの「要注意地質《)によってはインバートを設置しなければならない場合と,DIであってもインバートを省略できる場合とがある.
DIでインバートを省略できる条件は,下半部に堅岩があり長期的な支持力が十分であり,側圧による押出しなどもないことである.
以上の点を考慮して,インバート設置判定手順の流れ図を図2に示した.
実際にどのような手順で判断するのが最も効率的かを示したのが,図3である.これは一つの私案である.
いくつかの留意点を述べる.
(1) 地山等級「B《であれば無条件でインバートは必要ない.実際には,地山等級Bがトンネルに出現することは少なく,均質な貫入岩など特殊な地質に限られる.
(2) 地山等級「CI《以下の地山ではインバートの設置を検討しなければならない.膨潤性粘土鉱物を含む場合やトンネル掘削により片理面が分離しやすい地質では原則的にインバートを設置する.ただし,この場合も地質判定が重要でハンマーでたたいて反発する程度の岩(菊池の岩盤等級区分でCM程度)であればインバートは必要ないと判断できる.
(3) 地山等級「DI《でもインバートは省略できる.この場合は,トンネルの長期的安定性のほかに施工中に路盤が泥ねい化しないかなどの要素も加味して判定する必要がある.
(4) 判定で最も基本的な要素は水に浸けたときの崩壊性であろう.浸水崩壊度は膨潤性粘土鉱物を含有している場合でも乾燥によってスレーキングしやすい場合でも目安となる.スレーキングは乾湿繰り返しで起こり,膨潤性粘土によって押出し性地圧が発生する.一方,岩によっては乾燥することにより収縮して分離面ができ強度が低下し塑性地圧が発生する場合がある.このどちらの現象に対しても浸水崩壊度試験は大まかな目安になる.
(5) 「要注意地質《の場合,浸水崩壊度試験をまず行い,ランクが「C《ー「D《の場合にはX線回折試験を実施するというのが最も簡便で経済的であろう.
(6) 「要注意地質《はある程度の規模でトンネルに出現することが条件である.膨潤性粘土鉱物を含む脈が堅岩中に挟在している場合などは,「要注意地質《の範疇に入れないのが妥当である.
(7) 付加体堆積物は砂岩粘板岩互層を主体とし緑色岩や石灰岩,チャートなどのブロックを含む地質体で地質構造的応力を受けているために片理面が発達し,その片理面が鏡肌となっていて分離しやすい地山である.トンネル掘削により片理面が分離して急激に強度が低下するのが特徴である.
この地山でのインバート設置の要否判定は慎重に行う必要がある. 付加体堆積物はその変形様式によって分類されるが,砂岩泥岩互層中の砂岩がちぎれている状態(分断ユニット)である場合は,一見堅岩に見えてもインバートを設置することが望ましい.なお,鉄道トンネルでは地山等級「IIN 《の場合でも,泥質岩,剥離性の硬岩(片岩,粘板岩など)では原則インバート設置となっている.地山等級IIN《は道路トンネルではCIに相当すると考えてよい.
図2 インバート設置判定の流れ図
様々な条件を考慮して,インバートの検討を行う場合を示した.これらの判定の基礎となるのは,地山等級であり,それを補強するために各種試験を行う.試験結果で判定を行うのではないことに注意が必要である.
これらのほかに,上で述べた「はく離性《の堆積岩類,特に付加体堆積物の泥質岩類にも十分な注意が必要である.
須藤談話会編,2000,粘土科学への招待 粘土の素顔と魅力.三共出版.
*須藤俊男氏を囲んでの談話会の内容をまとめて本にしたものである.応用編として環境,工業材料,新規材料,生命などについて述べている.さらに,粘土鉱物の判定方法,定量方法,物理・化学的性質の調べ方などについて述べている.
道路トンネル技術基準(構造編)・同解説,平成15年11月改訂版,(社)日 本道路協会.
トンネル標準示方書 山岳工法・同解説,平成18年7月2006年制定,土木学会 トンネル工学委員会.
軟岩の調査・試験の指針(案)-1 9 9 1 年版-,平成1 1 年8 月,土木学会岩盤力学委員会.
設計要領 第三集 トンネル,平成9年10月,日本道路公団.
吉塚守,中田雅博,三谷浩二,1996,インバート設置基準に関する研究.日本道路公団試験研究所報告,Vol.33(1996-11),114-123.
トンネルにおける調査・計測の評価と利用,昭和62年9月,土木学会岩盤力学委員会.
日本地質学会地質基準委員会,2003,地質学調査の基本 地質基準.共立出版.
ジェオフロンテ研究会,2005,付加体地質とトンネル施工.
吉中龍之進,1989,岩盤分類とその適用.土木工学社.