河道を改修され真っ直ぐに海に向かう石狩川の流れ.石狩湾に流れ込んだ石狩川の水は左(南西=銭函・小樽方面)に流れている.
左(南東)から北西に流れる石狩川.海に接近してから北東に流れを変える.北東に流れを変えた石狩川と海の間に砂丘が分布し,その背後に八幡の町が広がる.砂丘は夏になるとハマナスの花が美しい.河口突端付近に石狩灯台がある.
左奥に見えるのは直線化される前の蛇行する石狩川の跡で,現在は茨戸川と呼ばれボート練習場があり,冬はワカサギ釣りでにぎわう.
石狩川河口右岸(東岸)の突堤は砂浜からやや西に湾曲しながら石狩湾に突きだしている.波によってコンクリート枠はかなり摩耗している.
突堤の上は絶好の釣り場となっている.
河口付近に広がる平原.ハマナスと浜エンドウが咲いている.遠くの山は手稲山などの札幌の西の山々である.
かってこの辺りに国道231号の渡船場があった.左側が上流で,船は一度岸の沿って上流へ行き,流れに乗って対岸へたどり着くという運行をしていた.もちろん無料なので子供の遊びにはもってこいである.
対岸の低い丘は砂丘でその向こうが石狩湾である.
石狩川の一番下流の橋で,浜益から留萌に海岸沿いに抜ける国道231号の橋である.
やや頼りない感じがするが細身でスマートな主塔である.斜張橋で支える桁は橋全体の中ではあまり長い区間ではない.
石狩河口橋の上をライトプレーンが飛ぶ.この橋の上流の右岸にライトプレーンの飛行場があり,天気のいい日には何台かの飛行機が飛んでいる.
札沼線(さっしょうせん),学園都市線の石狩川鉄橋の架け替え工事(2001年4月撮影.現在は完成している).かっては深川の西の石狩沼田まで通じていた鉄道で,札幌と沼田の頭を取って札沼線と呼ばれていた.現在は新十津川まで線路が繋がっている.学園都市線という名前は,北海道教育大学札幌校が石狩川左岸の「あいの里」に移ってから付けられた名前である.当別町には北海道医療大学がこの沿線にある.
完成した石狩川鉄橋(2003年7月撮影).クレーンで工事用仮橋を撤去している.シンプルで見事なトラス橋でどこまでも広がる低地に意外とマッチしている.石狩川河口橋から撮影.
色とりどりのライトプレーンが発着している.頭の真上を飛ぶときは人の顔が見える.滑走路はでこぼこの草地である.
1988年8月に完成した全長985.30mの橋で道路橋としては河口から2番目の橋である.この橋と江別市の美原大橋をつないで国道337号(通称“手拍子街道”)が札幌と江別の外回りの交通路を構成する.
左(南)から改修された直線の豊平川が石狩川と合流する.特に,雪解け時にはこの両者の川の水の色は対照的で,石狩川の水はは泥水となる.
左上から蛇行して流れてくるのが千歳川で,合流点の右(下流) の煙の出ている工場は王子製紙である.その右の橋は石狩大橋である.
下流から見ている写真である.千歳川の合流点の上流でほぼ直角に屈曲している.手前から新石狩大橋(国道275号),微かに石狩大橋が見え,その向こうに王子製紙の工場があり,石狩川は北に屈曲する.
中央の橋は国道337号の美原大橋である.左から真っ直ぐに石狩川に合流しているのが流路を変えられた夕張川である.
石狩川右岸から上流を見る.遠くの橋は新石狩大橋である.この付近が石狩川で最も川幅が広く流れがゆったりしていて大河の趣を感じる.河の水は泥色であるが空の青を映してみごとな水色に見える.
この付近に,ほとんど人工改変されていない石狩川の河川堆積物が残っていた.遺跡が見つかって発掘が行われた.その遺跡から液状化跡が見つかっている.かなり大きな地震が,かってあったと考えられる.
ゆったりとした流れの石狩川の向こうに国道275号の新石狩大橋のアーチが見える.
湖のようにゆったりとした石狩川.はるか遠くに新石狩大橋のアーチが見える.
国道337号が石狩川を跨ぐ斜張橋.
手稲山などの札幌西方の山を背にする美原大橋.
江別市対雁付近のゆったりとした流れに比べると波立つ急流となっている.
1975年の破堤箇所に立つ看板で江別市豊幌の石狩川左岸にある.
破堤箇所付近から上流を見る.雪を被った山は夕張岳.
堤防の東側の広がる畑と牧草地.遠くの山は夕張岳.
石狩川の蛇行跡の三日月湖周辺が公園になっている.右端に半分見えるのは新しくなった岩見沢大橋である.
遠くに見える斜張橋が岩見沢大橋で,手前の橋が北幌橋である.
石狩川の東に広がる低地の山裾には,三笠市,岩見沢市,美唄市などがある.三笠市を通って石狩川に注ぐ幾春別川,美唄市から平野の中を蛇行しながら流下する美唄川がこの付近で合流する.道々岩見沢石狩線の岩見沢大橋の東にある北幌橋は幾春別川にかかる橋である.
幾春別川と石狩川に挟まれて大沼があり,旧美唄川がすぐ上流で石狩川に合流している.