「くさび型膨潤性崩壊」

1 「くさび型膨潤性崩壊」の事例
2 「くさび型膨潤崩壊」の発生機構の推定
3 「くさび型膨潤崩壊」の規模を決める要素
4 「くさび型膨潤崩壊」取り扱い上の留意点

 切土のり面で,特定の構造に沿って一見剥離するように不連続面が開口し,谷側にリッジ状,山側に凹地状の線状構造が発生する現象を「くさび型膨潤崩壊」と呼ぶことにする.トップリング破壊の一種であるが,開口亀裂が見られず崩壊の原因となる亀裂面に膨潤性粘土が含まれていたり,軟質な含水の高い粘度が挟在しているなどの点で発生機構は異なると考えられる.
 このような崩壊は,時間の経過とともに規模が拡大すること,10年程度の周期で同様な崩壊が発生することなど取り扱いに注意が必要である.
 なお,ここで述べた「くさび型膨潤性崩壊」の発生機構は現段階での推定であり,まだ不明な点が多い.

(この文章は,清水順二さんと共同で作成した.)
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1 「くさび型膨潤性崩壊」の事例

 注意してみるとこのような崩壊形態は結構多い. いくつかの事例を挙げる.

上部蝦夷層群砂岩・頁岩互層での事例

 のり面の走向はN65゚Wで,砂岩・頁岩互層(上部蝦夷層群)からなる地層の走向・傾斜は,N80゚E,85゚SE〜N45゚W,85゚NEである.互層の層理面の間隔は,3〜5cm程度であるが,「崩壊」の間隔は一定せず方向も等高線にほぼ平行なものから,斜面傾斜方向に近いものまである.全体としては,頭部の明らかな滑落崖と末端の押出しが見られる明らかな地すべり地形で,この線状構造は地すべりブロック内の微地形である.



上の写真のリッジの内部構造

 折り尺のすぐ上部に見える右下がりの褐色の帯は,ほぼ純粋なスメクタイトで出来た粘土脈である.このような粘土脈はリッジの山側の凹地の地中に必ず見られる.この粘土脈が変状発生の引き金となっていると想定される.


中新世の砂岩,泥岩,礫岩層に発生した事例

 中新世の砂岩・泥岩互層の切土のり面に発生したもの.部分的に礫岩を挟在するが,泥岩優勢層で発生している.泥岩には膨潤性粘土が含まれている(指感による).
 礫岩が含まれているが泥岩優勢層で崩壊が発生している.


2 「くさび型膨潤崩壊」の発生機構の推定

 「くさび型膨潤崩壊」が発生している のり面の特徴をまとめると次のとおりである.

(1) 砂岩・頁岩互層の泥岩優勢部分で発生している.砂岩中でもクラックが発生している場合があるが,これは斜面下部の緩みに引っ張られたものであろう.
(2) 実際に確認できたのは1例のみであるが,リッジの山側の凹地には膨潤性粘土が挟在している.また,膨潤した部分の谷側斜面は急傾斜になっている(遷緩線が見られることがある).
(3) 流れ盤斜面でも発生するが,高角受け盤斜面でリッジ状の線状構造が顕著に現れる.
(4) のり面を構成する地質は蝦夷層群が多く,固結度はかなり硬質なものから軟質なものまである.
(5) 付近に活断層が分布していたり,多数の断層群が分布しているなど地質構造的な応力が蓄積されやすい条件のところに多く発生するようである.

 このような現象を典型的なトップリングと同一の機構で説明するのは難しい.
/  一般に,トップリングとは重力作用や引張応力場で発生する転倒現象であり,開口した分離面が形成される.しかし,「くさび型膨潤崩壊」では分離面は形成されておらず,開口したと想定される部分に膨潤性粘土が挟在している.
 このようなことから,『「くさび型膨潤崩壊」は切土などの急激な応力解放により,急立する膨潤性粘土が吸水して地表面近くで大きく膨潤することがきっかけとなり,山側からの押出しも相まって最初の変位が発生し,クリープ,岩盤すべりへと発展する』現象と考えた.
 ポイントは,分離面を挟んで谷側がより上に変位する機構である.これは,ある深さを支点にして分離面が下方に落下することなく押し出されるために生じる現象と解釈した.
 しかし,このように考えても発生している現象とは,まだ違和感がある.



「くさび型膨潤崩壊」の形成過程推定図 

(1) 切土などの人工改変により上載荷重が除去され体積増加が起こり,同時に微細クラックが発生する.

(2)および(3) 微細クラックを通して降水や表流水が浸透する.
 この浸透水により岩石中に含まれている膨潤性粘土が膨潤を起こす.層理面やあとから形成された粘土脈など,特に膨潤性粘土の濃集している部分では膨潤の進行が著しくなる.
 この時,地表面に近い部分ほど拘束 圧が少なく,また地下水の浸透も早いため体積増加が大きくなり,地中にくさびが形成される.このくさび は時間の経過とともに幅が広くなり,また深部に進行する.
 地表面に現れる変位は斜面下方への動きがほとんどなくほぼ水平に移動する.このために,谷側が盛り上がったリッジを形成する.なお,この時,くさびの効果により谷側の岩塊が隆 起するかどうかは不明である.条痕が形成されているかの確認が必 要であろう.

(4)および(5) くさびを形成する粘土化部分のみでなく,周辺の岩盤も変位により緩みが進行する.
 この段階からはくさびの拡大と周辺岩盤の緩みの進行が同時に進 行し,斜面での土塊のバランスを失われ,ある深度にせん断面が形成される.この状態は岩盤すべりの初期段階(サギング)に相当する.

(6) せん断面が連続しすべり面として働き円弧すべりが発生する.
  膨潤性粘土を含むすべりはスプーンですくったようなきれいな円弧すべりとなることが多い.


 以上を変位ステージとして簡単にまとめると次のようになる.

・地形の人工改変:切土による「粘土と水分の接触,応力開放」

・ステージ1:くさび形膨潤変位発生期
(線状隆起帯の形成.推定図の(1) ,(2),(3) )
応力開放を伴う盤膨れのような状態で,変位は軽微で切土開放側の水平方向に顕著.
 この段階では線状隆起帯の山側の変位もほとんどなく,頭部滑落崖のような凹地も形成されないため崩壊や地すべりに発展すると判断し難い.

・ステージ2:見掛けトップリング現象期
(岩盤の緩みの進行とくさびの拡大、山側からの推力増大.推定図の(4),(5) )
切土面が階段状に変位し,線状隆起帯の山側土塊も下方に移動を開始し,頭部滑落崖となりうる凹地を形成し始める.
 変位はクリープ状で,任意の点での変位は水平方向から斜め下方に変わる.ステージ1からステージ2に至る変位は不可逆で相互作用的に進行する.

・ステージ3:崩壊・地すべり期
(岩盤の性質喪失,すべり面の形成.推定図の(6) )
 頭部滑落崖も明瞭となり,法面にも引張による開口亀裂が出始める.変位は滑動的となり現象としては地すべりに移行する.

3 「くさび型膨潤崩壊」の規模を決める要素

 線状隆起が発生する地層での変位の発達程度や、地すべりへ発展するまでの時間(変位速度)に作用する要素は次のように考えられる.

(1) 地  質
 今回取りあげたような膨潤性の変位を発生させる地層は,白亜紀泥岩に多い.これは構造運動による地殻応力の蓄積、膨潤性粘土の生成等がこの様式の崩壊に深く関わりを持っているためと考えられる.
 また岩盤の物性値にも関連すると思われ,急立した砂泥互層で泥岩に膨潤性粘土を含んでいても,砂岩が優勢な箇所では起こりにくいのかもしれない.
 このように考えると,第三紀泥岩などは急立している地層が少ないため,現象として目立たないだけで初期の変位機構は類似しているのかもしれない.

(2) 膨潤性粘土の含有量
 含有量が多ければ体積増加も大きいと考えられるため,含有量の多寡で変位量も変位速度も異なるものと考えられる.

(3) 地山の応力状態と除荷量
 地山の応力状態や切土による除荷量も応力開放と密接に関わっていると考えられ,歪みが蓄積された地山であったり,除荷量が大きかったりすれば初期の変位も大きいものと考えられる.
 また,活断層による地殻応力の蓄積との関係も検討課題である.
 ただし少量の切土でも,緩い切土勾配でも変位が発生する場合があるため,本質的には膨潤性粘土の有無・多寡が主要な原因と考えられる.

(4) 破 砕 度
 構造的に破砕されているものであれば岩盤にクラックも多く,緩みの進行も顕著で地すべりに発展するまでの時間間隙も短くなると考えられる.

 これらのほかに,降水量,融雪水の影響,地下水条件なども含めた要因が作用しているものと推定される.

4 「くさび型膨潤崩壊」取り扱い上の留意点

(1) もっとも注意すべきことは,このような崩壊が時間依存性が強いことである.
 一度,リッジ状の変位が発生すると1年でかなり変位が進行し,すべり面が形成される段階まで進展することが多い.早期に対策を講じるのが経済的でしかも信頼性が高くなる.
 このような崩壊が発生し杭で対応したが,杭が変位してしまいアンカーでようやく抑止した事例がある.

(2) 初期の段階では,明瞭なすべり面が認められない場合があると予想される.このような場合,すべり面の推定は慎重に行う必要がある.多少の安全を見て疑わしい箇所を抽出し,深めにすべり面を設定し対策工を計画するのが,結局は経済的になると考えられる.

(3) 中途半端な対策工は,何年後かに再び同じ変位,崩壊が発生することが多い.
 これは,弱面(粘土層)に雨水が浸透し次第に亀裂が開口するというこの崩壊の特徴による.ある程度の年月が経つと,より深部で新たなすべり面が形成されるためであろうと考えている.したがって,切土勾配を緩くするという対策は長期的に見ると経済的ではない.
 対策工としては,基本的に抑止工が適しているように思える.それも緩みを力で押さえる工法(アンカー工)が適切な対処法と考える.


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