地すべりの簡易な安定計算

 (2010年11月19日作成/2014年9月8日追記)

 建設工事や災害対策で用いられる地すべり安定計算は,簡便法(フェレニウス法: Fellenius,1927)で行われるのが一般的である.この方法では,すべり土塊を分割して,それぞれの荷重から滑動力と抵抗力を計算し,地すべり全体の安全率を算出する.
 日本ではこの安定計算の時に強度パラメーター(粘着力:c,内部摩擦角:φ)を逆算法で求めて計算を行う.

 ごく大まかに地すべり抑止力を算定する方法と逆算法の特徴を述べる.


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地すべり抑止力の概算方法

 地すべりは,すべり面を境にかなりの規模の土塊が一塊で移動するのが特徴である.この移動しようとする力(滑動力)は人間が作る工作物では全く抵抗できない規模となることがある.

 地すべりの動きを止めるためにどの程度の抵抗力(抑止力:Pr)が必要かを概算で出すには,地すべり断面積(A)を想定し地すべりブロックの地表面傾斜角(α)を用いて計算する方法がある.
 すべり面の傾斜は地表面の傾斜と同じと考え,安全率を0.2(20%)上昇させるための抑止力を求める.
 地すべり対策工の計画安全率を何割増しにするかは施設の重要度などで違ってくるが,ここでは,これだけの抑止力があればまず地すべりを止めることのできる目安として20%増加させようという考えである.

 地すべり土塊の単位体積重量を18kN/m3 とすると地すべり土塊の重量(W)はW=18×A (kN/m2) である.
 したがって,移動しようとする力の20%の力で抵抗するための必要抑止力は

Pr=0.2×W×sin α

となる.


jisuberi1.jpg

図1 概略抑止力算定の説明図
平面的な地すべりの形を決める.この時,地すべりの幅を求めておく.地すべりの頭部と末端を決め,地すべりの幅からすべり面深度を推定して滑らかなすべり面を描く.
地すべり土塊の面積を求め単位体積重量18kN/m2をかけて土塊の重量を求める.
概算なので細かいことにはあまり神経を使わない.

 この場合,問題となるのはすべり面の形および深度をどう推定するかである.
 すべり面の形は地すべりの頭部と末端を平面図で決めて,それをスムースに結ぶ.地すべりの型によってすべり面の形はいろいろあるが,ここでは概算であるのであまり気にしない.すべり面の深さは平面形が分かれば経験的な推定値がある.

 

すべり面深度(D) は地すべり幅(W) の1/7〜1/10が平均的な値である(D=W/7〜W/10:渡・小橋,1987).これを参考に断面図に滑りそうな線を引いて地すべり土塊の面積を求める.この時,すべり面の傾斜は地表の傾斜とほぼ等しいとする.


jisuberi2.jpg

図2 地すべりの幅とすべり面深度の求め方


 一般的には必要抑止力が4,000kN/m(400tf/m)を上回る場合は対応が困難な場合が多いので,路線計画の変更を含めて地すべりへの対応を検討することになる.
 ちなみに,必要抑止力が2,000kN/m以下であれば通常の抑制工,抑止工の適用が可能とされている.

 今,人工構造物で対抗できない4,000kN/m以上の抑止力が必要な地すべりの規模を計算する.
 地すべり地の平均地表面勾配を10度,移動土塊の単位体積重量を18kN/m3とすると,人工構造物で対抗できない地すべり移動土塊の面積は約6,500m2となる.
 地表面傾斜がこの程度であると奥行き300m以上の地すべりは工作物で対抗できないと言うことになる.地表面の傾斜(この場合は,すべり面の傾斜)は滑動力に大きく効いてくる.平均傾斜が20度になると,奥行き200mくらいの規模の地すべりでも対抗できないであろう.

 いずれにしても,概査の段階で地すべりを判別し,地すべりブロックを確定することがきわめて重要である.

地すべり安定計算の逆算法

 地すべりの安定計算を行うためには,すべり面の強度パラメーター(土質強度定数:c,φ)が必要である.
 道路土工指針では地すべりの平均層厚から粘着力を求め,cーφ図から内部摩擦角を求める方法が示されている.つまり,すべり面が決定できれば土質定数を求めることができるように工夫されている.

 地すべり安定計算はホフランド法による三次元解析が用いられるようになり,さらにFEM解析による地すべり解析も事例が増えつつある.日本地すべり学会から「対策工の合理的な設計に向けて 有限要素法による地すべり解析」(山海堂)が出されたのが2006年である.
 これは,より経済的な対策工を追求することになり,今後,,標準的な地すべり安定計算方法となることが望ましい.
 しかし,その手軽さと実績の多さによる安心感から現場では「逆算法」が多用されることが多い.

 ところで,逆算法のもととなっている地すべり層厚から粘着力を求めるという根拠は何なのか,と言うことがはっきりしない.渡・小橋(1987)の中に次のような記述があるが,すべり面の粘着力と深度の関係を示したデータとグラフが欲しいところである.

 「全国のすべり面の土の試験値を集めてみたところ,運動速度の比較的小さい地すべりの場合は,cは先行荷重(土塊の厚さ)にほぼ比例していることが分かっている.これを用いることによってcとφを推定することが可能になる.」
(渡 正亮,小橋澄治,1987,地すべり・斜面崩壊の予知と対策.山海堂)

 この逆算法でc,φを決定する場合,道路土工では「すべり面の平均層厚」で粘着力(c)を決めるのに対し,河川砂防技術基準では「地すべりの最大鉛直層厚」で粘着力を決めることになっている.つまり,道路系では地すべり土塊の平均層厚,河川系では最大層厚で c を決め,cーφ図でφを決めることになっている.


cΦ_fig.jpg

図3 c-φ図
 最大層厚でcを決めると平均層厚で決めた場合よりφは小さくなる.このことが対策工の効果に影響してくる.

 この違いは何をもたらすか.
 当然のことながら,最大層厚でcを決めるとφは小さな値となる.安全率を求める式では,cもφも抵抗力の算出の項(分子)に含まれていて,φは土と水のすべり面垂直方向の力に効き,cはすべり面長に効いてくる.大きな c ,小さなφ,すなわち最大層厚で求めた c ,φでは,排土工や地下水排除工の効果が相対的に小さく見積もられることになる.

Fs=Σ(W-ub)cosα・tanφ+c・l )/Σ(W・sinα)

Fs:安全率
c:粘着力(kN/m2)
φ:せん断抵抗角( ° )
l:各分割辺で切られたすべり面の弧長(m)
ub:間隙水圧(すべり面から地下水面までの高さ:kN/m)
b:分割辺の幅(m)
W:分割辺の重量(kN/m)
α:分割辺で切られたすべり面の中点の接線と水平線のなす角( ° )

 実務的には,災害や河川系地すべりの場合は最大層厚でc,φを決め,道路系の地すべりでは平均層厚で決める.


追記(2014年9月8日)

1)地すべり面の平面形状と深さの関係については,「地すべり線の形状推定法」(2013年5月,鹿島出版会)の70ページに,渡・小橋のものも含めた一覧表が載っている.それぞれ,統計解析に用いた事例が異なる.

2)一般に土質強度定数は,有効応力という意味で,c',φ'と表示するが,ここでは「道路土工 切土工・斜面安定工指針(平成21年度版)」に従ってc,φと表記する.



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