建設工事と石灰岩

1 石灰岩の形成過程
2 石灰岩の工学性
3 建設工事での留意点< p>

 石灰岩は炭酸塩を主な成分とする炭酸塩岩の一つである.日本ではあまり広く分布していないが,炭酸塩岩は地殻を構成している堆積岩の中で,1/5を占めるといわれている.実用的には,セメントの原料や石材として利用されてきた.
 建設工事で石灰岩に遭遇することは,それほど多くはないが,石灰岩は天水(雨水)によって溶食されて空洞を形成するので陥没や突発湧水など,予期しない事態が発生する可能性があるので注意が必要である.
 以下,石灰岩の形成過程を述べ,その工学性と建設工事での留意点を述べる.


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1 石灰岩の形成過程

 方解石やアラレ石,鉱物としてのドロマイトなどの炭酸塩鉱物を50%以上含む堆積岩を炭酸塩岩といい,石灰岩とドロマイト(苦灰岩)とがある.石灰岩はこの炭酸塩岩の一つで主に生物の遺骸から構成されている.
 日本の石灰岩は成因的には,a) 浅海成の層状・レンズ状石灰岩,b) 海山上に形成された珊瑚礁の複合体・浅海成石灰岩,c) 深海に堆積したミクロライトの3つがある.
 このほかに,未固結あるいは半固結状態の時に海底地すべり(堆積物重力流)によって未固結堆積物と混合したものや固結した石灰岩が重力的崩壊あるいは滑動によってより若い時代の未固結堆積物中に落ち込んだものがある.
 また,南西諸島の琉球石灰岩は,裾礁〜堡礁を含む石灰岩である.

 (1)浅海成石灰岩

 この石灰岩は,基底礫岩→砂岩泥岩互層→泥岩という層序を持ち,厚さ数百メートルの堆積性砕屑岩層中に酸性から塩基性の火山砕屑岩層が含まれている一連の地層中に層状ないしレンズ状に分布している.
 つまり,この石灰岩は,基盤岩が浸食,運搬され,堆積する盆地状の水域で形成されたものである.浅海に住む化石や生物の硬組織の一部が破片となって砕屑粒子と同じような挙動をとる「生砕物」に富んでいる.これらは,現地性の堆積岩であるが,珊瑚などがそのまま石灰岩になったものではなく,炭酸塩類を含む生物の遺骸が堆積したものである.

 南部北上山地の下部ペルム紀の坂本沢石灰岩は礫岩,砂岩を挟んで厚さ15〜35mの石灰岩層が10枚認められている.これは浅海成石灰岩の典型である(水谷ほか,1987).

 (2)海山上の礁複合体・浅海成石灰岩

 海嶺などの海底火山では玄武岩質溶岩や火山砕屑岩が噴出しており,これらは緑色岩と総称されている.このような塩基性の火山岩類を基底にしてその上に石灰岩が整合に重なる層序は緑色岩-浅海成石灰岩相と呼ばれている.
 この石灰岩に属するものは,秋吉,帝釈,青海,伊吹山,武甲山などの有名な石灰岩体である.これらの中には伊吹山や武甲山などのようにセメント原料として石灰岩を採掘しているところがある.

 (3)深海堆積ミクライト

 大きさが20μm以下の細粒の石灰質粒子あるいは1%以下の生物遺骸・破片やその他の粒子を含んでいる石灰泥をミクライトという.この粒子の大きさは,大体細粒シルトの大きさ(16μm以下)に相当する.つまり,石灰質の非常に細粒な粒子からなる岩石がミクライトである.
 ミクライトを構成する生物遺骸は,ナンノ化石,浮遊性有孔虫,放散虫などの外洋浮遊性生物が主なものである.また,ミクライトの下位には海洋地殻である緑色岩が分布することも特徴である.このような特徴は,この石灰岩が拡大する海洋底の上に積もった深海堆積物であることを示している.
 ところで,現在の海洋底の堆積物をみると,石灰質堆積物は大西洋とインド洋の南緯50°より赤道寄りと太平洋の南緯50°と赤道の間に分布している(ハワイ海山列に沿っても分布している).太平洋でも大西洋でも水深1,000m付近までは急激に全溶存炭素量が増加するが,それ以深では一定の値になる.その溶存量は太平洋では2.4mol/m3,大西洋では2.2mol/m3である.しかし,炭酸カルシウムの溶解性は海洋の深さに依存している.炭酸カルシウムは,暖かい水よりも冷たい水に溶けやすく,低圧よりも高圧で溶けやすい.
 大西洋では,水深3,000mを少し超えたあたりから,アラゴナイトが海水中に溶け,水深4.5km付近から方解石が溶け始める.炭酸塩岩の材料となる生物の骨格物質の割合が全堆積物の20%以下になる深さを炭酸塩補償深度(carbonate compensation depth;CCD)という.
 このことは,海嶺で生産された海洋地殻表面が,海嶺から離れるにつれて冷却し水深が深くなるために,大洋の真ん中付近ではCCDより深くなるために炭酸塩岩が堆積しなくなり,珪酸質の堆積物(チャートなど)が多くなる原因の一つとなっている.

2 石灰岩の工学性

 石灰岩の主成分である方解石は,比重2.710,硬度3で,希塩酸などに反応して炭酸ガスを発生する.見た目が似ているものとしてはチャートがあるが,石灰岩はカッターなどで容易に傷が付くので区別できる.また,酸性凝灰岩の緻密なものも似ているが石灰岩は希塩酸をかけると泡が出るので区別できる.

岩片としての工学性

 石灰岩の岩片としての物性値はかなりばらつきが大きい.例えば,第四紀更新世
(5百万年前から1.8百万年前まで)に形成された琉球石灰岩では,乾燥密度が約1.7〜2.3g/cm3で,一軸圧縮強度は約2〜60MPaの範囲にある(小暮ほか,2005).また,シカゴ郊外に分布する石灰岩の一軸圧縮強度は,50〜70MPaであるという.
( [http://www.kajima.co.jp/news/press/199703/17c1fo-j.htm])
 この石灰岩の時代は古いと考えられるので,石灰岩の場合,固結してしまえばあまり時代的な差は大きくないようである.

 石灰岩の透水性は,浅海成石灰岩や礁複合体石灰岩は比較的多孔質で岩片自体も透水性がよい.これに対して,ミクライトは緻密であるために透水性は比較的小さいと考えられる.


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3 建設工事での留意点

 石灰岩の分布地域はドリーネと呼ばれる独特の地形を形成する.これは,直径が数cmから200mくらいの漏斗状の穴となっている.天水による溶食で形成されるものと地下の石灰洞が拡大して地表が陥没して形成されるものとがある.
 秋吉台では68個/km2ほどの密度で分布していて,密集して形成される.

doline1.jpg
ドリーネ地形の模式図
 このような溶食により形成された空洞は,地下水面下では当然水を貯めている.トンネル工事では,このような空洞に遭遇すると突発湧水が発生するので事前にその位置を把握しておく必要がある.また,構造物の基礎としてはこのような空洞を避けなければならない.

石灰岩を抜いたトンネル

地芳トンネル一般国道440号
延長=2,990m
秩父帯の四国カルスト台地を貫くトンネルである.石灰岩に挟まれた脆弱層中の地下水は最大2.0MPa(水頭高約200m)に達し,崩壊が発生した.そのため,円形の迂回坑を掘削してAGF鋼管によりトンネル外周を支持させる補助工法を用いて,海底トンネルである青函トンネルと同様の注入止水工を行いながら掘進した.http://www.kajima.co.jp
/news/digest/oct_2009/site/
index-j.htm
天崎鍾乳洞トンネル県道土佐伊野線
延長=1,200m
トンネル工事中の2001年11月7日に鍾乳洞が発見された.地質は秩父帯南帯の三宝山層の石灰岩である.鍾乳洞はトンネルの下に位置していおり,非常に美しい鍾乳洞であったため,工事を中断して鍾乳洞を保存することにした.
 潜水調査,揚水試験,地質調査を行い,対策工を検討した結果,鍾乳洞の部分を橋で渡ることにした.つまり,トンネルの中に橋を造って鍾乳洞を保存している.  
https://www.pref.kochi.lg.jp
/soshiki/170107/kakotopi-amasaki.html
青海トンネル北陸新幹線
延長=4,300m
石灰岩中の施工記録については公表されたものはない.
 坑口の落石対策については左の記事参照.
宮崎竜聖,野上隆志,宮本雅文,堀康裕,2001,オーバーハング直下での坑口施工 北陸新幹線 青海トンネル.トンネルと地下,第32巻,10号,7-13.
新帝釈川発電所導水路トンネル帝釈川ダムから新帝釈発電所をつなぐ導水路トンネル
延長=約4,500m
事前調査でドリーネ地形を避けるルートを選定し,在来工法(矢板工法)で施工した.大規模な溶食空洞には遭遇しなかったが,比較的小規模な溶食空洞に数回遭遇した.
 溶食空洞に遭遇した場合,突然,空洞に堆積している粘土が流出したことがあった.ただし,固結度がよい場合は切羽は自立し粘土層は流出しないこともある.
溶食空洞から流出する湧水は,降雨によって増減し水質的にも地表水と同様であった.
 溶食空洞がトンネルの下にある場合は,堆積している粘土層を取り除きコンクリートで置き換えるのが効果的であるが,粘土の除去が十分に行いないため床版と鋼管杭でトンネルを支持した.
吉岡一郎,市原昭司,林淳一,小畑大作,新帝釈川発電所新設工事 石灰岩地帯における導水路トンネルの溶蝕空洞対策.発電土木,No.315,37-41.

 これらの工事記録から得られる留意点は次のようにまとめられる.

(1) 空洞の分布は不規則で事前調査で分布位置を正確に予測することは難しい.しかし,規模の大きな空洞は弾性波探査や電気探査で検出できる.つまり,空洞中に粘土が堆積している場合は,低速度帯あるいは低否定交代として捉えられる.また,地表踏査によりドリーネ地形の分布を把握すると一定の方向に並ぶこともわかる.

(2) トンネル掘削では先進ボーリングで前方の地質や空洞を探りながら施工することが総合的にコスト縮減につながる.規模の大きな空洞は事前調査で把握できるが,比較的小規模なものは先進ボーリングによるしかない.ただし,空洞の形態は不規則で先進ボーリングでも把握できないことがあるので慎重な施工が必要である(新帝釈川発電所導水路の例).

(3) 空洞中には流入粘土が堆積しており,地下水とともに粘土がトンネル内に流出してくる.また,トンネルの下に空洞が出現することもあり,支持力不足となる.

(4) 空洞中の地下水は地表とつながっているため,土被りが大きい場合は,ほとんど土被り分の水圧が作用する.これに対抗するにはリング状の止水注入をする必要がある(地芳トンネルの例).

(5) 石灰岩は付加帯の泥質岩中にブロックとして挟在していることがある.このような場合,石灰岩を通じて地下水がトンネル内に流入することのほかに,泥質岩が脆弱化しており通常の支保構造では持たないことになり,円形断面としたり二重支保構造としたりという対策が必要になる.

 

<参考文献>

 水谷伸治郎,斎藤靖二,勘米良亀齢,1987,日本の堆積岩.岩波書店.
 R.G.Walker,N.P.James edit,1992,Facies Models,Part3ーCarbonate and Evaporete Facies Models.
 小暮哲也,青木久,前門晃,松倉公憲,2005,琉球石灰岩の一軸圧縮強度に与える寸法効果と岩石物性の影響.応用地質,第46巻,第1号,2-8.
 吉岡一郎,市原昭司,林淳一,小畑大作,2005,新帝釈川発電所新設工事 石灰岩地帯における導水路トンネルの溶蝕空洞対策.電力土木,No.315,37-41.


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