羅臼岳

 (山行:2014年9月23日 記事作成:2016年7月31日)

概 要

 羅臼岳は知床半島のほぼ中央にある標高1,660mの活火山である.山頂に溶岩円頂丘があり,山体は円錐形で上に凸の山体斜面を持つ典型的なコニーデ型火山である.
 2,300年前,1,600年前,700年前の3回の噴火が最近の羅臼岳の活動で,火砕流が発生している.この中では2,300年前の噴火が最大である.

 これらの噴火活動では4枚の溶岩と3枚の火砕流が発生し,それらは西北西−南南東方向に分布している.斜里町ウトロ側からの登山道である岩尾別コースのやや東を北の境とし,ホロベツ川−羅臼川を南の境としている.
 もっとも規模の大きな溶岩流は,オホーツク海まで達してホロベツ川とイワウベツ川に挟まれた知床自然センターのある台地を形成している.登山道の岩尾別コースの標高800m付近から羅臼コースの泊場付近にかけては,2,300年前の火砕流堆積物が分布している.

 羅臼岳の基盤となる地質は,中新世から鮮新世の火砕岩類や堆積岩類で,これらは標高800m付近まで分布している.その上に羅臼岳の噴出物が載っている.登山道の岩尾別コースで言えば,標高800mの弥三吉水(やさきち・みず)付近から上が羅臼岳の噴出物である.

 登山道は羅臼コースと岩尾別コースがある.ここでは,岩尾別コースについて述べる.


図1 羅臼岳.jpg
図1  羅臼岳
 羅臼町から見た羅臼岳山頂である.頂上右手に溶岩円頂丘の突起がある.

岩尾別コース

 このコースの標準登山時間は,4時間10分である.このうち,標高1,350mの羅臼平から頂上までの岩場に費やす時間が1時間である.そのほかは,大沢の登りがややきつい程度で,天気さえ良ければ比較的楽である.

 登山道に最初に出てくる露頭は,標高490mの安山岩と安山岩質火砕岩である.安山岩は,中新世のイワウベツ川層のメンバーで白濁した1mm以下の斜長石の目立つものである.登山道がカギ型に折れ曲がって足下にも露頭が見られる箇所である.
 標高530m付近の登山道の足下にも安山岩が露出している.

 「オホーツク展望台《と呼ばれる標高559mの所には,安山岩の露頭がある.同じくイワウベツ川層の安山岩である.露頭を見上げると下部は方状節理の発達した塊状安山岩で,上部は火山角礫岩である.
 標高645m付近には黒色泥岩の露頭がある.中新世のイワウベツ川層である.また,650m岩峰付近にも板状の黒色泥岩が登山道に出ている.イワウベツ川層のメンバーであろう.
 標高650m付近で,右前方に羅臼岳の頭が見えてくる.背後には知床五湖の一部も見えるようになる.また,左手には遠く硫黄山の鋭い三角の姿が見える.


図2  イワウベツ川層の火砕岩.jpg
図2 イワウベツ川層の火砕岩
 登山道のすぐ脇に見られる露頭である.「羅臼および知円別」図幅では安山岩質角礫凝灰岩としている.

図23 イワウベツ川層の火砕岩.jpg
図3 登山道の足下に出ているイワウベツ川層の火砕岩
 登山道が急な登りになる標高530m付近の足下に出てくる火砕岩である.

図2  イワウベツ川層の安山岩.jpg
図4 イワウベツ川層の安山岩
 標高559mの「オホーツク展望台《で見られる安山岩である.下部の塊状溶岩と上部の火山角礫岩とに分かれている.

図5 イワウベツ川層の黒色泥岩.jpg
図5 イワウベツ川層の黒色泥岩
 登山道の標高645m付近に出ている黒色泥岩である.この付近には火山礫凝灰岩も見られる.


図6 イワウベツ川層の黒色泥岩.jpg
図5 650m岩峰手前の黒色泥岩
 板状に割れる黒色泥岩が登山道に出てくる.

 650m岩峰を過ぎると比較的平坦な道となり,視界はきかなくなる.いかにも熊が徘徊しそうな場所である.650m岩峰の説明版によると,この付近にはアリの巣が多く熊が食べに来るのだそうだ.
 標高780m付近に弥三吉水と呼ばれる水場がある.鉄管から毎分20リットルくらいの水が流れていて,休憩にはもってこいである.

 この付近から登山道に,やや粘土化した斜長石の目立つ軟質な安山岩の転石が落ちていたり,人頭大の円礫が出てきたりする.この円礫は,近くの沢から供給されたものであろう.
 標高815m付近から平坦になる.弥三吉水から登山道の標高900m付近まで,平均傾斜5°の緩やかな斜面が広がる.極楽平と呼ばれ,火砕流堆積物で覆われてできた地形である.

 弥三吉水が湧いている高さが,2,300年前以降に噴出した溶岩や火砕流の下底となっている(後藤,2009,33pの断面図参照).


図7 極楽平から羅臼岳.jpg
図7 極楽平から羅臼岳
 極楽平が始まる付近から見た羅臼岳である.上に凸の山体斜面とその上に突き出した溶岩円頂丘が火山らしい姿を示している.

図8 新期安山岩.jpg
図8 羅臼岳の安山岩の転石
 極楽平の手前に落ちている安山岩の転石である.


図9 火砕流の礫.jpg
図9 登山道を塞ぐ岩塊
 極楽平を過ぎた標高900mから1,000mに変えてジグザグの急な道となる.この坂は「仙人坂」と吊付けられている.その途中にある安山岩の岩塊で,火砕流堆積物として流れてきたものかもしれない.

 急な登りを過ぎて少し行くと銀冷水がある.背後に小さな沢があり,そこから円礫も流れ出している.ここには,携帯トイレ用ブースが目立たないように置かれている.
 樹林の中を登って行くと大沢に出る.この沢を登っていくと羅臼平である.

 大沢の登山道付近は火砕流の分布域である.沢の中にはレンガ色の安山岩のブロックが転がっていて,一部で急崖をつくっている.さらに,左岸(登って行く右手)に最上部溶岩(1,600年前)と思われる溶岩の露頭がある.
 後藤(2009)は,700年前の噴火活動時の溶岩が羅臼岳の西に流れたと考えていて,この溶岩の溶岩堤防の見事な写真を撮っている.
 このページの図24に700年前と推測される溶岩流の写真を載せた.

表1 羅臼岳の噴出物の層序
(宮地ほか,2000および後藤,2009 による)
記号噴出物の種類時 代記 事
A2最上部溶岩円頂丘1,600年前・山頂に突き出ている円頂丘で,北西部が崩落している.
A1最上部溶岩流1,600年前・山頂の西北西方向に流下した溶岩流.
・空中写真で,溶岩堤防,溶岩じわ,溶岩滑落崖,溶岩滑落ブロックなどが識別できるという.
・後藤(2009,38p)に見事な写真が掲載されている**
B火砕流堆積物2,300年前・極楽平から羅臼コース登山道の泊場付近まで分布する.
・下位にあるC・E溶岩の溶岩じわが,空中写真で読み取れるほど薄い.
C溶岩流・羅臼岳山体上部の主要部をつくる.分布は山体の南東側である.
D火砕流堆積物・岩尾別コースの極楽平や羅臼コースの泊場付近の平坦面をつくる.
E溶岩流・西北西の白イ川方向に流下したものと南南東の登山川西側を流下したものとがある.
F火砕流堆積物・赤イ川上流および知床峠付近と岩尾別方面に流下している.地形的には泥流堆積物を含む.
G溶岩流・知床峠付近から赤イ川沿いに分布し,海岸付近ではイワウベツ川と幌別川の間で扇状地状に広がっている.
・知床自然センターやフレベの滝はこの溶岩流の分布域にある.
*) 羅臼岳山腹の登山道周辺では,3層の降下テフラや8層の火砕流堆積物が認められている.
**) 後藤(2009)は,この写真の溶岩は700年前のものと推測している.


図10 大沢の登り口.jpg
図10 大沢の登り口
 深く切れ込んだ直線的な沢で火砕流堆積物で覆われている.沢には暗赤褐色安山岩の巨礫が点在している.

 
図10 大沢の火砕流堆積物.jpg
図11 大沢の火砕流堆積物
 大沢上部,標高1,280m付近で見られる火砕流堆積物である.この付近から沢の傾斜が緩くなり,火砕流堆積物が厚くなると考えられる.


図12 最上部溶岩.jpg
図12 最上部溶岩
 大沢登山道の標高1.250m付近の左岸に見られる塊状安山岩で最上部安山岩と考えられる.後藤(2009)が,700年前の溶岩と推測しているものよりは古いと考えられる.

 羅臼平は羅臼岳と三ッ峰に挟まれた鞍部である.火砕流堆積物が覆っているために,なだらかな地形をしていて,ササとハイマツの平原になっている.ここで羅臼コースの登山道と合流し,岩塊がごろごろしている羅臼岳本体へ登って行く.
 山頂の溶岩円頂丘が印象的である.この円頂丘は,山頂の中ではやや東に寄っているために知床峠からは見えない.

 登山道は,最初は一面ハイマツのなだらかな斜面を登っていく.溶岩の崖から水がしたたり落ちている岩清水付近から一面の岩塊となり,岩の間を縫うように登る.岩に描かれたペンキの矢印を忠実に辿らないと道を間違う.
 少し登ると山頂にいる人が見えるが道は険しい.振り返ると三ッ峰の地溝が目に入る.
少し右に回り込んで山頂に到達する.山頂も岩塊の上である.


図13 羅臼岳.jpg
図13 羅臼岳
 羅臼平から見た羅臼岳である.一面のハイマツの上に溶岩岩塊がごろごろした山体がそびえる.円頂丘の左手の崩壊がはげしい.

図14 山腹斜面の堆積物.jpg
図14 山腹斜面の堆積物
 ハイマツの生えている,ややゆるい斜面には700年前の降下軽石の二次堆積と思われる角礫まじり軽石が見られる.

図15 羅臼岳頂上.jpg
図15 羅臼岳頂上
 岩清水を過ぎた標高1,500m付近から見た頂上である.左手の岩の尾根が頂上で,先行した人の姿がここから見える.手前の斜面は最上部溶岩である.

図16 最上部溶岩 .jpg
図17 最上部溶岩の顔つき .jpg
図16 最上部溶岩の露頭
 標高1,460m付近の登山道で見られる最上部溶岩である.湾曲した板状節理が見える.
図17 最上部溶岩の顔つき
 複輝石安山岩で斜長石の斑晶が目立つ.発泡しており弱い流理構造が認められる.


図18 最上部溶岩.jpg
図18 最上部溶岩
 標高1,550m付近の登山道脇に見られる最上部溶岩である.暗灰色を帯びたレンガ色を呈している.表面の構造もはっきりとしている.

図19 溶岩円頂丘.jpg
図19 溶岩円頂丘
 山頂直下から見上げた溶岩円頂丘である.崩壊した輝石安山岩の岩塊が斜面に広がっている.登山道は右から回り込んで頂上に至る.

図20 溶岩円頂丘.jpg
図20 山頂
 山頂は輝石安山岩の大きな岩塊の上である.やや赤味を帯びた灰色をしている.

図21 頂上から硫黄岳など.jpg
図21 頂上から北東を見る
 一番手前の羅臼平の向こうに三ッ峰とサシルイ岳の地溝が見える.遠く一番左の三角の山頂は硫黄山(いおう・ざん:標高1,563m)である.

図22 頂上から硫黄岳など.jpg
図22 頂上から北東を見る
 手前から三ッ峰(標高1,509m),サシルイ岳(標高1,564m)で,その先の尖った峰はおそらく知円別岳(標高1,544m)であろう.知円別岳の右側は東岳(標高1,520m),一番左が硫黄山である.

図23 ウトロから見た羅臼岳.jpg
図23 ウトロから見た羅臼岳
 右から羅臼岳,三ッ峰,サシルイ岳,オッカバケ岳(標高1,462m)である.オッカバケ岳も山頂に地塁があり双耳峰となっている.

図24 ウトロから見た羅臼岳.jpg
図24 羅臼岳西斜面の700年前とされる溶岩流
 700年前の溶岩流と推測されているのは,中腹左手に見える「くの字型《に椊生が変化している流れたような地形である.知床横断道路の知床自然センターの峠寄りから見た羅臼岳である.

参考にした図書など

“地質と土木をつなぐ”へ→
“貯蔵庫"へ→