「TBMは日本の地質を克服できるか」(西松ほか,1998)という一連の邦文が出たのが1998年である.それから10年が経って直径12.84mのTBMで掘削した飛騨トンネル(全長10.7km)が開通した.
飛騨トンネルでは避難坑(先進坑)を径4.5mのTBM,本坑を径12.84mのTBMで掘削した.避難坑のTBMは貫通直前に幅2〜3mの粘土層に拘束され,その外殻がそのまま支保工として地中に残っている.本坑のTBMもこの粘土層に拘束され,反対側からの4mの迎え掘りによって貫通した.本坑TBMの掘削距離は4,290m(トンネル延長の40%)であった.
飛騨トンネルは2車線道路トンネルを初めて全断面TBMで掘削したこと,大量・高圧湧水を突破したこと,最後は力尽きたとは言え変質を伴う断層帯を克服したこと,1,000mを超える大土被りであったことなど,トンネル掘削で遭遇する大きな問題点に挑戦し,トンネル技術に大きな進歩をもたらしたと評価できる.この経験と技術を生かした今後のトンネル掘削技術の発展が期待できる.
表1 飛騨トンネル当初総合解析地山分類比率
地山等級 | 当初予想比率(%) | 貫通後比率(%) |
B | 25 | 0.1 |
CI | 27 | 13.6 |
CII | 40 | 21.3 |
D | 8 | 65.0 |
避難坑(先進坑),本坑ともTBMで掘進することに決定した理由は次のとおりである(森山ほか,2007).
(1) トンネルの地質は,B・C級の良好な地山が主体で急速施工が可能である.
(2) 河合側(名古屋側:南側)坑口は下小鳥ダム貯水池に注ぐ栗ヶ谷川に面している標高約750mの地点で,冬期は工事を休止せざるを得ないこと,トンネル縦断勾配は白川側(富山側:北側)から2%の上り勾配であることから白川側からの片押し施工が望ましい.
(3) 長大トンネルであるが換気立坑の施工は土被り,周辺環境への影響などから難しいため,本坑円形断面の下半分を換気ダクトとして利用する換気システムを採用できる.
(4) 避難坑(先進坑)で地質状況を把握しながら本坑を掘削し,先進坑による水抜き効果が期待でき本坑の事前補強も可能である.
以上のような判断にもとづいて,避難坑ではフルシールド型のTBMを採用した.
この間,2001(平成13)年6月には白川側の掘削の遅れを助けるために河合側からNATM工法で本坑と避難坑の掘削を開始した.
また,1998(平成10)年12月には,先進坑のデータ,広域的な地質踏査結果,代表的な露頭の比抵抗計測結果により地質の見直しを行い,本坑TBMの発進位置を当初予定位置より1,800m河合側(STA402)に変更した.最終的には本坑TBMはSTA395(白川側坑口から2,945m)の地点から発進した.
その後,先進坑は2003(平成15)年4月に停止し,矢板工法やNATM工法による切り拡げを行いながら前進したが2005(平成17)年9月に高圧粘土層の拘束され掘削不能となった.2006(平成18)年3月に河合側からのNATM工法による掘削で貫通した.白川側から貫通点までの延長は6,900mで,そのうちTBMによる掘削延長は6,060mで全延長の59%であった.
事前地質調査による地山分類は,詳細設計で支保パターンを決める段階で様々な要因によって変更を余儀なくされることがある.
飛騨トンネルの場合,「付近の山の中を歩くと,岩が垂直に近い形で立っているのが見えた.これが強く印象に残り,硬い山だと思い込んでしまった.」(飛島建設土木本部 トンネル総括部長 松尾勝弥氏.日経コンストラクション,2006,3月10日号,71p)ことがある.先進坑を掘削するし,本坑はTBMでの急速施工が可能との判断がなされた.
NATM工法の場合は,切羽の状況を見ながら掘削し,支保構造の変更ができるという利点があるが,TBMの場合は突っ込んだら,後戻りできないと言う宿命がある.地表に出れない場合は,飛騨トンネルのように泣く泣くTBMを解体しなければならない.
この点でTBM掘削では事前地質調査,施工中地質調査の精度がより厳しく要求される.
(1) TBMのカッタヘッドなどの頭部が沈み込まないように,設置面積を広く取った.
(2) TBMの底,両脇,天井にサポートを設けた.これによって掘進中の方向制御を行った.
(3) 三次元自動追尾式のトータルステーションで掘進中も連続的にTBMの位置と方向を把握して,オペレーターがリアルタイムで掘進方向の制御を行った.
結果は,鉛直方向の蛇行量は-18〜+20mm,水平方向の蛇行量は-31〜+30mmで,許容蛇行量70mmを十分にクリアした.
掘進速度は4,130mを14.5ヶ月で掘進できた.平均月進284.8mで,最大日進は47.6mであった.
不良地山対策としては,3成分HSP探査(3成分の坑内弾性波探査)と探りボーリングでの切羽前方探査を実施した.また,切羽の崩壊に対しては,発泡スチロールや発泡ウレタンでの充てん,注入式長尺先受け工や注入式フォアポーリング工で対処した.
本坑TBMは「改良オープン型」で,オープン型と単胴シールド型の両方の機能を持っていた.良好地山ではメイングリッパで坑壁を押しつけて反力を取って掘進し,吹付けコンクリートやロックボルトで支保を行い,不良地山(D級地山)ではシールド内に全周建て込んだトンネルライナーで反力を取ってシールドジャッキで推力を得るという方式である.
この単胴シールド型は,カッタヘッドにつながるシールドが短いため不良地山対策として先進ボーリングや長尺鋼管フォアパイリング,鏡ボルトなどの補助工法をTBM内から施工できる設備を設けているのが大きな特徴である.
飛騨トンネルの本坑TBMの掘削延長は4,286m(STA352+14〜STA395+00)である(*飛騨トンネル内の貫通地点の表示は,富山側から7,230m,名古屋側から3,480mとなっているので,貫通点はSTA352+15でTBMの掘削延長は4,285mである).
トンネル全体に対してはTBM掘進延長は40%であり,白川側に限ってみれば59%である.
この数字だけを見れば「克服できなかった」と言うことになる.しかし,トンネルで問題となる事項がほとんど揃っていたことを考えると単純にそうは言えない.
(1) 本坑掘削で採用された「改良オープン型TBM」は,かなりの可能性を感じさせる機械である.不良地山,良好地山どちらにも対応可能であることは大きな魅力である.特に,補助工法用のロックボルト削孔機や先進ボーリング機を装備している点は,一種のトンネル掘削ロボットと言った感がある.
(2) 単胴とはいえシールドで作業員が守られている点は大きな利点である.NATM工法(標準工法)では,掘削しズリ出しが終わったあと,鋼製支保工を建て込んで吹付けコンクリートが施工されるまでの間は何も保護がない状態での作業となる.また,突発湧水があった場合,水と一緒に土石流状の岩塊が流出してくることがある.この様な場合も作業員の安全さはNATM工法とはかなり違うと感じる.
(3) 本坑TBMのサイクルタイムを見ると,掘削時間の比率は10〜30%で平均20%弱といった感じである.当然,地質状況で異なってくるが,この比率を上げることができれば掘進距離を大きく稼ぐことができる.TBMは原理的にはジャッキの盛替え時以外は掘進することができるので,トラブルによる掘進停止を減少させることも重要である.飛騨トンネルではズリ出しはベルトコンベアで行ったが,このトラブルが3/4程度を占めていた.TBMシステム全体の信頼性を向上させる工夫が今後も必要であろう.
(4) 事前地質調査の地山分類と施工実績支保パターンの乖離を示したが,大深度・断層破砕帯・変質帯・大量湧水地域のトンネル地質調査の精度をどのように上げていくかは大きな問題であろう.特に,比較的深くまで地山状況を把握できる電磁探査の結果を地山分類に生かすことが望まれる.飛騨トンネルの中央部で検出された低比抵抗帯の評価は,いろいろな問題を投げかけている.また,TBMを採用する場合は,トンネル中間部の問題となる区間で大深度ボーリングを行って地山状況を直接把握することが必要になる.
2車線道路トンネルをTBMで一気に掘削できる可能性を開いたという点で飛騨トンネル工事は記念すべき事業になったと思う.初期費用のおつりが来るくらいの急速施行が可能となるTBMの時代が来るであろう.
そのための重要な要素として,事前地質調査の精度を上げ可能な限り実際に近い地山分類を行える地質調査技術を磨くことがある.さらに,TBMの切羽で,どんな地質の時にどのようなトラブルが発生するのかを把握することも重要である.飛騨トンネルの濃飛流紋岩類の区間では水平に近い亀裂から岩塊がはく離しTBMのカッタヘッドの前面に空洞ができ(先掘れ現象),この崩落岩塊を二次破砕しなければならなくなるという障害が発生したという.
現場では様々なことが起こっている.これらの観察を事前地質調査に生かすことが大切である.