天塩岳

 (2018年6月26日山行:2018年7月1日作成)

概 要

 天塩岳は,オホーツク海に面する滝上町と内陸の士別市の境界にある標高1,558mの山である.
 天塩岳周辺は,プロピライト質岩類の中の石英安山岩質プロピライト(石英安山岩質溶岩)が広く分布している.時代は中新世後期(約1,200万年前〜530万年前)とされている.

 天塩岳における地質の見どころの一つは,石英安山岩溶岩の中に北東−南西方向の鉱化帯があり,天塩岳山頂や前天塩岳(標高1,540m)山頂には重晶石を伴う石英脈が見られることである.

 天塩岳のもう一つの見ものは,凍結融解による岩塊流斜面である.新道コースの途中にある避難小屋裏の西天塩岳(標高1,465m)や前天塩岳西斜面の岩塊流は見事で,前天塩岳のものは現在も移動しているようである.

 なお,地めいなどは基本的に地理院地図に従ったが,地理院地図に無い地めいなどは登山書のものを用いた.<参考にした図書など>を参照のこと.


写真1-1 岩塊流斜面.jpg
写真1-2 天塩岳頂上.jpg
写真1-1 天塩岳山頂付近の鉱物脈
 手前の露頭左手に線状の石英脈があり,中央付近に網目状の重晶石脈がある.石英脈の走向・傾斜はN60゚E,70゚NWで,尾根の方向に一致している.山頂から少し東に下ったところにある露頭である.
写真1-2 西天塩岳の岩塊流斜面
 新道コースにある避難小屋の西側の小さな山(西天塩岳)に見られる岩塊流斜面である.ほぼ全山岩塊流に覆われている.登山道から斜面下まで伐開されていて近寄ってみることが出来る.

 今回は,天塩岳ヒュッテから天塩川(ガマ沢)沿いの前天塩岳コースを行き,新道コースとの連絡路を上って新道コースをたどり,天塩岳山頂から前天塩岳に行き,前天塩岳コースを降りてきた.


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図1  今回の登山ルート
 天塩岳,前天塩岳,避難小屋西の西天塩岳の尾根は,東北東−西南西方向に延びている.鉱物脈(鉱化変質帯)の方向とほぼ一致する.登山口の天塩岳ヒュッテの標高は765mである.赤は登り,青は下り,紫は重複している部分である.(Trail Noteを使用して作成)

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天塩岳ヒュッテから天塩岳まで

 天塩岳ヒュッテ前から天塩川に沿って前天塩岳コースの林道を行く.この林道の標高810m付近の道路脇に石英安山岩露頭がある以外は,ほとんど露頭は見られない.標高830m付近で前天塩岳コースと別れ,新道コースとの連絡路を登っていく.かなり急な登りであるが露頭はない.尾根までの標高差は約250mである.
 途中,標高1,080m付近から前天塩岳の姿が見えてくる.ここから見ると左側(北)が急崖で右側は滑らかな斜面となっている.新道コースの東斜面には,まだかなりの雪が残っている.シロバナエンレイソウが見られる.

 標高1,100m付近から1,300m付近まで,やや急な登りになる.この付近で登山道に見られる転石は黄褐色を帯びていて弱い変質作用を受けている.

 標高1,300m付近からハイマツ帯になる.登山道の転石は弱い変質作用を受けていて,炭酸塩鉱物の脈が見られるものもある.
 標高1,433mのなだらかな尾根(円山)を越えると避難小屋が見えてくる.この尾根の北東側は急崖となっている.登山道が通っている南西側斜面は比較的なだらかで岩塊流斜面である.
 避難小屋の南にある西天塩岳(最高点1,465m)には,見事な岩塊流斜面が見られる.(写真1−2)


写真2 石英安山岩.jpg
写真2 石英安山岩の転石
 連絡路の標高875m付近の 転石である.白濁した斜長石のほかに透明な石英の粒が見える.


写真3 変質した石英安山岩.jpg
写真3 変質した石英安山岩の転石
 連絡路の標高950m付近の 転石である.基質は粘土化し,斜長石は形が判然としない.


写真4 前天塩岳.jpg
写真4 前天塩岳
 前天塩岳は非対称の山頂をしめす.北(左)側は露岩した断崖になっているのに対し,南側は平均傾斜25度程度の斜面である.連絡路の標高1,010m付近から見る.


写真5 オオバナエンレイソウ.jpg
写真5 オオバナエンレイソウ


写真6 平坦面.jpg
写真6 標高約1,100mの平坦面
 新道コースの標高1,230m付近から見た平坦面である.天塩川の対岸にも,ほぼ同じ標高の平坦面がある.このような平坦面がどうして出来たかは上明である.正面向こう,やや右の家形の山は,天塩岳ヒュッテの向かいに見える馬背山うまのせやま(標高1,198m)で,中新世後期に貫入した安山岩岩脈とされている.馬背山の右手の緩やかな尾根は,天塩岳と同じ石英安山岩溶岩である.


写真7 ダケカンバからハイマツへ.jpg
写真7 ダケカンバからハイマツに
 新道コースの標高1,300m付近からハイマツ帯になる.登山道は,一部ハイマツのトンネルを抜けていく.


写真8 1433mの尾根への登り.jpg
写真8 円山(1,433m峰)への登り
 なだらかな斜面を登っていく.標高差は約100mである.一面背の低いハイマツで,所々岩塊が広がっている.「円山《は登山案内書に載っている吊前である.


写真9 変質安山岩の転石.jpg
写真9 変質安山岩の転石
 標高1,320m付近のやや変質した安山岩の転石である.石英がほとんど見られない.


写真10 石英脈のの転石.jpg
写真10 石英脈の転石
 標高1,360m付近の石英脈の転石である.左下の空洞部には自形の石英が見られる.付近には網状の重晶石(BaS4)脈の転石もある.重晶石の転石は,持った感じが非常の重たいので分かりやすい.


写真11 岩塊流.jpg
写真11 岩塊流
 円山の南斜面に見られる岩塊流である.周辺は一面,背の低いハイマツである.避難小屋手前150mほどから見た.


写真12 岩塊流斜面.jpg
写真12 岩塊流斜面
 避難小屋の南にあるN70゚Eの方向に延びる尾根の南斜面(左手)は,一面岩塊に覆われている.登山案内書では,この山を西天塩岳としている.


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写真13 前天塩岳の南斜面
 前天塩岳南斜面にも岩塊流が発達している.登山道のある西斜面は一面岩塊に覆われていて,今でも移動している形跡がある.中腹に前天塩岳山頂を迂回する登山道が見える.前天塩岳山頂から南に延びる尾根に登山道がついている.南から見ると,別の山のような姿である.


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写真14 天塩岳山頂
 ほぼ左右対称の安山岩の山である.斜面の平均傾斜は25°である.中央左手に露岩が見える.ここからは約100m,30分の登りである.


写真15 天塩岳中腹の安山岩露頭.jpg
写真15 天塩岳中腹の安山岩露頭
 登山道に現れた安山岩露頭である.左右方向に延びていてほぼ東西方向である.


写真16 天塩岳山頂すぐ下の岩塊流.jpg
写真16 天塩岳山頂すぐ下の岩塊流
 ほとんど円磨されていない安山岩の岩塊が登山道一面に現れる.標高1,550m付近である.


写真17 天塩岳山頂の安山岩.jpg
写真17 天塩岳山頂の安山岩
 上規則な節理の発達する安山岩である.変質はほとんど受けていない.亀裂は開口し岩塊になりかかっている.


写真18 天塩岳山頂の安山岩.jpg
写真18 天塩岳山頂の安山岩
 デイサイト質の安山岩で,ほぼ新鮮である.写真では判然としないが石英が含まれている.

天塩岳から前天塩岳へ

 天塩岳から北東−南西に延びる尾根を下り鞍部に出て,前天塩岳から南に延びる尾根を登って行く.ほぼ200m下って200m登る.

 登山道に出てくる地質は安山岩であるが,一箇所だけ標高1,370m付近で流紋岩が見られた.天塩岳から北に延びる尾根の東側は急斜面になっていて登山道の所々に表層崩壊が見られる.前天塩岳への登りも安山岩である.
 

 前天塩岳から東北東に延びる尾根の南斜面の中腹に2本の岩塔がある.恐らく鉱化変質による珪化作用を受けた部分が侵食され残ったものであろう.天塩川沿いの旧道コースの途中にあるラクダ岩も同様のものと考えられる.

 前天塩岳の東西性尾根には尾根の方向の鉱物脈が見られる.石英と重晶石が形成されている.鉱物脈の走向・傾斜は,N70°E,45°NWでほぼ尾根の方向と一緒である.前天塩岳の南斜面は鉱物脈に対して受け盤,北斜面は流れ盤になる.これによって,前天塩岳の非対称な尾根が出来たものと考えられる.

 前天塩岳山頂付近の西斜面は岩塊に覆われていて,ほとんど椊生は見られない.標高1,440m付近から下でハイマツ帯となる.岩塊流の末端付近では現在も岩塊が移動している印象である.

 前天塩岳コースは,山頂からの落石が斜面を覆っているためか,かなり下の方まで鉱物脈を持った転石が分布している.
 天塩川沿い林道の標高820m付近に柱状節理の発達した安山岩の露頭がある.


写真19 ラクダ岩.jpg
写真19 ラクダ岩
 天塩川沿いの旧道脇に出ているラクダ岩である.恐らく珪化作用を受けていたために,侵食に耐えたものと考えられる.旧道コースは,この岩のすぐ脇を通って頂上に真っ直ぐ登ってくる.


写真20 東に延びる尾根.jpg
写真20 頂上から東に延びる尾根上の露頭
 中央付近の露頭は石英安山岩で,尾根方向の走向を持つ石英や重晶石の鉱物脈が見られる.


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写真21 天塩岳頂上付近の鉱物脈 
 頂上から少し前天塩岳方面に下ったところにある露頭である.白色の脈は石英で,中央付近に見られる網状に広がった白色の鉱物は,多分重晶石である.


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写真22 二本の岩塔
 中央やや左に二本の岩塔が見える.前天塩岳から東北東に延びる尾根の南斜面中腹に見られる岩塔である.恐らく珪化作用を受けた部分が侵食に抵抗して残ったものであろう.


写真23 前天塩岳への登りの露頭.jpg
写真23 前天塩岳への登りの露頭
 前天塩岳の中腹を巻く登山道と別れた少し先,標高1,460m付近に見られる露頭である.変質した安山岩に鉱物脈が付いている.


写真24 重晶石の転石.jpg
写真24 重晶石の転石
 天塩岳から前天塩岳へ登る南尾根の1,470m付近で見られる重晶石の転石である.黒い針状の鉱物は,輝安鉱(SB2S3)の可能性がある.


写真25 前天塩岳から見た天塩岳.jpg
写真25 前天塩岳から見た天塩岳
 右が天塩岳の山頂である.ここから見ると双耳峰である.中央右の雪のある沢から頂上に向かって旧道コースの登山道がついている.


写真26 前天塩岳頂上付近から東を見る.jpg
写真26 前天塩岳頂上付近から東を見る
 前天塩岳頂上の少し東から東北東に延びる尾根を見る.尖った岩の露頭が並んでいる.


写真27 前天塩岳頂上のデイサイト質安山岩.jpg
写真27 前天塩岳頂上のデイサイト質安山岩/span>
 斜長石の斑晶の目立つ安山岩である.肉眼的には新鮮である.


写真28 前天塩岳山頂を西から見る.jpg
写真28 前天塩岳山頂を西から見る
 右(南)側はハイマツが付いているが,北側は絶壁になっている.石英などの鉱物脈の走向・傾斜は,N60°E,70°NWである.鉱物脈が分離面となって北側斜面では崩壊が激しいのかもしれない.


写真29 前天塩岳西斜面の岩塊流.jpg
写真29 前天塩岳西斜面の岩塊流
 登山道周辺は一面岩塊流で,地を這うようにハイマツが生えている.足下は角礫だらけで上安定である.前方は急に落ち込んでいて先が見えない.おまけに風が結構ある.左遠くは西天塩岳,正面は円山である.


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写真30 前天塩岳西斜面の岩塊流
 前天塩岳西斜面の標高1,445m付近の岩塊流である.斜面が上に凸になっていて上方が見えない.すべて角礫である.


写真31 前天塩岳コース1,345m付近の安山岩.jpg
写真31 前天塩岳コース1,345m付近の安山岩
 前天塩岳コースにある安山岩露頭である.ここまで下ってくると樹木も多くなる.

重晶石について

 重晶石(BaSO4)というのはバリウムの資源で,北海道では小樽松倉鉱山や南白老鉱山で産出した.
 小樽松倉鉱山では,1936年から1963年までで精鉱 227,000トンを出し,南白老鉱山では,1967年から1963年で32,000トンの精鉱を出している.

 比較的容易に重晶石を見ることが出来るのは,小樽赤岩である.岩登りの場所となっている岩壁の下部に重晶石が出ている.板状の結晶で比重が4.5あるので,手に取るとずしりとした重さがある.硬度は3〜3.5であるので,ナイフで容易に傷がつく.

 熱水性鉱床では,中〜低温鉱床の脈石鉱物として産出する.天塩岳で重晶石が産出しても周辺の安山岩があまり変質を受けていないのは,このような形成条件によるものと思われる.

参考にした図書など

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