トンネル湧水量の推定

 (2009年8月20日作成)

 トンネル工事にとって湧水は大きな障害の一つである.大きく問題は二つあり,トンネル工事そのものに支障を来すことが一つで,もう一つはトンネル周辺への水文的影響(渇水)である.
 そのために,トンネル湧水量の推定とトンネルが水を引く範囲(集水範囲・渇水影響圏)の推定が必要である.

 ここでは,トンネル湧水量の推定に古くから用いられている「高橋の方法」について説明する.


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トンネル湧水の種類

 トンネルで発生する湧水の湧水量には次の三つがある.

1)突発湧水量
 施工中に集中的に発生する湧水で,最悪の場合,切羽崩壊,土砂によるトンネルの埋没,地表陥没が発生する.この湧水場所や湧水量を事前に推定することは難しく,地質構造や物理探査結果をもとに突発湧水が発生する可能性のある場所を予測し,施工中の探りボーリングなどで対処するのが一般的である.

2)貫通時湧水量
 これは,トンネルが貫通した時点の坑口湧水量である.この時点では,掘削によるトンネル周辺の地下水状態が完全には平衡状態にない.数年をかけて平衡状態となるため,この湧水量は次第に減少していく.

3)恒常湧水量
 トンネル掘削後,周辺の地下水が平衡状態となった時の湧水量で,一般にトンネル湧水量の推定は,この湧水量について行われる.トンネル周辺への影響範囲もこの時点でほぼ確定する.

tunnel_water1.jpg図1 トンネル湧水の種類
 1)トンネル掘削前は地下水は降水や河川水あるいは蒸発散と平衡状態にある.
 2)トンネルを掘削すると地下水は低下し,非平衡状態でトンネルに湧水してくる.トンネル貫通直後はまだ非平衡状態であるため湧水量が多い.
 突発湧水というのは,この掘削中に減少する水量が一気に突出してくる場合である.いわば,水瓶に穴を開けたために一気に漏れてくる現象である.
 3)供給される水量とトンネル排水量が平衡状態となった時の湧水量が恒常湧水量である.

トンネル湧水量の予測方法

 トンネル湧水・渇水調査は,1)トンネル湧水量と集水範囲,2)トンネル掘削による周辺の利水への影響の予測に的を絞って実施されるものである((社)日本トンネル技術協会,1983,117p).
 トンネル湧水予測は,湧水位置,集中湧水・恒常湧水の量,湧水による切羽の自立性,水圧,水質などについて予測する必要がある.
 周辺の利水への影響は,影響の出る範囲,利水の減少量,水質の変化,水温低下などについて予測する.

 トンネル湧水量についての予測方法としては,次のような方法がある.

統計的手法: 出来る限り多くの類似トンネルの湧水量を整理,分析し当該トンネルの湧水量を統計的に予測する方法である.

水理公式による方法・「高橋の方法」: 水理公式による方法は,施工中の集中湧水量,竣工後の恒常湧水量を水理公式から求める方法である.
高橋の方法は,水文学的・水理学的・地質学的方法によりトンネルの集水範囲を求め,河川の渇水比流量(地下水の湧出量と考える)から恒常湧水量を予測する方法である.

水収支シミュレーションによる方法: トンネル周辺の水文地質をモデル化し,地下水の運動を工事計画にもとづきシミュレートするものである.シミュレーション結果の精度は,もとになっている水文学的・地質学的調査や流量などの計測の精度に依存していることを常に念頭に置く必要がある.

高橋の方法の原形

 この方法は,当時の鉄道技術研究所の高橋彦治氏らによって考案された方法である.
 その詳細は,「高橋彦治,1962,トンネル湧水に関するする応用地質学的考察.鉄道技術研究報告.」に詳しく述べられている.
 また,「高橋彦治,1965,トンネル湧水の特性と問題点.応用地質,6巻,1号,25-52.」は,上記報告の一部を公表したものである.

 「文村賢一・下茂道人,2003,GISを用いたトンネル湧水渇水予測システムの開発.トンネル工学研究論文・報告集第13巻,327-332.」は,GIS を用いて高橋の方法による湧水予測を行い,高橋が北陸トンネルで行った湧水量予測と比較して,高橋の計算結果とよく整合していること,観測値との誤差も小さいことを報告している.
 高橋の方法は,ほぼ地形条件のみからトンネル湧水量を予測できる点で GIS で扱いやすいものとなっている.

表1 北陸トンネルでの恒常湯水量計算結果と観測値
(文村,2003 に加筆)
観測値16.8m3/min
高橋の計算結果(第3の方法)20.3m3/min
高橋の計算結果(第3の方法+第4の方法)16.1m3/min
文村のシステムの計算結果18.3m3/min

*注)高橋の第3の方法は平均透水性(kt) を使って湧水量を求める方法で,第4の方法は第2の方法あるいは第3の方法で求めた流出範囲に制限を加えるものである.
 詳細は後述.

高橋の方法による湧水量の求め方<概要>

 高橋の方法は,1)水文学的方法(第1の方法),2)水理学的方法1(第2の方法),3)水理学的方法2(第3の方法),4)地質学的方法(第4の方法)がある.

 3)水理学的方法1   は,開渠に流出する地下水の非定常流出のモデルを用いてトンネル湧水量を算出するものである.この場合,帯水層の透水係数,間隙率,水位が平衡に達するまでに要する時間などのデータが必要となる.これらの各係数を求めるのは,実際上はかなり難しい.

 4)地質学的方法  は水理学的方法で求めた流出範囲に制限を加えるもので,この方法単独では湧出量の算出は出来ない.

 その制約条件は次のようなものである.

 1)著しい谷地形(急峻な谷地形)では谷へ向かう方向に透水性が大きく,河床部分では谷の両側から地下水が供給される.このような地形の場合,稜線を集水範囲とする.
 2)山稜線あるいは大きな流域の分水界は一種の流出限界線と考えて良い.このような山稜線は透水性の亀裂が少ないとか比較的不透水性の地質であることが多 く, 経験的に山稜線の下に掘削されるトンネルでは湧水の機会が少なかったり湧水量が少ない.
 3)断層は破砕帯を伴って地下水の通路となることが多いが,一方で粘土化している場合は遮水効果を持ち,一般には地下水流動に不連続性を与える.したがって,断層の存在が明らかな場合は,断層を流出限界と考える.ただし,透水性の場合もあるので地質学的な判断が必要である.
 4)断層が谷地形と一致する場合は断層で流出限界が定まるものとする.破砕帯(透水性断層)では地下水流動が行われやすいので,破砕帯方向での集水範囲は拡大すると考える.

 以上のような点を考慮して流出範囲に制限を加える.
 なお,高橋の上記の論文では,地質学的方法で制限を加えた方が観測値に近い湧出量となっている(表1の3行目).

水文学的方法

 この方法の考え方は次のとおりである.
 「現在の地形がある程度,地下水の流動に順応して形成されたものと考えて(あるいは巨視的には地下水が地形を支配する要素に関連して流動すると考えて),地表流の流域の平均巾員をもってトンネルに流出してきた地下水の流出範囲を求めようとするものである.」(高橋,1965)

 具体的には,トンネルが通過する付近の地山はほぼトンネル掘削時の水文的状況を反映していると考えて集水範囲を決定する.
 すなわち,トンネルが通過する付近の沢で,沢と稜線の比高がトンネルの平均土被りに一致しているような沢を数個選び,集水面積(A) を求める.その流域の流路長(L) を求める. A/L=2R の2R をトンネルの集水範囲とする.

 表2に北陸トンネルで行った高橋の試算表を示した.
 まず,トンネルを5つの区間に分け,それぞれの区間の流出巾を設定し区間長と流出巾から流出面積を算出する.
 現地測定から求めた比流量に流域面積をかけて区間ごとの流出量を算定する.

 なお,トンネル区間流出量を区間長で割るとトンネル1km あたりの流出量(比流出量:一般的には比湧水量と言う)が求められる.このトンネルの場合,No.1区間が32.9リットル/sec/km で最も大きな値となっていて,No.4と No.5の両区間は約8リットル/sec/km と小さくなっている.

表2 水文学的方法による北陸トンネルの湧水量
(高橋,1962 を加筆・修正)

No.区間(キロ程)1 長さ(L=トンネル区間長:km)2 流出巾(2R:km)3 流出面積(A=1×2:km24 比流量(qe=l/sec/km2トンネル区間流出量(Qt=3×4:l/sec)
149k920m-58k200m8.261.5012.4021.80270.3
258k200m-59k700m1.500.600.9022.2020.0
359k700m-60k700m1.001.151.1522.2025.5
460k700-62k000m1.300.700.9111.5010.5
562k000m-63k770m1.771.001.778.1014.3
総延長=13.83平均値=1.00計=17.23平均値=17.20計=340.6
*ここでの流出量の単位が< l/sec >となっていることに注意.
 トンネル全体での湧水量は約 20 m3/min ,比湧水量は約 1.5 m3/min/km である.

水理学的方法2

 この方法でのポイントは平均透水性 kt(単位は m) である.
 平均透水性というのは,「降雨による補給が行われない場合に,流出によって開渠の片側に形成される影響範囲の値である.」(高橋,1965)
 この平均透水性を導いた式は,開渠の底が不透水層である場合のものであるが,条件の差による誤差は考慮しない.

 平均透水性の式は次のとおりである.

 kt=(k×t)÷λ または

 kt=R2÷(6×H)

ここで,
kt:平均透水性(m)
R:トンネル片側の影響範囲(m)
H:トンネル掘削前の水位(m)
k:透水係数(cm/sec:m/sec)
t:水位が平衡するまでに要する時間(sec:実際は日)
λ:間隙率(%:岩盤1m あたりの亀裂の開口幅)

 上の式を用いてトンネル周辺の地形条件から平均透水性を求め影響範囲を設定するのが「水理学的方法1」であり,下の式を用いるのが「水理学的方法2」である.北陸トンネルでは「水理学的方法1」による平均透水性 kt=420m,「水理学的方法2」による平均透水 kt=320m という値を得ている.
 現在,一般に「高橋の方法」という場合は,下の式を用いて影響範囲を求める方法である.


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トンネル湧水量・集水範囲の求め方

<湧水量算出式>

 トンネル湧水量は,渇水比流量に集水面積を掛けて求める.つまり,外からの水の流入が少ない時の単位面積あたりの流量がトンネル周辺の集水範囲からトンネルに流入してくるという考え方である.

Q=Σ{q×l×(Rr+Rl)}=Σ(q×A)

Q:恒常湯水量(l/sec)
q:トンネルの単位区間長における渇水比流量(l/sec/km2)
l:単位区間長(km) ;地形・地質・地質構造から判断して同一条件と考えられる区間を設定する.
Rrおよび Rl:単位区間長におけるトンネルの右側・左側の集水距離(km)
A:トンネル湧水流出範囲(km2)

<手順>

1)平均透水性(kt)の算出
 トンネル周辺で地形的・地質的に条件の似た沢の地形の計測から平均透水性を求める.

 a)トンネルの土被りと同じ程度の比高を持つ沢を選んで集水面積(A) を求める.沢に沿って流路長(L) を測定する.この場合,トンネルを構成する地質と同じ沢を選ぶのがよい.
 この二つから平均集水域の幅(2Rm ) を求める.

 2Rm =A÷L

 b)沢の谷頭と出口を結んだ線に直交に断面を切り平均比高(Hm) を求める.

 c)以上で求めた Rmと Hmとから次式により平均透水性を求める.

 kt=Rm2÷(6×Hm)

2)集水範囲の設定
 1)で求めた平均透水性の値を用い,似たような条件のトンネル区間について次式を用いて集水範囲を設定する.

 H=R2÷(6×kt)

 この式で得られた H-R 曲線とトンネル断面を重ね合わせ,曲線の原点をトンネル中心に置き,曲線と地表面の交点を求める.この点がこの断面でのトンネル集水位置となる.

 ここでのポイントは,地形・地質条件から平均透水性を求める式と,その平均透水性を使って影響範囲を求める式が同じだと言うことである.この点で混乱しないように注意が必要である.

 このあたりの解りやすい説明は,文村ほか(2003)の文献が優れている.

tunnel_water2.jpg
図2 平均流路長の求め方
・水文学的方法で平均流路長を算出する場合は,沢の流路に沿った実延長を L とする.
・水理学的方法2では沢頭と沢の出口を結んだ線の長さを流路長とする.

tunnel_water3.jpg
図3 平均比高の求め方
・沢の両側の尾根までの比高を各断面で求め,その断面での平均比高とする.
・いくつかの断面の平均比高をさらに平均してその沢の平均比高(Hm)を求める.

tunnel_water4.jpg
図4 トンネル断面と H-R 曲線の重ね合わせ
・ H-R 曲線とトンネル断面を重ね合わせて,H-R 曲線と地表との交点をこの断面での集水範囲とする.
・トンネルを区間分けしてそれぞれ横断図を作成し,土被り,地質構成などを考慮して適切な H-R 曲線を重ね合わせて集水範囲をプロットする.この点を結んでトンネル全体の集水範囲を求める.


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