トンネルで難工事となったものは大量湧水に遭遇した場合と強大な押し出しが発生した場合である.
特殊なものとしては,高い地熱地帯にトンネルを掘削した場合(一般国道158号安房トンネル),山はねが発生した場合(関越自動車道関越トンネル),付加体堆積物での大変位などがある.また,未固結の砂質土では瞬間的なトンネルの崩壊が発生する.
ここでは,1)膨張性地山,2)流砂を起こす砂質土地山,3)強大な地圧が発生する蛇紋岩地山,4)大量湧水地山,5)高熱地山のトンネル,6)付加体堆積物の地山について述べる.
特に注意すべき地山 | 主な地山性状 | 問題となる現象 | |
ト ン ネ ル 一 般 部 | 膨張性地山 |
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高圧や大湧水の発生が予想される地山 |
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未固結地山 | 地下水面下にある
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高い地熱・温泉・有害ガス等がある地山 |
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山はねが予想される地山 |
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低 土 被 り 部 ・ 地 す べ り | 坑口付近や谷部で地すべりや崩壊の可能性がある地山 |
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土被りの小さい地山 |
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土木でいう膨張性地山(swelling rock)とは,
「山岳トンネルの掘削にあたってトンネル内空を縮小するように,はらみ出してくる地山」(土木用語大辞典,1167p) のことを言う.
これに対して,押出し性地山(squeezing ground)というのは,
「トンネル掘削に伴って地山周辺に生じた応力が地山強度をこえて地山が塑性化した場合に,見掛け上,塑性流動的に地山がトンネル内に向かって押し出してくるように,外力が作用し変形する地山」(同,122p) のことを言う.
膨潤性地山(swelling ground)と言うのは,土が吸水して膨張するような地山のことを言い,水が粘土鉱物の結晶の層間に取り込まれて膨潤することが,膨張の原因である.
土木工事で扱いが面倒な膨張性土圧(地圧)は,
膨潤性粘土鉱物の代表であるモンモリロナイトは,スメクタイトと呼ばれる粘土鉱物の一つで,結晶粒子自体が非常に小さい.また,結晶構造の層間にNa+イオンを含んでいる.ナトリウムイオンと水分子の結合エネルギーは、粘土鉱物の層間を結合させているファンデルワールスエネルギーよりも強いために,層間のナトリウムイオンと水分子が結合しやすい.この時の理論的浸透圧は,約1.5MPa(150tf/m2)になると言われている.これが膨潤圧発生の理由である.この圧力は,鋼製支保工の押出し・座屈を起こすに十分である.
完全に脱水した状態では,モンモリロナイト結晶の基本面の間隔は約0.97nm(ナノ・メートル:10-9m=10億分の1m)である.水分子を吸着すると層面間隔は約1.26nm,1.50nmと階段状に増加していく.これは,それぞれ1分子層,2分子層の水が層間に存在していることに対応しているという.
地山強度比が2以下の場合に大きな押出し性地圧が発生すると考える理由は,次のとおりである(仲野,1975).
一般の岩盤では,側圧係数(鉛直応力に対する水平応力の比)が1/3より小さいことも多い.その場合,掘削によりトンネル天端に作用する鉛直応力が大きくなり天端に引張応力が発生する.岩の引張強度は圧縮強度の1/8〜1/12程度であると予想され,天端付近の岩盤は引張破壊が発生して緩む.
これが普通の緩み土圧である.
これに対して,泥岩や凝灰岩,蛇紋岩,変質した安山岩などでは,側圧係数が1に等しいかそれより大きいことがある.
側圧係数=1の場合,岩盤の圧縮強度が初期地圧の2倍より小さいとトンネル周辺の岩盤は圧縮せん断破壊を受けて,周辺に破壊領域が形成される.
これが,押出し性地圧で,破壊領域の範囲は,側圧係数(K0)が小さいほど広くなる.ここで,K0=σ2 / σ1 で,σ1:鉛直土圧.σ2:水平土圧である.
さらに,膨潤性粘土を含む岩盤では,このせん断破壊面に沿って水が滲みだし,急速に岩盤を劣化させ強度が著しく低下する.その結果,異常な膨張性地圧が発生する.
このような吸水による強度低下は,泥岩のように透水性が低い岩盤でも発生することに注意が必要である.
特に,建設中のトンネルでは,空気の循環はそれほどよくなく,空気中の水蒸気が岩盤面に付着することでも岩盤の劣化が発生する.
このような機構は,基本的には軟岩でのもので,岩盤の変形挙動に対する割れ目の効果が無視できる場合に適用される.
膨潤性地山の指標はいろいろと提案されている.
調査としては,浸水崩壊度試験が最も簡便で膨潤性の目安として役に立つ.その上で,X線回折で膨潤性粘土の有無を確認すれば,判定は出来る.
問題は,膨潤性粘土の存在形態で,脈状に狭い幅で岩盤中に入っている場合には,それほど問題とはならない.しかし,トンネル縦断方向に1m程度の粘土脈があると偏圧が作用するので注意が必要である.
膨潤性の指標を表11.6に示す.
最も有名なのは北越北線の鍋立山トンネルである(土井ほか,1990.小暮ほか,1995).
トンネル名:北越急行ほくほく線・鍋立山(なべたち・やま)トンネル
路線:新潟県の上越線六日町駅から飯山線十日町駅を経由して新潟県の北陸本線犀潟駅までの59.5km.
トンネル延長:9,116.50m
場所:新潟県東頚城郡松代町〜大島町
地質:新第三紀中新世後期から更新世前期にかけての泥岩・砂岩・凝灰岩からなる.
トンネル坑口付近は砂岩の薄層を有する比較的硬質な泥岩であるが,中央部では極めて軟質な泥岩が出現しかつガスが突出する.この地域は日本有数の活褶曲地帯であり,褶曲活動による上下動は現在も続いている.調査段階で地質構造に起因す潜在応力の解放が指摘されたが,確認はされていない.
トンネル中央部の地山弾性波速度は土被りが150m程あるにもかかわらず2.0km/sec以下でほとんどが1.5km/sec程度である.
工事の概要:
本トンネルは昭和48年(1974年)に東工区,中工区,西工区に分けほぼ同時に着工した.
東工区は,1,750mを底設導坑先進工法およびショートベンチ工法で掘削し,1976年に掘削が完了した.
西工区は延長4,039mである.ショートベンチ工法,三段ベンチ工法のNATM工法を採用し,ロックボルトで変形を抑えて施工し1981年に掘削を完了した.
中工区は延長3,327mである.難工事の末,1982年に645mを残して国鉄の再建に伴い3年間工事が中断され,昭和60年(1985年)から工事が再開された.以下、最も難工事となった中(6)工区の施工状況について述べる.
難工事区間の施工状況−中(6)工区−:
(1)一番始めは,ショートベンチ工法を基本とした.しかし,仮インバートが80cm 〜100cm程押し出し内空変位が30〜50cmと大きくなった.
(2)次に導坑先進ショートベンチ工法に切り替えた.導坑長3〜4m,ベンチ長15m程度に保ちながら掘進し50m程掘進したが,仮インバート・本坑支保の変状が著しくなり掘削工法の変更を余儀なくされた.
(3)そこで、中央導坑先進工法に変更した.この工法の利点は次の通りである.
(4)導坑は直径2.27mで,上下2分割で人力により掘削した.
掘削に伴う切羽の押し出しは,1サイクル25cmの掘進に対し50cm〜100cmであったものが次第に増加し,1サイクルあたり200cm〜300cmとなり,支保工の座屈,ヘドロ状の泥土・ガスの噴出により掘削を中止せざるを得なくなった.
(5)掘削を進めるために,中央導坑掘削用のトンネル・ボーリングマシン(TBM)を開発した.
1989年(平成元年1月11日)より掘削を開始したが,約1ケ月後に天端の崩落が激しくなりTBMを後退させざるを得なくなった.TBM発進導坑の出口(掘削切羽から約60m後方)まで押し戻され,なお押し出しは止まらず本坑にスチールファイバーを混ぜた厚さ3mのバルクヘッドを築き押し出しを止めた.累計押し出し距離は約100mに達しTBMは発進導坑の入口から40m後方まで押し出されてしまった.
(6)いろいろな工法を採用しながら掘削したが,盤ぶくれ,天端沈下,切羽の押し出しにより掘削不能となった.
このため中央導坑を早期に完成させ,ガス抜き効果と本坑掘削時に導坑のアンカー効果を期待することとし,二重管方式で削孔し高強度セメント系注入材で地山を改良しながら導坑掘削を進めた.
導坑は1992年に貫通し,1995年に本坑掘削が完了した.着工から221年目であった.
(7)鍋立山トンネルの地山特性は次のようにまとめられている.
1)構成土粒子が非常に細かい.
2)塑性指数が大きい.
3)土被りに比べ一軸圧縮強度がきわめて小さい.
さらに,メタンガスを主成分とした可燃性ガスが潜在しており,最大圧17kg/cm2あり,粘性土地山であるためにガスが抜けにくく,ガス圧が膨張性を促進させている.
(8)切羽の押し出しを抑制するために注入を行ったが,実注入範囲は半径の3倍程度は確保されていた.
注入材料は,a) ホモゲル強度が高いこと,b) ゲルタイムの調整が容易であること,c) 地山との付着性がよいこと,d) 施工性がよいことが条件であった.
これに対し,LW(セメントミルク+水ガラス:Labilies Wasserglas)注入は,地山との付着性が悪くすべり面が出来やすく,ウレタン注入は高土圧の地山では発泡せずに硬化してしまうことからデンカES(セメント系急硬材)を使用した.
(9)中央導坑を切羽のアンカーとして本坑を切り拡げたが,導坑には切羽から3〜5m離れたところで,3,000tもの引張り力が発生した.
本坑は直径7.8mの円形断面で,1〜1.5mの超ミニベンチ方式で掘削した.支保は175Hと
150Hの二重支保工とし,吹付けコンクリートはファイバー入りで厚さ37.5cm,変形余裕量は上半150mm,下半100mmとした.
以上のように,鍋立山トンネルは,切羽の押し出しにより掘進不能となり,中央導坑を切羽止めのアンカーとして掘進したが,それでも切羽が持たず,切羽からのロックボルトと矢板による鏡押さえを行い,9分割の加背割りで地山の変位を抑えながら掘削するという難工事であった.
(以上は,小暮ほか,1995 による)
道路トンネルで膨張性地山に遭遇し難工事となったのは,上信越自動車道日暮山トンネルである.
以下の記述は,高速道路技術センター,1991,上信越自動車道 日暮山トンネル施工検討報告書および高速道路技術センター,1992,上信越自動車道 日暮山トンネル施工検討(その2)報告書による.
トンネル名:上信越自動車道日暮山(にっくれやま)トンネル
トンネル延長:2,223m
場所:群馬県と長野県の県境近くで長野県軽井沢の南方約6km.
地質:この付近の地質は,新第三紀中新世の泥岩(井戸沢層)と安山岩質凝灰角礫岩(本宿層相当層の妙義層)および中新世〜鮮新世の貫入岩である安山岩とからなる.
東京側坑口から約930m(STA560+30)付近までは泥岩と安山岩であったが,特に大きな問題は発生していない.安山岩区間では支保パターンBで施工できた.
STA560+30付近から泥岩が出現し始め変位量が大きくなり,何回も縫い返しを行って掘進した.さらに,STA561+10付近から湧水が伴うようになった.トンネルは泥岩とその上位の妙義層の凝灰角礫岩の境界付近を掘削することになり,支保パターンを試行錯誤で変更し,かつ断面確保のための縫い返しを繰り返しながら掘削した.
地質劣化部の延長は約420mであった.
掘削状況:
STA560+33〜STA560+55(L=22m):安山岩から泥岩に地質が変化したため掘削パターンをCIからDIに変更した.STA560+55まで掘削したあと,既施工区間の仮インバートを施工した.
STA560+45からは上半ロックボルト27本の断面で掘削した.
STA560+55〜STA560+69(L=14m):変形余裕量200mmのDIIパターンで施工する.しかし初期変位量が50mm/dayとなり,上半仮インバートを施工したが,クラック,支保工変形が現れた.
支保パターンの検討を行いDII-2パターンを決定し,既施工区間の縫い返しを行った.縫い返し区間も仮インバートを施工した.
STA560+69〜STA561+12.5:上半切羽とインバートの離れを35m〜42m程度保ってDII-2パターンで掘削を開始した.変形余裕量の250mmを越えてしまう区間が出現し,さらにSTA561+12.5でロックボルトから出水し切羽前方を探った調査孔から700l/minの異常出水があった.
STA561+12.5〜STA562+84.5(L=172m):E-1〜E-3パターンに変更して掘削を再開する.この区間では,薬液注入(1ブロックL=15m),水抜きボーリングを併用しながら掘削した.
STA560+50〜STA560+88区間の縫い返しも行う.
STA562+84.5〜STA563+55(L=70.5m):さらに強固なE-4パターンに変更し掘削した.
この間,鏡止め,上半インバート仮閉合,薬液注入,水抜きボーリングを行った.
STA563+30付近から奥に断層が予想されたが,異常出水と土砂崩壊が発生した.終点側の泥岩と安山岩の境界付近に粘土化に著しい断層が分布していることが判明した.
この区間は,RJFP工法による先受けを行って掘削したが,切羽崩壊が発生したため薬液注入を行った.注入,水抜き,仮インバート,縫い返しの繰り返しでSTA563+65まで掘削した.
STA563+65〜STA564+00(L=35m):この区間はこれまでの工法を抜本的に変更し,上半断面内に円形導坑を先進させ,薬液注入,長尺フォアパイリングなどの補助工法を駆使して施工することにした.
導坑を10m先進させ,3mを残して切り拡げるという交互掘削方式を採用し,2年10ヶ月で泥岩区間(L=367m)の掘削を完了した.
二次覆工コンクリートにもクラックが発生したため,樹脂注入と炭素繊維シートによる補強を行っている.
なお,泥岩区間を抜けたあと,このトンネルは安山岩区間に入り,支保パターンはBおよびAで施工した.ある程度の土被りがある貫入岩ではBパターンを適用できる.
防災科学技術研究所の「地すべり地形分布図,御代田」では,難工事となった日暮山東山麓の緩斜面地形は,地すべりとなっている.幅約420m,奥行き約500mで,すべり面深度は110m程度と推定される.
また,II期線工事では,東側(東京側)坑口から906mの地点,土かぶり130mの地点で地表陥没を伴う大崩落が発生している.最大20t/minの湧水を伴っていた.1999(平成11)年12月9日である.