11.9.6 付加体堆積物中のトンネル

 海洋プレートの玄武岩やはんれい岩,遠洋性・半遠洋性の海洋底堆積物,陸域から供給された砂岩・泥岩などの海溝充填堆積物が,大陸プレートの下に潜り込む海溝付近で付加作用によって海溝陸側斜面にくさび形の地質体としてたまったものを付加体と呼ぶ.この付加体を構成する堆積物を付加体堆積物と呼ぶ.

付加体堆積物の特徴

 付加体堆積物の特徴は,次のようにまとめられる.

  1. 大陸縁辺における海洋プレートの沈み込みに伴う付加作用によって形成された地質体である.
  2. この地質体の構成物は,
     1) 海洋プレートを構成する海洋底玄武岩,海山玄武岩
     2) 海山を覆う礁性石灰岩
     3) 海洋底に堆積した層状チャート,珪質粘土岩などの遠洋性堆積物および珪質泥岩などの半遠洋性堆積物
     4) 海溝を充填する陸源の砂岩・泥岩・礫岩とこれらの互層
     5) 海溝陸側斜面上に形成される前弧海盆や凹地に堆積する陸源あるいは半遠洋性正常堆積物である.
  3. 海溝陸側斜面下に付加される際に,破砕,混合された混在岩や衝上断層によって切断された岩体が複雑に累重する.
  4. 付加される時,くさび形をした地質体は,その直前に付加された地質体の下位に,陸側に傾斜した衝上断層によって区切られながら付加する.このため,陸側ほど古い地質体となり地質的に層序が逆転する.
  5. 沈み込みに伴って,地下深所にもたらされ変成作用を被ることがある.

 以上のような特徴から,トンネル工事などで付加体堆積物を扱う上での留意点は,次のようにまとめられる.

  1. 地層累重の法則が成立しないため,地質図学による岩相の三次元的把握が困難である.したがって,一つの岩相を尾根も含めて丹念に追跡する必要がある.
  2. 起源を異にする岩石が複雑に破断,接合しているので,構成岩石の起源を明らかにする必要がある.この場合,基質を構成する泥質岩類とブロックとして含まれるチャートや石灰岩などの両者の年代が得られると起源解明に有効である.
  3. 付加過程時の破断,接合状態を明らかにすると同時に,付加過程以後の構造変形も明らかにする必要がある.沈み込みを始めた海洋プレート上の堆積物は,デコルマと呼ばれる低角の衝上断層により海洋プレートから切り離され,覆瓦構造を形成する.さらに付加過程が進行すると,もともとの層理面を切断する衝上断層(アウトオブシークエンススラスト)が発達し,時代の全く異なる岩相が接することになる.このような変形過程を明らかにする.

 さらに,付加体堆積物が形成されるプレート沈み込み帯では,大陸から運搬されてくる土砂(タービダイトなど)と海洋地殻である玄武岩類,その上に堆積した石灰岩やチャートなどが寄せ集められている.
 これらの岩石により大陸が再生産されると同時に,沈み込むプレートが上盤(大陸地殻など)を削りマントル深く持ち去ってしまう(造構性侵食作用).
 付加体堆積物が形成される沈み込み帯は活発な物質循環の場である(木村,2002,90−91).

 付加体堆積物に特有の混在岩については,中江(2000)を参照のこと.

土木工事での付加体堆積物の問題点

 建設工事で付加体堆積物が出現した場合の問題点,は次のようにまとめられる.

  1. 密度が大きく間隙率が小さいため,弾性波速度が大きく出る.
     例えば,ジュラ紀付加体である丹波帯の砂岩主体層であれば,地山弾性波速度は5km/sec以上の値を示す.四万十帯の頁岩層でも4km/sec以上の値となる.この値をそのままトンネル地山分類の適用すると,少なくとも“CI”となる.しかし,実際に施工してみると2ランク下の地山(Dランク)挙動を示す.
  2. 付加過程で構造変形を受けているために層理面に鏡肌が発達することが多く,この鏡肌から分離しやすい.したがって,一見,硬質な岩でも強度は層理面に支配されており,切土やトンネルなどで開放面が形成された場合,破壊しやすい.
  3. 破断,変形が進行し混在相(メランジュ)となった岩盤では,泥質の基質の中に石灰岩やチャート,玄武岩などの様々な大きさ岩塊が挟み込まれていて、全体に上均質となる.
     したがって,工事の規模によって地山評価が大きく異なってくる.また,局部的に脆弱な部分が出現し,思わぬ応力(偏圧など)が発生する.
  4. 付加体堆積物は,沈み込んだ時の埋没深度によっては膨潤性粘土鉱物が形成される.このような粘土鉱物は,頁岩などに全体的に形成される場合もあるが,亀裂沿いに濃集し亀裂面の分離しやすさを助長する.
  5. 一見均質に見える岩盤でも,付加過程で形成された様々な上連続面(層理,葉理,節理,亀裂など)が形成されており,脆弱となっていることが多い.したがって,上連続面の分類を行い,面の性質(走向・傾斜,面の状態,挟在物の有無など)を詳細に記載する必要がある.

紀伊半島の四万十帯

 付加体堆積物として最もよく研究されているのは四万十帯である.紀伊半島の西海岸では,北は和歌山県由良町付近で仏像構造線により秩父帯に接し,串本町多並付近まで四万十帯が分布している.
 また,四国沖から南海トラフ(海溝ほど深くない深海底の凹地)での地震探査により付加体の構造が明らかにされている(氏家ほか,2001).

付加体堆積物の見られる上連続面

 付加体堆積物の特徴の一つは,数ミリオーダーの“圧力溶解劈開”から層理面・節理面などの数センチ〜数10センチオーダーの上連続面が変形・強度特性を支配していることである.
 粘土化を伴う幅数10mオーダーの破砕帯もトンネル周辺の地山挙動を支配しているが,小規模から中規模の上連続面が地山の大変位のきっかけとなっている可能性がある(表11.13参照).
 この小規模上連続面と中規模上連続面は“入れ子構造”となっており,その走向・傾斜が一致していることが多い.


瓜谷層の露頭.jpg
図11.21 紀伊半島四万十帯音無川帯瓜谷累層の頁岩層
(ハンマーの長さは約30cm)
 層理面は左下がりとなっている.ハンマーの柄の上付近は破砕が著しい.層理面に高角で交わる節理が発達している.風化の影響もあるが,全体に亀裂面は分離しており崩れやすい. この付近は“南高梅”の吊所で,この瓜谷累層を大規模に切土して梅林を造成している.亀裂から分離しやすいので掘削しやすいものと考えられる


頁岩の顕微鏡写真.jpg
図11.22 顕微鏡で見た頁岩中の圧力溶解劈開
(解放ニコル.写真の横幅は約6.5mm)
 やや黒色かかった部分がより泥質な部分である.ほかの付加体の堆積岩類と比べても劈開に密度が高い


頁岩中の圧力溶解劈開.tiff
図11.23 鏡下で見られる劈開,せん断面の形成過程