8 トンネル湧水・渇水
8.1  一般的事項

(2014年12月17日作成)

概要

 大量の湧水はトンネル工事を中断させる.いかに機械化が進んでも水没した状態では工事は上可能である.
 さらに,大量湧水は水だけでなく土砂を運んでくるし,切羽が自立せず工事は続行できなくなる.青函トンネルや上越新幹線の中山トンネルの大量湧水は有吊である.

 トンネルでの湧水は周辺の渇水を引き起こす.
 水文地質構造上,広範囲の渇水を引き起こすのは,盆状の水を含んだ帯水層が,基盤の上に分布している場合(例えば,JR中央線・塩嶺トンネル)や透水性の破砕帯をトンネルが横断した場合などである.
 渇水発生位置のトンネルからの距離は地質によって異なり,最も広いのは火山岩および火山砕屑岩類で最大約4.8kmである((社)日本トンネル技術協会,1982,39p).地質によらず,少なくともトンネルから1km程度までは渇水が発生する可能性を考えておく必要があろう.

 トンネル排水が周辺環境を悪化させることがある.問題となるのは,周辺河川の水温低下,酸性水を代表とする有害水の排出である.水田の灌漑用水は一定の水温以上でないと収穫量に直接影響を与える.稲の生産を上げる最適水温は本来30℃程度であり,23℃以下では収穫が低下するといわれている(日本鉄道建設公団,1987,156p).トンネル排水の水温は本州では12℃前後,北海道では9℃程度で,大量のトンネル排水は灌漑用水に大きな影響を与える.

 酸性水を初めとする有害水はトンネル排水として出現するかどうかの予想が非常に難しい.pHが3を下回ると砒素などの有害元素が含まれることが多くなる.
 踏査の項で述べたように,沢水や湧水の水温,pH,電気伝導度の測定を行うことにより酸性水発生の予想がつく.
 特に,湧水のpHは重要な指標である.一般に,pH3以下の水は非常にきれいで,異様に澄んでいる.pH3以上となると酸化状態の鉄イオン(Fe3+)が水酸化鉄となって沈殿し赤褐色になるが,pH4〜5以上となるとアルミニウムイオンが白色の水酸化アルミニウムとなって,しばしば珪酸と一緒に沈殿するので褐白色となる.
 pH6以上では普通の状態となる.また,pH4付近の水は少量の中性の水で中和されることによりpHが急激に上昇する(半谷・小倉,1995,190-191).

 有害元素を含んだ有害水の排出は周辺環境への影響が非常に大きい.基本的には坑口で排水を処理せざるを得ない.半永久的に処理施設を維持しなければならず,明らかに有害水が湧出すると予想される場合には,ルートを変更した方が将来の維持管理を含め総合的に有利な場合がある.


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丹那トンネルの大量湧水

 丹那トンネルは大量湧水との闘いであった.「丹那トンネルの話《という本の中に次のような記述がある.

 「トンネル内に出てきた水の歴史を辿って見ますと、着手してから暫くは兩坑口とも第三期層即ち熱海火山の噴出以前の地質の中を掘進しましたから、水も割合出ませんでしたが、トンネルがこの第三期層を抜けてからは、急にトンネルからの湧水が增して,何十個と云ふ水量になりました。一個と謂ふのは一秒間に一立方呎(フィート)の水の量の事で、つまり一秒間に一斗五升餘り、一晝夜にしますと一三萬石位になります。《(鐵道省熱海建設事務所,1933,丹那トンネルの話.38p.:かっこ内以外は原文のまま)

 すなわち,一個というのは約1.7m3/min(0.305×0.305×0.305×60=1.7m3)である.ちなみに丹那トンネルでは最大一二〇個(約200m3/min)の坑口湧水が見られたという.
 また,突発湧水は丹那断層を突破したときの八十個(136m3/min)であった.ただし,最近の文献では丹那トンネルの最大湧水量は,135.4m3/minとなっている(例えば(社)日本トンネル技術協会,1983,120p).

常識的なトンネル湧水量

 トンネル湧水量の推定方法については後述するが,単純に水理公式を当てはめると,とんでもない数値が出てくることがある.常識的なトンネル湧水をまず知っておく必要がある.

 トンネル湧水量はトンネル延長に比例する.
 全ての岩質について統計を取ると,一般のトンネルでは100 l/min/km程度,大湧水トンネルでは,4,000 l/min/kmとされている.一方,73%のトンネルが,比湧水量500 l/min/km である((社)日本トンネル技術協会,1983,121p).以上のようなことから判断すると,トンネル湧水量はほとんど1,000 l/min/km以下と考えてよい.

 簡便なトンネル湧水予測方法として次のようなものがある(関口の方法).

1)トンネルの集水面積を求める.
2)その地域の年降水量を集水面積に掛けて,トンネル集水域の年降水貯留量を出す.
3)年降水貯留量に0.3を掛ける.0.3の意味は,降水のうち蒸発散する量が1/3,河川などに流出する量が1/3,地下に浸透する量が1/3と考えることによる(半谷・小倉,1995,20p).
4)トンネルの湧水量が求まる.

 トンネルの集水面積については,水文地質構造を考慮して範囲を決めるのがよい.すなわち,遠方の水を引くと考えられる断層などがある場合は集水面積を広く設定するなどの工夫が必要である.


志賀三号トンネルの湧水範囲.jpg
図8.1.1 トンネル湧水量の推定の例(地理院地図「岩菅山《を使用)
 1)トンネルは片斜面の山腹を通過している.この図のように集水範囲を設定して面積を求めた.A=351,000m2
 2)付近の観測点の10年間の年降水量から平均年間降水量を求めた.R=1,700mm=1.7m
 3)年間集水量は,1.7m×351,000m2=597,000m3
 4)この3分の1がトンネル湧水量なので,年間199,000m3である.
 5)1分当たりの集水量(トンネル湧水量)は,199,000m3÷(365日×24時間×60分)=0.380m3=380 L/min となる.
 6)このトンネルの延長は,約1kmで,貫通時の湧水量は約1,500L/min,貫通後2年の湧水量は融雪時に約800L/min,通常時は約500L/minである.
 7)このトンネルは北側から掘削した.坑口から少し入ったところで左側(山側)のロックボルトから湧水があり,その後,突発湧水に見舞われた.粘土化帯がトンネルと緩く斜交していて遮水帯となっていた.この粘土化帯が広い範囲の地下水を集めている可能性がある.

推定湧水量の利用のされ方

 工事中の排水計画には推定湧水量が上可欠である.
 最も重要なのは施工中のトンネル排水の濁水処理プラントの規模を決定することである.逆勾配で施工する場合には排水ポンプが必要となり,その容量を決定するためにも湧水量の推定は重要である.

 距離の長いトンネルでは両坑口から掘削することになるが,大量湧水が予想される場合は順勾配区間をなるべく長くするのが工事の施工のしやすさ,安全性の上から得策である.
 この工区割りを決める根拠の一つに湧水量が効いてくる場合がある.
 トンネル排水の処理はセンタードレーンで行うが,その規模の決定にも推定湧水量が使われる.トンネル勾配にもよるが,一般にはφ300mmの管で500 l/min程度の排水処理は十分可能である.

 大量のトンネル湧水が予想される場合には周辺の渇水が発生する.渇水対策の事前検討のためにも推定湧水量が使われることがある.対策としては,代替え水源の確保,場合によっては遮水トンネルの検討が必要となる.
 トンネル排水を灌漑用水として利用したり,養魚,公園,工業用水などに利用している例がある.

工事中最も問題となるのは突発湧水である.一応の予測式はあるが突発湧水の発生位置,湧水量の推定は困難なことが多い.ただ,突発湧水はトンネル完成後には減少し恒常湧水量に近づくので,施工中の安全性に注意すればよいことが多い.
 トンネルでは300〜500kPa(≒3〜5kgf/cm2:水頭にして約30〜50m)の被圧水は珍しくない.しかし,湧水量そのものが多くなければ,被圧水自体は施工中に問題となることは少ない.ただし,トンネル周辺の帯水層が複数あることが珍しくないので,事前調査のボーリング掘進中の地下水位の変動を解析すること,必要な箇所でJFT(孔内湧水圧試験:孔内水位回復法による岩盤の透水試験JGS1321-2012)を実施することが必要である.

 施工中の切羽前方の湧水予測は難しいことが多い.簡便な方法としては切羽で岩盤温度を測定する方法がある.湧水が少なく乾いた切羽では湧水点が近づくと次第に岩盤温度が低下してくる.
 しかし,突発湧水が予想される場合には,水抜きを兼ねて切羽からの先進ボーリングを実施するのが安全である.この場合,ボーリングは,ロータリーパーカッションを用いて掘削し,内管を継ぎ足す時に湧水量,水質(水温,電気伝導度,pH,トンネル内の気温)を測定する.
 スライムと排水そのものを1mごとに貫入試料のビンに採取しておくと,切羽が進行した場合に地山との比較が出来るので基礎資料として役に立つ.特に,排水を採取しておくと,細粒分の判定ができること,色の変化により変質程度,変質の状態を判定できるので非常に有効である.


切羽崩壊時の水位変化.jpg
図8.2.2 切羽崩壊時の前方ボーリングの水位変化
 崩壊した切羽の前方約30m知見のボーリング孔の水位変化である.
 トンネル内からの水抜きボーリングで,孔内水位はゆっくりと低下していた.崩壊直前には切羽奥から太鼓を打つような音が聞こえてきた.突然切羽が崩壊して水と土砂が流れ出した.坑口で深さ50cmほどの水深であった.

 <参考文献> 


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