8.2 トンネル湧水量の推定方法

(2014年12月17日作成)

概要

 最近は,水収支シミュレーションによる方法での予測が行われている.ここでは,従来の方法について述べる.

 トンネル湧水・渇水調査は,1)トンネル湧水量と集水範囲の予測,2)トンネル掘削による周辺の利水への影響の予測に的を絞って実施されるものである((社)日本トンネル技術協会,1983,117p).
 トンネル湧水予測では,湧水位置,集中湧水・恒常湧水の量,湧水による切羽の自立性,水圧,水質などについて予測する必要がある.  周辺の利水への影響は,影響の出る範囲,利水の減少量,水質の変化,水温低下などについて予測する.
 最も問題となるトンネル湧水量についての予測方法としては,次のような方法がある.

統計的手法:出来る限り多くの類似トンネルの湧水量を整理,分析し当該トンネルの湧水量を統計的に予測する方法である.1km当たりの湧水量で表示すれば,調査しているトンネルの長さによって湧水量を予測できる.

水理公式による方法や高橋の方法と呼ばれる方法:水理公式による方法は,施工中の集中湧水量,竣工後の恒常湧水量を水理公式から求める方法である.
 高橋の方法は,水文学的・水理学的・地質学的方法によりトンネルの集水範囲を求め,河川の渇水比流量(地下水の量と考える)から恒常湧水量を予測する方法である.

水収支シミュレーションによる方法:トンネル周辺の水文地質をモデル化し,地下水の運動を工事計画にもとづきシミュレートするものである.シミュレーション結果の精度は,もとになっている水文学的,地質学的調査・計測の精度に依存していることを常に念頭に置く必要がある.


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統計的予測手法

 最もよく使われているのは,日本トンネル技術協会でまとめた報告書(文献参照)にもとづく予測である.この中では施工中のトンネル湧水量と竣工後のトンネル湧水量を分けて述べている.

施工中のトンネル湧水量:
 この予測のもととなっているのは,1982年に実施されたアンケート調査で,道路トンネル92本,鉄道トンネル58本の合計150本のトンネルのデータである.道路トンネルでは上下線に分かれているトンネルをそれぞれ1本と数えている.結果をまとめたのが表8.2である.この統計値には,土被りなどの地形的要素は考慮されていない.

表8.2.1 岩種別トンネル湧水量一覧
岩種坑口最大湧水量の平均
(m3/min)
坑口最大湧水量
(m3/min)
貫通時比湧水量
(m3/min/km)
貫通時比湧水量の平均
(m3/min/km)
火山岩
火山砕屑岩
9.06.41.70.58
深成岩4.1301.50.6
火山泥流
堆積物
3.06.01.30.7
中・古生層2.07.53.21.2
泥岩・砂岩1.16.01.00.3
砂礫0.61.4
変成岩0.10.01

竣工後のトンネル湧水量:

 竣工後のトンネルの湧水量については,273本の鉄道トンネルの湧水量を統計的に処理したものが参考となる.
 ただし,相関係数が低いので注意が必要である.

 恒常湧水量とトンネル延長の関係は次の式となる.
  Q=0.1×L2  (相関係数 0.53)
    Q:恒常湧水量(m3/min)
    L:トンネル延長(km)

 大湧水トンネルでは次の関係式が成り立つ.
    Q=4×L0.32 (相関係数 0.64)
    Q:恒常湧水量(m3/min)
    L:トンネル延長(km)

トンネル湧水量の割合:  全岩質を対象とした場合の湧水量の割合は次のようになっている.
 つまり,8割以上のトンネルが比湧水量1m3/min/km 以下である.

表8.2.2 トンネル比湧水量の割合
比湧水量
(m3/min/km)
割合(%)
0.2553
0.573
1.082
1.591
*すべての岩質が対象

表8.2.3 地質別のトンネル比湧水量
地質分類比湧水量の範囲
(m3/min/km)
平均比湧水量
(m3/min/km)
火山岩
火山砕屑岩
0.035〜0.9
(0.85〜10.0)
0.30
(3.71)
深成岩類
片麻岩を含む
0.018〜0.84
(0.17〜3.80)
0.20
(1.38)
古生層
中生層
0.0〜0.95
(0.10〜4.50)
0.17
(0.79)
第三紀

更新世
砂礫層0.02〜3.60.87
砂岩・頁岩
凝灰岩
0.014〜0.950.25
泥岩0.0〜0.260.07
*( )は破砕質の地山

土被り・水頭・透水係数を考慮した推定方法

 恒常湧水量とトンネル延長との相関だけでは,湧水量を決定する大きな要素である土被り,地形条件,トンネル通過地域の降水量などの気象条件が考慮されていない.土被り(水頭)と岩種ごとの透水係数を考慮した次の式が提案されている.

 

恒常湯水量の式.jpg

 ただし,
      q:恒常湧水量(m3/min)
      k:透水係数(m/min)
      a:水頭(m)
      d:トンネル直径(m)

 この式は,トンネル中心からaの高さに水平な等ポテンシャル線をおいた場合,この等ポテンシャル線を越えて貯留されていた地下水が一気にトンネルに流出するモデルに適用されるものである.初期流出量(切羽湧出量)算出の式である(“表8.2.4の1”の最下段を参照のこと).

この式による計算では,「池田の地山分類《に対応した透水係数を用いる.出発点が同じ統計資料なので,この方法よる湧水量は統計的方法による湧水量とほぼ一致する.
 例えば,分類1の岩質は,新第三紀以前の堆積岩類で「マッシブで硬い《もので,透水係数k1は,5×10−9m/sec(1×10−9〜1×10−8m/sec)で,水頭を100mとすると比湧水量は50L/min/km ある.
 破砕質の岩盤(分類4)の場合,透水係数k4は,1.0×10-7m/secで,水頭を100mとすると比湧水量は1.0m3/min/kmとなる.
 現在,「池田の地山分類《は使われていないので,詳細については省く.

水理公式によるトンネル湧水量推定

 施工中の集中湧水量の予測式は,初期流出量,切羽湧水量,集中湧水の減衰曲線の水理公式が提案されている.条件によりどの式を適用するか判断が必要で,統計的方法によるチェックを行い妥当な湧水量を推定する.

 初期流出量は,帯水層にトンネルを掘削した瞬間の湧水量で,時間の経過とともに減衰する.減衰曲線を表す式としては,ヤコブの式が比較的妥当であると言われている.
 しかし,トンネル掘削中の集中湧水は,その量もさることながら,どの位置で集中湧水に遭遇するかを可能な限り精度よく予測することの方が重要である.位置が予測できれば切羽が到達する前に先進ボーリングなどによりトンネル湧水量を把握し減少させることができる.

 恒常湧水量についても条件によりいくつかの水理公式がまとめられている.この水理公式では,地山の透水係数および初期水位が湧水量に大きく影響するので,これらを慎重に決定する必要がある.初期水位(トンネル掘削前の自然水位)は,弾性波探査があれば1.5km/sec以上の速度を示す層の上面を目安にしてボーリング孔内水位を参照しながら決定するのがよい.
 いずれにしても,孔内湧水圧試験により地層ごとの透水係数を求めておく必要がある.また,統計的方法で求めた湧水量と比較して妥当な値かどうかチェックする必要がある.

表8.2.4の1 集中湧水量の予測式(初期流出量)
算定式適用条件参考図備 考
Q=v×A
 Q:流出量(m3/sec)
 v:流速(=√(2gh):m/sec)
 h:水頭(m)
 A:開口部の断面積(m2)
水がまだ流動していない状態.または,まさに流動を始めようとする状態.
(流出量は水圧と開口断面積のみによって決まる.)
水槽モデル.jpg地盤のような多孔質媒体を通して行われる透水現象では実在しない状態である.
流線網の式.jpg
 Q:流出量(m3/sec)
 k:透水係数(m/sec)
 h:地下水面から掘削上面までの高さ(m)
 L:単位区間長(=2r0=トンネル直径(m)
 nf:流線によって着られる編み目数
 ne:等ポテンシャル線によって着られる編み目数
流線網の方法:鉛直界面(トンネル切羽)を通して均等質帯水層への開孔によって現れる初期流出量は,地下水面からトンネル天端までの深さ(h)によって標準的に求められる.
トンネル断面が4m×4m,h=100mの場合で約65m3/secである.
流線網.jpgこの算定式では,上浸透層の上面がトンネル下底と一致しているとしている.上浸透層がトンネル下底より深い位置にあると,下方からの流出が付加される.これは致命的ではないと考える.
等ポテンシャル湧水.jpg
 Q:流出量(m3/sec)
 k:透水係数(m/sec)
 a:水頭(m)
 d:トンネル直径(m)
トンルの中心からaの高さに水平な等ポテンシャル面を置き,それを越えて流入する流量の算定式.
地表面近くまで貯留されていた地下水が一気にトンネルに向けて流出するような初期の状態の湧水.
等ポテンシャル線.jpg

表8.2.4の2 集中湧水量の予測式(切羽湧水量)
算定式適用条件参考図備 考
チームの井戸公式.jpg
 Q:湧水量(m3/sec)
 k:透水係数(m/sec)
 H:水頭(m)
 h0:トンネル内の水位(m)
 R:影響範囲{(m)
 r:トンネル半径(m)
チームの井戸公式の応用:井戸孔口からの揚水をトンネル坑内を通過する地下水量に対応させ,影響範囲を井戸の半分として利用.チームの井戸公式の図.jpg自由地下水状態にある場合に適用.
Q=4kr0H0
 Q:湧水量(m3/sec)
 r0:トンネル半径(m)
 H0:トンネル中心からの最高静水位(m)
井戸公式の応用:切羽からの湧水量を井戸が平坦で,かつ井底だけから揚水するとした場合.
破砕帯の井戸公式.jpg
 Q:湧水量(m3/sec)
 k:透水係数(m/sec)
 H:水頭(m)
 h0:トンネル内の水位(m)
 R:影響範囲{(m)
 r:トンネル半径(m)
 D0:破砕帯の有効幅{m}
自由地下水面下における非帯水層(泥岩類)中にある破砕帯や割れ目などからの湧水量.
ヤコブの式.jpg
 Qt:時間tにおける切羽湧水量(m3/sec)
 k:透水係数(m/sec)
 b:透水層の厚さ(m)
 H:被圧水頭(m)
 t:時間(sec)
 r:トンネル半径(m)
 S:貯留係数
ヤコブの公式から:被圧水の場合,切羽の非定常湧水量の推定に適用可能である.時間を無限に近づけると平衡状態に近づく.

 「表8.2.4の2《に出てくる影響半径(R)は,最小動水勾配(I0),原地下水位(H),トンネル内の水位(h0)が分かると,次の式を用いて試算を繰り返して算出できる.
 一般に,Rはrの3,000〜5,000倊,または500〜1,000mと考える.

影響圏の式.jpg

 なお,最小動水勾配のおおよその値は下の表のようになっている.

土質荒砂中砂細砂極めて微細な砂
概略の最小動水勾配1/2601/2001/1701/100
 

表8.2.5 恒常湧水量の予測式
算定式適用条件参考図備 考
等ポテンシャル線.jpg
 Q:湧水量(m3/sec)
 α:π/2+H/R
 k:透水係数(m/sec)
 L:トンネルの長さ(m)
 H:水頭(m)
 R:影響圏(m)
 r:トンネル半径(m)
自由水面を持つ地下水条件の場合.自由水面トンネル.jpg
浅い暗きょ.jpg
 Q:恒常湧水量(m3/sec
 k:透水係数(m/sec)
 L:トンネル長(m)
 H:原地下水深(m)
 h0:トンネル内の水深(m)
 R:影響範囲(m)
 r:トンネル半径 (m)
自由地下水面下で,水平な上透水層上に集水暗きょがあり地下水は両側壁から流入するとした場合.浅い暗きょ.jpgトンネル内の水位(h0はHに比べて小さいので0としてよい.
深くない暗きょ.jpg
 Q:湧水量(m3/sec
 k:透水係数(m/sec)
 L:トンネル長(m)
 H:原地下水深(m)
 h:トンネル内の水深から上透水層までの深さ(m)
 l:トンネル内の水深(m)
 r0:トンネル半径(m)
自由地下水面下で上透水層まであまり深くないが,暗きょ底が上透水層に達していない場合.深くない暗きょ.jpg
深い暗きょ.jpg
 k:透水係数(m/sec)
 L:トンネル延長(m)
 H:水頭(m)
 h0:トンネル内の水深(m)
 R:影響範囲(m)
 r:トンネル半径(m)
自由地下水面を持つ地下水で上透水層が深く暗きょ底は上透水層に達していなくて,底からだけしか流入しない場合.深い暗きょ.jpg暗きょの長さが短い時は,暗きょ内の水深は水平と考えてよいが,長くなると背水の影響があるので,暗きょ長を適当に分割して計算した方がよい.
河床中の暗きょ.jpg
 Q:湧水量(m3/sec)
 k:透水係数(m/sec)
 L:トンネル長(m)
 H:水頭(m)
 h0:トンネル内の水深(m)
 R:影響範囲(m)
 r:トンネル半径 (m)
自由地下水面を持つ地下水で,上透水層が深く,側壁部と底部からの流入がある場合.
浅い暗きょ.jpg
 Q:湧水量(m3/sec
 k:透水係数(m/sec)
 H:透水層上の川の水深(m)
 a:河床からトンネル中心までの深さ(m)
 P0:トンネル内の水圧(kN/m2)
 w0:水の単位体積重量(kN/m3)
 d:トンネルの直径(m)
河床中の暗きょの場合.河床中の暗きょ.jpgマスカットの式:川幅が広く帯水層は十分深い場合に,河床より暗きょと対象の位置に注入する暗きょを仮想して導いたもの.

 <参考文献> 


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高橋の方法によるトンネル湧水量の推定

 鉄道技術総合研究所地質研究室の室長を務めた高橋彦治らが考案した方法である.
 この方法のポイントは,沢の渇水比流量が,ほぼ地下水の流出量に相当するので,トンネルの集水範囲を決定すれば,トンネル湧水量を推定できるという点である.

 渇水比流量は,渇水期に河川の流量測定を行うことにより比較的容易に求めることができる.一般には降水後1週間程度連続観測を行い,流量の減少傾向を見て基底流量を求めて渇水比流量とする.
 融雪水の影響を強く受ける地域では,4月から5月ころに年間の最大流量を記録し,以後,ある程度降雨に反応しながらも流量が長期的に減少するので,渇水流量を求めることが難しい場合がある.

<高橋の方法による湧水量算出式>

高橋の式.jpg

 ここで,

Q (l/min):恒常湯水量
q (l/min/km2):単位区間長のおける渇水比流量
l (km):単位区間長(地形・地資質構造から判断して,同一条件と考えられる区間を決定する.)
Rr (km):単位区間におけるトンネルの右側の集水範囲
Rl (km):単位区間におけるトンネルの左側の集水範囲
A (km2):トンネル湧水の流出範囲

<集水範囲を求める4つの方法>

 集水範囲を求める方法は,次の4つがある.

 (1)水文学的方法
 この方法は,トンネルが通過する付近の地山は,ほぼトンネル掘削時の水文的状況を反映していると考えて,集水範囲を決定する方法である.
 すなわち,トンネル通過付近の沢で,沢と稜線の比高がトンネルの平均土被りに一致しているような沢を数個選び,その沢の集水面積(A) と流路長(L)を求め,A/L=2R を求める.このRをトンネル片側での集水範囲とする.


集水範囲の求め方.jpg

図8.2.1 水文学的方法による集水範囲の求め方
 トンネル近くの沢は,トンネルと同じような水文的条件にあると考え,その沢の平均的な集水距離(R) を求める.この平均的集水距離をトンネルが地下水を集める範囲とする.

 (2)水理学的方法(1)

 水理学的方法(1)では,平均透水性(Kt)を求めることが重要となる.
 この方法では,次の式によって平均透水性を求める.

Kt式.jpg

 ただし, Kt :平均透水性(m)
      k :透水係数(m/sec)
      t :飽和流から平衡流までの時間(sec)
      λ:間隙率

 この Kt を用いて,それぞれの区間長ごとの集水範囲 R を決定する.

Kt式.jpg

 ただし,ここで用いる間隙率は土質力学で扱う間隙率とは異なり,岩盤割れ目係数から求まる値で,実用上この値を求めることは難しく,この方法で平均透水性を求めることは困難である.

 (3)水理学的方法(2)

 この方法は,集水範囲を求めるのに一般に用いられている方法である.
 地山の透水性によって地形が異なってくることを利用して,平均透水性(Kt:m)を求める.

 1)トンネル土被りとほぼ等しい比高(沢と稜線の比高)を持つ沢の流域図を描き,流域面積(A:km2)を求める.
 2)流域の出口と沢の源頭(尾根)との距離(=主流路の長さL:km)を求める.
 平均流路幅 2R=A / L(m)を求める.
 3)主流路を適当な長さ(一般には50〜100m)に分割し,それぞれの位置で左右の比高(H1〜Hn)を求め,流路全体の平均比高(Hm)を求める.

Hm式.jpg

 4)平均比高(Hm)とトンネル中心からの集水距離(R)を用いて,次の式でKtを求める.
 
Hm式.jpg

 5)それぞれの沢のH−R曲線を求める.トンネル横断図を描き,トンネル中心をこの曲線の原点に置けば,H−R曲線とトンネル横断図の地表が交わる点が求める集水範囲となる.
 Ktが小さいと言うことは,集水距離が短くなることである.
 下の式は,上の4)の式を変形しただけである.4)では,沢の地形(流路長と集水面積)という地形データを用いてKtを求めた.この値を使って,図上でトンネル中心からの集水距離を求めるのが,下の5)の式である.

Hr式.jpg


HR曲線.jpg
図8.2.2 H−R曲線の例
 平均透水性Kt(m)が小さいと集水範囲は狭くなる.原点にトンネルをおいて,トンネル横断図を重ね合わせるとH−R曲線と地形線との交点が集水距離となる.縦断方向に横断図を並べてH−R曲線から集水距離を求めて平面図に落とせば,トンネル全体の集水範囲を求めることができる.


HR横断図.jpg

図8.2.3 横断図から集水距離を求める
 この方法では,土被りなどの地形条件,地盤の透水性が考慮されていることになる.遮水性断層などがあれば,横断頭上で集水範囲を調整することができる.

(4)地質学的方法によるトンネル湧水量の推定

 「水文学的方法(2)《に次のような制約条件を加えて集水範囲を描く.

 1)著しい谷地形の存在するところでは稜線をもって集水範囲とする.
 2)大きい分水界は流出限界線と見なす.
 3)断層の存在が明らかな場合は断層を流出限界とと考える.ただし,破砕帯の卓越した透水性断層か粘土脈を挟む遮水性断層かの判断が必要である.
 4)断層が谷地形と一致するところでは断層によって流出範囲が定まるものとする.
 5)破砕帯(透水性断層)では地下水流動が行われやすいので,破砕帯方向での集水範囲は拡大すると考える.

 地質学的方法は,「水文学的方法(2)《に地質的判断を加えることで,より実際に近い集水範囲を求めようとするものである.特に,透水性断層や遮水性断層の判定,集水範囲推定のための地形的な判断が重要となる.

水収支シミュレーションによるトンネル湧水量の推定

 水収支シミュレーション手法とは,トンネル周辺の水文地質モデルを作成し,トンネル掘削による地下水の運動をシミュレートするものである.シミュレーションでは次の4段階に区分して考えることが出来る.

 1)トンネル掘削によるトンネル湧水とこれに伴うトンネルブロックの水頭低下.
 2)トンネル周辺ブロックの地下水頭低下.
 3)地下水頭低下に伴う地表水の地下浸透量の増加.
 4)地表流の減少

 以下それぞれの解析に必要なデータを列記する.トンネルによる渇水問題を扱うような広域地下水解析の場合は,水理地質構造を組み立てることが最重要課題である(以下,島内ほか,1994 による).

 (1)トンネル湧水と水頭の低下
 トンネルそのものに関して:トンネル径,延長,掘削開始日・終了日,掘削速度,施工基面高さ.
 トンネル地盤に関して:透水係数,有効間隙率,地下水頭.
 (2)トンネル周辺ブロックの水頭変化
 トンネルブロックへの地下水の移動が始まると周辺の地下水頭が減少し,逆にトンネルブロックの水頭は若干戻る.
 各ブロックの透水係数,有効間隙率,地下水頭が必要である.
 (3)地表水の浸透量増加
 地下水に対する地表水の補給は地盤の高さ,地面貯留高,地下水頭,地盤の透水係数,地盤の有効間隙率から推定できる.
 (4)地表流の減少
 この場合,降水量,蒸発散量,地盤標高,地面貯留高,限界貯留高が必要となる.降水量については降雨と積雪の区分,限界貯留高については水田灌漑などの季節的差異を考慮する必要がある.

 広域的な水収支シミュレーションの場合は,平面二次元解析を用いる.
 この場合,地質構造は三次元的に明らかにされていることが肝心である.これに対して,断面二次元解析は土木工学的な問題に直接からむ解析が多くなる.すなわち,堤体や矢板による浸潤線問題が主体である.

地下水情報化施工について

 SWING法(System on Water Information of Ground)と呼ばれるトンネルの地下水情報化施工がある.
 この方法は,水収支シミュレーションと異なり,水理公式を用いてトンネル区間ごとのトンネル湧水量と沢の流量・モニタリング孔の水位などを予測する方法である.この方法による地下水変動予測の報告書を初めて見たのは,大阪府の箕面トンネルの事例である.
 この方法の優れたところは,施工中に発生する湧水量をもとに単位区間(単位スライス)の透水係数や有効間隙率を求め,このデータを使って湧水量,地下水低下量,低下範囲,沢水などの地表水源少量を算出する.さらに,将来予測計算を行う.
 特に,施工中のトンネルでは,掘削実績にあわせて更新作業を行って精度を高めるが,更新作業時間は2〜3時間程度とされている.水収支シミュレーションでは,一晩中パソコンを動かしておかないと結果が収束しないことがあるのに比べると,実用性という点で非常に優れている.

 この方法を実際に現場で使用した経験はないので詳しいことは述べることはできないが,非常に優れた方法だと感じる.

 <スイング法関連の参考文献> 


*このほかにも,ウェブで検索すると多くの論文がヒットする.明石ほか(2009)の論文が分かりやすい.ウェブサイトから入手できる.

渇水範囲の予測

 トンネル掘削による渇水範囲は,「水理学的方法(2)《で求めたトンネル掘削による地下水の集水範囲が該当する.
 SWING法では,それぞれのスライスの地下水低下範囲( R(t) )を求めることができるので,渇水範囲を逐一求めることができる.

 鉄道トンネルの渇水実態から導き出された渇水範囲の一般的傾向は次のようになる(石井政次,1977).

(1)渇水範囲は一般に左右対称に現れるが,地下水流がある場合やトンネルが河谷の直下を横断する場合は,上流側に狭く下流側に広く現れる.下流側では地下水低下領域よりも地表流の減少域が広く現われる.
(2)一般的な地質,土被り条件の場合の渇水範囲は片側に200〜500mを考えればよい.ただし,断層破砕帯の発達が著しい場合や新期火山噴出物の地域では,渇水範囲が1,000〜2,000mに及ぶ例もある.
(3)鉄道トンネルでこれまで発生した渇水実績をもとに地質別の特徴を述べると次のようになる.
 1)中古生層では渇水範囲はほぼ1,000m以内,渇水が発生した地域の比高はほぼ 150mに収まっている.最も多い渇水範囲は500m以内である.
 2)深成岩類の渇水範囲はほぼ1,000m以内で,比高は200m以内である.
 3)変成岩類では渇水範囲は最大2,500mに及んでいるが,大部分は1,000m以内である.比高は50m以内がほとんどである.
 4)火山岩および火山砕屑岩では渇水範囲は3,000m付近までまんべんなく発生し,最大では5,000m弱となっている.比高は200m程度までがほとんどである.
 5)砂礫層は一部を除き渇水範囲は500m程度であり,比高は50m以下がほとんどである.
 6)火山泥流堆積物の渇水範囲は3,000m程度までであるが,比高は300m程度まで一般的である.
 7)岩盤では比高100m〜200mまでは比高が大きくなると渇水範囲も拡大するが,それ以上ではが減少する傾向にある.これに対して,火山泥流堆積物では比高の増大に伴い直線的に渇水範囲が拡大する.


渇水範囲図.jpg
図8.2.4  トンネルへの流出範囲の例
トンネル中央部では沢と尾根がトンネルに直交する方向に並んでいる.地質は,西側から御荷鉾緑色岩類と秩父帯の砂岩・粘板岩および白亜紀の砂質・泥質岩類である.


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