熱水変質と建設工事

1 熱水変質
2 熱水変質作用のもたらす困難性
3 熱水変質作用の様式
4 熱水変質帯の調査方法
5 変質岩区分の要点

 火山国日本は温泉や浅熱水性鉱床が数多く分布している.これらの周辺では変質作用が進行し,建設工事にとって困難な地山条件が形成されている.日本の応用地質学は,資源開発から始まったが,高度成長期頃から土木建設のための学問として発展し,現在は主要な問題が環境問題にシフトしつつある.このため,まともに変質を取り扱える地質技術者が激減している.
 以上のようなことから,ここでは変質作用の概要と変質帯調査の要点を述べる.

 なお,変質帯調査の参考書としては,「粘土鉱物と変質作用,吉村尚久編著,2001.地学団体研究会《が理論的なことから実践的なことまで詳細に述べていて非常に優れている.

参考文献

 吉村尚久編著,粘土鉱物と変質作用.地学団体研究会.(電話:03-3983-3378 ファックス:03-3983-7252)
 渡辺寧,2001,豊羽鉱床とプレートテクトニクス.地質ニュース,564号,6-15.
 白水晴雄,1994,温泉のはなし.技報道出版.


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1 熱水変質

 地下から上昇してくる熱水と周辺の岩盤が反応し,両者がその成分を変化させることを熱水変質と呼ぶ.
 広義の変質作用としては風化作用がある.この場合,岩盤と反応する溶液は主に天水(降水)であるので,ここでは含めない.特殊な風化作用としては,海底で海水と堆積物が反応して進行する海底風化作用がある.
 堆積物が固結する過程で受ける続成作用も変質作用の一種である.続成変質作用は温度150〜200℃までで進行する作用で,これ以上の温度になると低度変成作用(埋没変成作用)と呼ばれる.続成作用の特徴は,水╱岩石比が小さく,閉じた系に近いことである.

 変質作用により形成された粘土鉱物は,金属鉱床探査の指標として古くから利用されてきた.地熱開発でも温度の指標として用いられてきた.

 日本には熱水性金属鉱床が数多くあり,金,銀,銅,鉛,亜鉛などが古くから利用されてきた.この鉱床探査に伴って変質作用の解明も行われてきた.しかし,現在残っている国内の金属鉱山は,鹿児島県の菱刈鉱山(金)と北海道の豊羽鉱山(鉛,亜鉛,銀,インジウム:2006年3月31日閉山)の2つのみである.
 なお,2001年度に金属鉱床探査が行われた地域を表に示した.(正路徹也,2002,資源地質,52巻,1号,77-91).
 地熱開発は,九州,東北の脊梁山地,北海道の渡島半島,大雪・阿寒などで行われてきたが,ほとんどが調査を終了している.

2001年度の金属鉱床探査

地域吊調査内容 主な成果
北薩・串木野広域調査:地質調査;50km2
試錐;15孔 600m
有望地抽出,金鉱化作用が期待される.
北薩・青木 2精密調査:試錐;2孔 2,020m 四万十累層群と新第三紀火山岩類との境界部に大規模な熱水活動
東北中部:牡鹿半島から気仙沼にかけて広域調査:地質調査;60km2
地化学探査;1,532km
試錐;3孔 1,200m
小規模,低品位の金鉱床の兆候を捕捉した.
北海道南部:黒松内低地帯から札幌西縁山地までの地域 広域調査:地質調査;240km2
地化学探査;1,260km
精密調査:試錐;2孔 2,100m
赤井川村明治水銀鉱床,無意根山地区の鉱化ポテンシャル評価を行った.
豊羽鉱山の東〜南東に高品位銀・鉛・亜 鉛鉱脈が連続する.
北海道北部:オホーツク沿岸から大雪山の北東縁まで広域調査:地質調査;10km2
地化学探査;112km
試錐;3孔 2,000m
旭川の北の愛別,知床で調査を行った.
愛 別地区では金鉱化帯を捕捉した
国内調査総合 評価-青森県,秋田県のデータ整備.
黒鉱,鉱脈鉱床の時空分布解析.

2 熱水変質作用のもたらす困難性

 建設工事は次第に地質条件の悪い場所での施工を余儀なくされつつある.このような状況で,熱水変質作用を受けた地山がもたらす困難性は次のようなものがある.

(1) 古くから問題となっている粘土鉱物は,スメクタイトのような膨潤性粘土鉱物,蛇紋石のような滑動性の鉱物などである.これらは切土のり面やトンネル切羽の予期しない崩壊をもたらす.また,滑石のように水になじみにくい(疎水性)ため,少量の水で剥離してくる鉱物もある.
これらの問題となる粘土鉱物でなくても,土被りの大きいトンネルでは,変質粘土が産出する場合,地山強度が上足して塑性地圧が発生する.また,変質粘土は脈状あるいは層状に産出することが多く,偏圧発生の原因となる.

(2) 粘土鉱物に伴われて有害金属が産出する.トンネル掘削で問題となりやすい有害金属は,砒素が筆頭である.砒素の場合,明らかな変質作用が無くても有機質あるいは還元条件で堆積した粘土を主成分とする堆積岩中にも産する.

(3) 変質作用に伴って形成される黄鉄鉱などの硫化鉱物の分解により酸性水が発する.トンネル,橋梁基礎,擁壁などのコンクリート劣化の原因となる.
また,このような酸性水が河川などに流れ込むと河床が褐色となり,場合によっては生物に影響を与える.

(4) 地すべり,山体崩壊,土石流などの土砂災害に熱水変質で形成された粘土鉱物が大きな役割をすることがある.山体が上安定となる原因としてマグマからの熱水による変質が注目されている(例えば,磐梯山の1888年の噴火).

3 熱水変質作用の様式

 火山熱水系の熱水と周辺岩盤との反応を模式的に示したものは,ヘディンクイストの図が理解しやすい.


火山熱水系における流体および熱水の動き
(吉村,2001,p217.原典はHedenquist et al.,1996など)
 マグマの揮発成分を主成分として上昇してくる熱水は,高硫化系の酸性熱水である.この酸性熱水が周囲の地山と反応して組成を変化させながら上昇してくる.この熱水と降水に由来する地下水とが混合し中性あるいはアルカリ性の熱水変質作用が進行する.

 熱水変質作用により形成される粘土鉱物は,熱水溶液の性質により変化する.これらの鉱物組合せからその変質帯がどのような性質を持っており変質帯の中でどのような位置に形成されたものであるかを大まかに推定することが出来る.


温度と熱水溶液の相違による変質鉱物の生成環境
(吉村,2001,p213.原典はInoue,1995 など)
 この表の縦軸は,熱水の性質を示しており,上の方ほどマグマからの熱水に近い状態の熱水で下に行くほと地下水との混合が進んだ熱水である.
 横軸は粘土鉱物が形成される温度を示している.
 様々な条件が絡むため機械的には行かないが,大まかな目安を与えてくれる.例えば,酸性変質帯ではパイロフィライトやカオリナイトが形成されるが,ふっ石類は決して同時には形成されない.これらが近接して産する場合は,2回の異なった変質作用があったと考えざるを得ない.
熱水系と鉱床形成環境
(吉村,2001,p223.原典は Sillitoe,1995)
 酸性貫入岩(花崗岩質岩)の上部に高硫化系の鉱床が形成され,それから離れた位置には天水と混合した熱水による低硫化系の鉱床が形成される.
 日本での具体的な例としては,札幌市の西の無意根山周辺の鉱化帯がある(渡辺,2001).

4 熱水変質帯の調査方法

 建設工事を念頭に置いて,熱水変質帯を調査する流れは次のようになろう(吉村,2001参照).

既存資料の収集,整理地域全体の地質および地質構造の把握
変質帯の性格の把握(酸性帯か,中性帯か,アルカリ性帯か)
含まれる重金属の把握(砒素,水銀などの有害金属があるか)
酸性水発生の可能性
熱源となる火成岩は何か

空中写真判読:優勢な変質方向の把握

建設工事で予想される障害の抽出膨張性,強度上足,有害金属,酸性水,地すべりなど.

野外調査変質調査の基本である.母岩地質図の作成,変質岩の区分,変質図の作成,変質帯相互の関係把握,サンプリング.

室内分析X線回折,浸水崩壊度試験,粒度試験,CEC試験(塩基置換容量試験)など.

建設工事と変質帯の関係解明トンネル地山分類,切土勾配・のり面保護工決定,掘削土処理検討,排水処理方法の検討など.

<いくつかの留意点>

(1) 母岩地質図の作成:
 母岩の識別は変質の性格を知る上で重要である.例えば,母岩が砂岩であると長石などが溶脱されて空隙の多い変質岩が形成されることがある.それに対して,泥岩では溶脱は少ない.
 変質が強い場合,母岩の判定は非常に困難になる.例えば,流紋岩の変質したものと酸性凝灰岩の識別は難しい.母岩地質図作成のコツは,新鮮な部分から変質の強い部分へと追跡することである.
 一般に,変質は脈状に発達していることが多く,ある一定の方向に追跡できる場合がある.しかし,地質構造が走向・傾斜から推定できる堆積岩などと異なり,変質帯の調査では足で稼ぐことが必要である.

(2) 変質岩の区分:
 変質岩の区分は,大区分としては,珪化,粘土化,非変質となる.

 (2-1) 珪化
 珪化には溶脱型と付加型とがある.

珪化の型
珪化の型見かけの特徴生成過程生成環境・生成場
溶脱型珪化
(多孔質珪化岩,残留シリカの形成)
シリカ(主に石英)に富んだ空隙の多い岩石が形成される.
カオリン帯を伴うことが多い.
酸性流体により岩石中の長石や火山ガラスが溶脱され,最終的に初成石英が残留し,また,新たに石英が再結晶する.高硫化系熱水活動の初期段階で酸性流体により溶脱される.あるいは,低硫化系の地下浅部における蒸気加熱型変質帯(酸性変質帯の中心部)で形成される.
南薩型金鉱床(火山の底で硫酸酸性熱水の上昇により形成された金鉱床)の中心部に溶脱型のシリカ岩体が形成されている.
付加型珪化
(石英脈など)
シリカ(石英やクリストバライト)に富んだ緻密な岩石が形成される.
セリサイト帯や緑泥石帯を伴うことが多い.
中性熱水が岩石中に浸透し,シリカが沈殿(付加)する.
溶脱を受けた岩石にシリカが付加した場合,よりシリカに富んだ岩石となる.
低硫化系の熱水活動の中心部や熱水の通路付近で形成される.
黄鉄鉱の沈殿を伴うことが多く,鉛,亜鉛,金,銀,錫などの金属鉱物も沈殿する.

 (2-2)粘土化

 変質作用により形成される粘土は変質相によって組み合わせが異なってくる(温度と熱水溶液の相違による変質鉱物の生成環境 参照).踏査時に粘土鉱物を肉眼鑑定で決めるのはある程度の訓練が必要である.
 また,その場所がどんな変質相であるかを頭に置いて,粘土鉱物の識別を行うことも必要である.例えば,酸性変質帯では沸石はまず出てくることはない,などである.
 建設工事では,もっとも注意を要するのはスメクタイトである.また,滑石も疎水性,剥離性があり崩壊の原因となりやすい.これらの鉱物は,指で触った感じが独特で一度憶えればだいたい判別出来るようになる.

主な粘土鉱物の識別法
粘土鉱物 識別法
セリサイト指先でこねているとさらさらした感じになり,最終的には指先の表面に薄いてかてかした絹糸状光沢が残る.
スメクタイト2指に粘り着くような独特の感触があり一度覚えると忘れない.団子状になりやすいのも特徴である.しばらく置くと割れ目が出来るのも識別の目安となる.また,水に付けるとすぐ崩れるのもスメクタイトの特徴である.
カオリナイト指先でさらさらした感じがするが,セリサイトの様な光沢は出ない.
パイロフィライトやや飴色がかった白色で微細な石英粒を伴うことが多く爪で傷つくが部分的に硬い.指で触るとつるつるしているので比較的判別しやすい.
緑泥石一般にやや濃いめの緑色を帯びている.スメクタイトとは膨潤の仕方,粘りけなどで識別できる.

変質相と粘土鉱物と有害金属
変質相 特徴的変質鉱物 生成金属鉱物有害金属元素
酸性変質帯ダイアスポア
カオリナイト
ハロイサイト
石英
明ばん石
黄鉄鉱砒素,水銀,コバルト,マンガンが一部鉄を置換して含まれる.
硫砒銅鉱銅,砒素
ルソン銅鉱銅,砒素
閃亜鉛鉱亜鉛,鉄,銅,カドミウム,マンガン
黄銅鉱銅,鉄
方鉛鉱鉛,セレン(硫黄の一部を置換)
辰砂水銀
中性変質帯セイリサイト
スメクタイト
セリサイト−スメクタイト混合層鉱物
氷長石
黄鉄鉱砒素,鉄
硫砒鉄鉱砒素,鉄
閃亜鉛鉱(鉄にとむ)亜鉛,カドミウム,マンガン,銅,鉄
黄銅鉱,鉄
方鉛鉱鉛,セレン(硫黄の一部を置換)
辰砂水銀
アルカリ性変質帯沸石類
曹長石
黄鉄鉱鉄,(硫黄),(砒素

注1) クロムは火成岩の初成鉱物であるクロマイト,磁鉄鉱,単斜輝石に含まれる.また,変質鉱物であるスメクタイトや緑泥石にも含まれる.
注2) スメクタイト中のアルミニウムは二価の鉄,マンガン,三価のクロム,マンガン,ニッケルなどによって置換される.

 (2-3)非変質
  一般に緑泥石が主体で緑色,灰色を呈している場合は,弱変質あるいは非変質として扱う.

(3)変質帯相互の関係解明:
 同時に形成された変質帯の空間的分布を把握する.さらに,性質の異なる熱水が数回上昇している場合もあるので,変質帯の分布や脈の形成順序を詳細に観察する.

5 変質岩区分の要点

(1) フィールドネームでの区分をまず行う.

 最も簡単なのは,粘土化の程度により,強変質,中変質,弱変質として全域の変質岩区分を行う.この場合は,形態的なもので十分である.つまり,岩全体が粘土化している状態,粘土化が脈状にあり周辺は原岩組織の残る岩盤である状態,明らかに原岩組織が残り色もやや白色化(溶脱)している程度と言った区分となる.

(2) 粘土鉱物の識別を行う.

 ある程度形成されている粘土鉱物が識別できるのであれば,それぞれの鉱物吊を付けた変質岩区分を行う.カオリン帯,セリサイト帯,緑泥石帯といった具合である.

(3) 変質帯の境界を判定する.

 変質作用は水と岩との相互作用であるので,境界は漸移的である.踏査しながら境界を決め踏査の進行とともによりよいものに変更する.大切なことは,同じ基準で境界を引くことである.

(4) できれば再踏査を行う.

 粘土をサンプリングし一度X線回折を行ってから再度踏査を行うと野外で粘土鉱物の識別が容易になる.

(5) 薬品による粘土鉱物の同定

 パラフェニレンジアミンの水飽和溶液の呈色反応を利用して,スメクタイトの含有量を推定できる(鈴木,1986).変質安山岩で行った事例では,スメクタイトの含有量の多い順に,濃青色,青色,無色の呈色反応を示した.
 ただし,「パラフェニレンジアミン系染毛剤は自然の色調が出、また色の種類も多いことからよく使われているようです。(中略)かぶれの原因物質がこのパラフェニレンジアミンなのです。《(http://yama-yaku.or.jp/guest/soudan/078038.htm より)と言うことなので,取り扱いには多少注意が必要である.

(6) 粘土鉱物同定装置の利用

 「携帯型変質鉱物同定装置 (POSAM=Portable SpectroRadiometer for Mineral identification)《という機械がある(http://www.dec.co.jp/skill/1_geo12.html より).
 鉱物の特徴的な分光スペクトル特性を利用して粘土鉱物,炭酸塩鉱物,硫酸塩鉱物の同定を行う.対象鉱物は40種類で測定時間は,10秒以下である.大量の粘土の同定を行う場合にはこのような装置の利用が有効である.ただし,鉱床探査のように大量のサンプルを処理する場合でないと実用的ではない.

 変質帯調査のポイントは,野外で露頭を見て変質区分を行うことである.自分なりの基準を設けて区分して変質分布図を造ることが大切である.室内に戻ってX線をかけて決めればいいという態度で踏査すると絶対に失敗する.自信がなくても自分の目と感覚を信じて区分を行い分布図を造ることである.ルーペは必需品である.補助手段として,帯磁率計や薬品を用いて識別する.
 誰でもはじめは初心者である.自分の頭と身体を信じて作業を進めることが第一歩である.


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