建設工事に伴う地質調査では,まず地質図などの既存資料の収集を行い,それらの内容を編集して地域全体の地形・地質の概要が分かる図面をつくるのが効率的である.その際,地形図読図と空中写真判読は最初に行う作業の一つである.この二つは,地形判読の両輪である.
ここでは,地形判読の重要性を述べ,今年から始まる「応用地形判読士」資格制度の概要を述べる.
地形判読というのは,地形図読図と空中写真判読のことである.
地形図読図というのは,
「地形図に描かれている事柄の理解ばかりでなく、直接的には描かれていない事象を推論し、任意の土地の過去、現在、将来の状態を地形図から予察的に読み取る思考作業」(鈴木,1997,12p.)である.
そして、「読図は,(1)それ自体が土地条件の基本的調査手段であると同時に,(2)ほかの調査手段の成果を活用するのに不可欠な相補的技術なのである」(同上).
一方,空中写真判読は、60%ずつ重ねて撮影された空中写真を立体視することによって、建設工事などに必要な情報を引き出す作業である.
公共事業を中心とした建設工事では,地質調査は上流側,つまり事業の初期段階で取りかかる作業の一つである.その中でも地形判読は最も最初に取りかかる作業である.
地形が工学性を反映している理由はいくつかあるが,地形はある程度の時間をかけて形成されたものであるから,地山の工学性ー強度・透水性などーを正直に反映していると考えられる.
地形発達の時間スケールは,地質的時間尺度(109年)より短く,歴史時代(103年オーダー)よりは長く,だいたい106年オーダーである。現在,日本列島の陸上で見られる山地・低地・丘陵などのいわゆる中地形は,ほぼ更新世以降に形成されたものと考えて良い(例えば,貝塚,1998,24p.文献は文末にまとめて示す).
建設工事で遭遇する地質的・地形的障害はいろいろあるが,地すべりはその一つである.地すべりの怖いところは,規模によっては人間の造る構造物では対抗できないほどの力で活動することである.したがって,建設工事の初期段階で地すべりを見逃して工事を始めると,路線変更などの大幅な手戻りとなる場合がある.
一般に,必要抑止力が4,000 kN/m 以上となると対応が困難となり,道路であれば路線計画の変更を含めて検討する必要が出てくる(道路土工 切土工・斜面安定工指針(平成21年度版),374p.).
また,トンネル坑口付けの掘削で大きく地山が動き出し坑口位置を変更したり,追加の地すべり対策を実施したりした事例は,いくつか見聞きしている.
このような事例は,道路土工の延長として坑口付けの切土工までをある建設会社が担当し,トンネル掘削から別の建設会社が担当すると言った役割分担をしている場合に起きやすいようである.トンネル掘削になれた会社の技術者であれば,山を見て「おかしい」と感じるのでこのような手戻りは避けることがでいるように思う.
大規模な破砕帯に遭遇し異常出水,切羽崩壊を起こしたトンネルもいくつか経験している.
大規模な破砕帯の場合,地形判読を丁寧に行い,既存の地質資料を収集して検討すれば多くの場合その位置を推定できる.地形図読図,空中写真判読が有効な調査手段である.
このように,工事の進行に致命的な影響を与える地質事象は,地形判読によって建設計画の最初期に抽出しておくことが大事であり,地形判読に習熟することによって十分抽出可能である.地形判読が最も有効なのは,この初期段階での地形的・地質的問題点の把握である.
これに対して,地形から岩盤状況を推定するには地形判読について,かなりの習熟が必要である.
特に日本のように雨の多い地域では,多くの場合,岩盤は土砂に覆われ,しかも植生が繁茂しているので岩盤状況の判読が困難になる.ただし、大規模な破砕帯や砂岩・泥岩互層の分布地域では明瞭なフォト・リニアメントとしてその分布を識別できる場合がある.
また,斜面勾配の違いや水系模様の違いから岩種の判定や地山の透水性の違いを推定することも可能である.
一例を挙げれば,中央構造線は日本で第1級の構造線で,領家帯(内帯)と三波川帯(外帯)の境界となっている.
私が見たのは天竜川支流の小渋川の支流,青木川から地蔵峠を通り,やはり天竜川支流の遠山川の支流,上村川に抜ける地域である.構造線本体は上村川の東岸に見られるケルンコルを通っている.上村川の両岸には領家帯の片麻岩(ヘレフリンタ様岩石)が分布していて,東から流れ込む東西方向の沢を登っていくと幅100m以上の破砕帯を伴う中央構造線の本体を見ることができる(北緯35度27分15秒,東経138度00分付近:“ウォッちず”で地形を見て下さい).三波川帯は蛇紋岩を伴ってくるため地すべりの宝庫となっている.
注)現在は地理院地図で,新しい2.5万分の1地形図を見ることができる.
(2014年9月9日追記)
このような構造線は地形判読によって,かなりの長さにわたって容易に追跡できる.
余談であるが,上村川上流地区の気温は,コメを作るのにそれほど問題はない.しかし,この地域は,谷が深く日照時間が不足してコメが作れない場所である.
もう一つの例は,白糠丘陵の茶路川の支流ピラウンナイ川の中流付近(北緯43度07分30秒,東経143度48分50秒付近)である.
ここでは,尾根が南北に配列しているのが2万5千分の1地形図でも明瞭に分かる.しかも,南北に延びた尾根の両側の傾斜を見ると非対称となっている.地層はほぼ南北に配列していて,おおむね東に急角度で傾斜している.
このように,地質が地形に現れている地域では,地質と地形の関係を頭に入れて地形図や空中写真を丹念に読むと大まかな地質図をつくることも可能である.
地形図読図が基本的調査手段であると言うのは次のことを考えてみれば分かる.
道路やトンネル,ダムなどの建設工事の地質調査では,まず既存資料の収集を行い,それを地形図上で編集する.その場合,地形図を正確に読み取ることがどうしても必要である.地質図などは昭和20〜30年代に作成されたものもあり,現在発行されている地形図とは異なった地形図をもとに作成されている.これを正確に現在の地形図に記入するには地形図が読めなければならない.
さらに,空中写真判読の結果は,最終的には地形図に記入し土木地形地質図としてまとめることになる.この場合も,地形図を正確に読み取って空中写真判読結果を記入する必要がある.
幸い,地形図読図については,鈴木隆介(1997−2004)の「建設技術者のための地形図読図入門」(全4巻.古今書院)がある.まず,「第1巻 読図の基礎」を読んで基本的な知識を得て,その後,業務で遭遇した地形に関連する巻を読むのが良い.
この本の最も優れたところは,2万5千分の1地形図を数多く掲載して具体的に読図の方法を述べていることである.
空中写真判読からは,いろいろな情報が得られるが,その中から建設工事に必要で有効な情報を抽出し,目的に合った情報に読み替える作業が必要である(武田・今村,1976,33p).写真判読は,“photo interpretation”と呼ばれる.つまり,写真を「解釈」するのが空中写真判読である.
ちなみに,地形図読図は,“map reading”で,地図に表現されている情報を読み取ることである.
一般に空中写真判読は3段階に分けられる(図1.武田・今村,1976,p33−36による).
ステップ1:
水系や遷急線など誰にでも判読できる地形的特徴を見つけ出し地形図に記入する.崩壊地の分布図もこの段階で作成される.
ステップ2:
観察された地形をタイプごとに分類し図面を作成する.ここでは,一定の解釈が伴う.
ステップ3:
地形相互の関係を把握し,例えば崩壊や地すべりの危険度の評価を行うといった過程である.
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空中写真判読作業でも一般の地質調査同様,判読・現地踏査・再判読という作業が重要である.これを行うことによって,判読の精度が向上すると同時に,自分の技術力が向上する(図2).
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地形図読図と空中写真判読の違いを示した(図3).
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実際の作業では,空中写真を見ながら河川の流路や崖の位置といった詳細な地形情報を空中写真に記入しておき,適当な縮尺の地形図に転写することになる.
『ダイナミックな地球の活動によって出来上がった地形を地形図や空中写真などを用いて,大地の成り立ちを“読み解く”作業が「地形判読」です』(「応用地形判読士資格制度のご案内」より).
この資格制度の特徴は,誰でも受けることのできる一次試験(合格した場合,応用地形マスター)と高度な地形判読技術を有する二次試験合格者に与えられる応用地形判読士の2種類の資格があることである.ここでは応用地形判読士について述べる.
応用地形判読士という資格を設けた基本的考えは次のようなものである(「応用地形判読士資格制度のご案内」などより).
応用地形判読士に必要な能力は次のようなものである.
なお、応用地形判読士については「全地連 地質情報関連Web」
<http://www.zenchiren.or.jp/>の「資格関連」の記事を参照のこと。
ある範囲内に現在見られる地形が,どのような経過を経て今のような形で分布するようになったかを説明するのが地形発達史である.
地形発達史は,時系列的な地形の変化を明らかにするのであるから,地形の新旧を判定することがまず必要である.地形そのものから地形の新旧や年代を知る際の原則には,次のようなものがある(貝塚,1998,p44−48).
1 について言えば,例えば,豊平川扇状地という場合,東の平岸面から藻岩山などの西の山地までの間の扇状地をひとつづきの地形面(札幌面)と捉える.しかし,豊平川扇状地は1万年前頃に西の山地沿いに発達していたものが次第に東に遷移してきたことが分かっている(小疇ほか,2003,p254).
このように,ひとつづきの地形面を,どのように捉えるかで地形発達史の精度が異なってくる.
また,三角州が成長するときは,ほぼ同じレベルで前へと成長するので海側ほど新しい地形である.
2に関して分かりやすいのは,河成段丘の新旧である.二つの段丘が接している場合,高位の段丘は低位の段丘によって浸食されているので,河成段丘は高位のものが古いと判定できる.
ただし,この高位,低位というのは,基準となる地形面からの高さであって絶対的な高さ(標高)ではないことに注意が必要である
5に関して分かりやすいのは,支笏湖南岸に接するように並んでいる風不死岳(2.1万年前以前に活動)と樽前山(9千年前以降に活動)であろう.
この二つの山は,谷の密度,谷の深さに明瞭な違いが見られる.ただし,このような「痕跡」密度は新旧の目安にはなるが,これによって時代を決めることは難しい.
地形発達史を編む基礎となるのは地形学図(平面図)と地形断面図である.
地形学図というのは,ある一定地域の地形の全てを区分して,その地形の分布,水系や傾斜変換線などの形態的特徴,どのような作用によって形成されたか(地形営力),どのような地質で構成されているか(地形物質),形成年代と形成順序を地図に表現したものである.
地形の形成順序を分かりやすく表現できるのは地形断面図である.この地形断面図は,地形面の識別とその構成地質を明示することが重要で,基盤岩類を一括して表示することが多い以外,地質断面図とほとんど変わらない内容となる(貝塚,1998,p179 や 鈴木,1997,p153を参照).
読図に精通する第一歩として,鈴木隆介(1997)の「建設技術者のための地形図読図入門」の175ページから182ページまでを,実際に手作業をしながら読むことを薦める.ここでは,地形発達史の予察まで述べられている.そして,183ページに書かれている「C.読図の学習法」を頭に入れて実際の現場で修練するのが良い.
地形判読が,その後の調査・設計・施工そして維持管理にまで有効であることを認識し,地形判読の技を磨くことが効率的な調査に結びつく.
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地形判読に役立つ図書(順不同)