ここで述べる氷河期の堆積物は,日本ではほとんど見ることが出来ませんが,その性状,挙動が粘土鉱物の性質に支配されているという点で,大変興味深いものです.
氷河湖に堆積した縞粘土層(氷縞粘土(ひょうこうねんど)と海底に堆積した粘土が氷床の後退に伴う隆起により陸上に現れたクイッククレーがあります.特に,クイッククレーは自然含水比が高く,鋭敏比が75〜500という値を示し土質工学的に問題の多い土質です.
この二つの堆積物は,粘土鉱物粒子の性質を理解するのに役に立ちます.
なお,氷縞粘土については,湊正雄先生の本に写真とその産状が詳しく載っています(湊正雄,1954,後氷期の世界.築地書館).
項目 |
記事 |
形成機構 |
氷河前面の氷河湖で堆積したシルト以下の細粒分から成る堆積物. |
海成粘土との違い |
粘土は淡水のような真水に近い水の中では粒子の表面がマイナスに帯電し,その周囲の水はプラスに帯電するという電気二重層を形成している.このために,粘土粒子はお互いに反発しあって水の中では小さい粒子のままでなかなか沈着しない.氷縞粘土は湖にほぼ均等に堆積し非常に連続性がよい. 以上のようなことは,グリーンランドの氷河湖で形成されつつある底質の研究から導き出された. |
土相 |
シャープな面を持つシルトから始まり粘土で終わる厚さ2mm〜30mmの縞の積み重なりである.下位のシルトにはグレーディングが見られる. |
クイッククレーの特徴
項目 |
記事 |
形成機構 |
クイッククレーは氷床周辺の海底に堆積した粘土が,氷床の後退の伴う上昇運動により陸上に現れ,粘土粒子の間を充填していた塩類が溶脱されて粘土粒子の不安定な構造だけが残って形成されたものである. |
構造 |
クイッククレーの構造は,カードハウス構造をとる.海水中では粘土粒子の電気二重層が薄くなり粒子同素が接近しやすくなるが,粘土粒子の端面は部分的にプラスになっていることがあり,粘土粒子の面と端面が接した構造となる.このようにして形成された間隙中の水は,当初は海水であるために塩類が35g/l程度含まれているが,陸化により塩類が溶脱されカードハウス構造が残る.この場合,間隙中の水は淡水であるので粘土粒子は分散しやすくなっている. |
特徴 |
クイッククレーの特徴は,液性限界,塑性限界が小さく,自然含水比が液性限界を10%以上上回り,鋭敏比は75〜500という値を示す(一般の粘土は2から4の間). |
工学性 |
クイッククレーの有効内部摩擦角は,10°である. |
粘土鉱物は層構造をとり板状の粒子となっている.粒子の長辺は層構造の底面に相当するため,酸素が並んでいてマイナスに帯電している.そのために,水の中ではプラスに帯電している水分子の水素が引きつけられる.この帯電状態を電気二重層とよんでいる.
これに対して,粒子の端面ではアルミニウムや水酸基が現れていることが多く,その場合はプラスに帯電する.
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海水中では電気二重層が薄くなり,粘土鉱物粒子のマイナスに帯電している層面とプラスに帯電している端面がくっつきやすくなる.そのために,(a) で示すようなカードハウス構造をとりやすい.これがクイッククレーの構造である.海底で堆積したクイッククレーが氷河の後退による上昇運動により陸上に現れて,間隙水の塩分濃度が低下するにつれて層面周辺の電気二重層が厚くなり,端面との結合が壊れやすくなる.これが鋭敏比の高い粘土層が形成される理由である.
参考文献
技術手帳 実務に役立つ土質工学用語の解説,1978,土質工学会.
湊正雄,1970,氷河時代の世界.築地書館.
須藤俊男,1974,粘土鉱物学.岩波書店.
テルツァギ,ペック,1969,土質力学,基礎編,応用編.星埜ほか訳,丸善.