ゴッタルドベーストンネル

 (2016年6月10日作成)

概 要

 2016年6月1日,世界最長の鉄道トンネルであるゴッタルドベーストンネルが開通式を迎えた。
 トンネル建設は,2000年11月に南坑口のボディオ(Bodio)からTBMで本坑の掘削を開始した。2007年12月には北坑口のエルストフェルド(Erstfeld)からTBMが発進した。それに先だって,1996年4月にはトンネル中央付近のセドルン(Sedrun)で800mの立坑の掘削を開始している。この立坑は南のゴッタルド山塊(Gotthard-Massiv)と北のアアル山塊(Aar-massiv)に挟まれたタヴェッチ(Tavetsch)中間山塊の中に掘削された。

 トンネルの延長が57.1kmで,鉄道トンネルとしては青函トンネルの53.9km,英仏海峡トンネルの50.5km,韓国のユルヒョントンネルの50.3kmを上回る長さである。
 トンネル最高点の標高は550mで,最大土かぶりは約2,500mである。

 このトンネルの完成によって,スイスのチューリッヒとイタリア北部のミラノを結ぶ線路の延長は30km短くなり,トンネルの勾配が小さく直線的であることから最高時速は旅客列車で250km,貨物列車で150kmを出すことができるようになる。

 ヨーロッパでもっとも人口の多い地帯は,「ブルー・バナナ」と呼ばれている。イタリアのジェノバ・ミラノ,スイスのベルン,ドイツのミュンヘン・フランクフルト,ルクセンブルグ,ベルギーのブリュッセル,オランダのアムステルダム,イギリスのロンドン・マンチェスターを含む地帯で,バナナのような形をしている。「青」は伝統的にヨーロッパを示す色とされていて,現在,EUの旗の色となっている。
 すでに使われている英仏海峡トンネルとアルプスを貫くゴッタルドベーストンネルによりヨーロッパの人と物の流れが活発になる。


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図1 ブルーバナナ
 (ウィキペディア,2015年8月19日 (水) 19:31 に加筆)
 中央ヨーロッパの人口密集地帯をブルーバナナと呼んでいる。ローマ帝国時代から重要な地域であったと考えられる。

ゴッタルドベーストンネルの地質概要

 ゴッタルドベーストンネルは,現在のゴッタルドトンネルの東15kmほどを通る。ゆるい逆S字カーブをしている。この線形はヤードの配置が大きく影響している。つまり,北側のカーブは,ヴォルダーライン川(ライン川源流の渓谷)の上流に設けたセドルン立坑に規制されている。南側のカーブは,ティツィーノ川の谷に設けられたファイド作業ヤードのために設けられている。

 日本のトンネルでは,湧水に悩まされることが多い。このトンネルでは,多少の湧水はあったようであるが,工事に大きく影響するような湧水はなかったようである。地質構造がトンネルに直交に近いので,透水性の破砕帯に当たると大量の水を引く可能性はあった。
 南のピオラ帯では,TBM調査坑で圧力9MPaの湧水が3時間で1.4立方メートル噴出したという。地質はドロマイトである。本坑の掘削では,ドロマイトと硬石膏が出現し湧水はほとんどなくTBMは問題なく通過したという。

 土かぶり1,000m以上の区間が約30kmである。


トンネル付近の地質図
図2 ゴッタルドベーストンネル付近の地質図
(Geological Map of Switzerland, Download, 1:500 000に加筆)
 トンネル線形は地質構造とほぼ直交している。ピンク系は花崗岩類や片麻岩で,タヴェッチ中間山塊とピオラ帯に堆積岩類が分布している。
 四角で囲ったのは坑口と中間地点の作業ヤードである。


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図3 ゴッタルドベーストンネルの縦断図(武内,2003に加筆)
 花崗岩類と片麻岩類が主体で,その間にタヴェッチ帯,ウルセレン−ガーベラ帯,ピオラ帯などの堆積岩類が挟在している。
 黒矢印は,トンネル掘削方向である。
 縦断図上の地名は,次の表記が一般的なようである。
 Arstfeld⇒Erstfeld,Sedrum⇒Sedrun,Badio⇒Bodio

路線選定

 トンネル路線選定の基本要件は次のように考えられている(佐藤ほか,2010)。

  1. 不良地質を避ける
     図2を見て分かるように路線は地質分布にほぼ直交している。タヴェッチ中間山塊やピオラ帯で断層に遭遇するのは避けられないが,できるだけ短い距離ですむように路線を選定している。
    それでも,大きく二つの地質的困難に遭遇した。
    (1)ボディオ工区からTBMが発進した直後に約500mにわたって水平に近い断層がトンネルレベルに現れ,天端崩落などで掘進速度が3m/日に低下した。 (2)ファイド斜坑底に多目的駅を予定していたが,断層と押出し性地山に遭遇し駅の位置を600m南へ移設した。
  2. 土かぶりをできるだけ小さくする
     最大土かぶりはトンネル中央付近で2,470m,土かぶり1,000mを越える区間が全体の53%を占めている。
  3. 貯水池直下の通過を避ける
     タヴェッチ中間山地を東北東に流れるヴォーダーライン川に南から合流する支流には大きな貯水池がある。これを避けて路線は選定されている。
  4. 中間立坑・斜坑のヤードが確保できる地点に路線を接近させる
     セドルン立坑とファイド斜坑に接近させるために二つのカーブが設けられた。セドルン立坑は当初1本であったが,3段階拡坑による機械掘削で第2立坑を掘削している。セドルン立坑底にも多目的駅が建設された。

トンネルの構造など

 ゴッタルドベーストンネルの長さは57.1kmであるが,東線と西線の2本の本トンネル(東トンネル:57.1km,西トンネル57.0km 総延長114.1km),2つのトントンネルを結ぶ連絡坑や多目的駅周辺の交差トンネル,中間の斜坑や立坑などを含めると152kmのトンネルが掘削された。

 平面線形は最小曲線半径5,000m,縦断線形の最急勾配は8‰である。
 トンネルは径8.8m〜9.6mの円形(掘削断面積60〜70m2)であるが押出し性地山区間では径13.1m(掘削断面積135m2)となっている。東線と西線の中心の離れは標準部では40mで,断層帯では70mまで離している。二つのトンネルは312.5mごとに設けられた178本の連絡坑でつながれている。

 セドルンではヴォーダーライン川の谷から900mの横坑を掘り,掘削径8.6〜9.0mの第1立坑を発破掘削している。この立坑に設けられたエレベーターは2階建て,定員60名である。人が乗っているときの速度は12m/secであるので1分少しで坑底に着くと言う。

 掘削方式は,TBMによる掘削がトンネル延長の75%を占める。セドルン工区や多目的駅ではNATM工法を用いているようである。


トンネル標準断面
図4 トンネル標準断面 (武内,2003)
 東線と西線の2本のトンネルが独立している。トンネルを2本掘るかどうかは,かなり議論になったようである。連絡坑の扉は,子どもでも開けることができるが,列車の風圧には十分耐えられる構造となっているという。青函トンネルのように,すれ違いによる風圧の問題は生じない。

図5 新幹線断面.jpg
図5 青函トンネルの断面模式図
 トンネル内空断面はゴッタルドベーストンネルよりやや広い10mである。地質の悪さや湧水の多さなど条件が異なるので一概には言えないが,かなり窮屈な断面である。

トンネル支保構造
図5 支保構造 (武内,2003)
 トンネル排水は一次支保とアーチシェルの間に設置した不透水層で排水管に導いている。路盤は最小厚さ30cmの鉄筋コンクリートを構造体としている。

参考とした図書など

 Geomechanics and Tunnelling 誌(Wiley)が,2016年4月号(Vol.9 Issue2)で
ゴッタルドベーストンネルの特集を組んでいる。


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