博多陥没事故と都市NATM

 (2016年11月22日作成)

概 要

 

 2016年11月8日(火)午前5時15分に,JR博多駅前の「はかた駅前通り《が陥没した.陥没孔は,長さ約30m,幅約27m,深さ約15mであった.福岡市営地下鉄・七隈線トンネル工事によるものであった.
 作業中のトンネル内で天端崩落の前兆があり施工者(大成建設JV)が迅速な対応をとったため,地表を通行中の人たちやトンネル内で作業中の人たちに犠牲者は出なかった.このことは特筆されて良いと思う.
 陥没孔は,泥と固化剤を混ぜた「流動化処理土」によって埋め戻され,11月15日には地表の復旧は終了し,道路は交通解放された.

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地下鉄工事の概要と陥没時の状況

 この地下鉄工事は,JR博多駅の西にある天神南駅から中間駅をへて博多駅(仮称)までの約1.4kmの工事である.大部分はシールド工法で掘削される計画で,博多駅付近の約196mだけをNATM工法で掘削していた.JR博多シティ地下街近傍はアンダーピニング工法となっている.
 駅ホームを設ける部分はNATM工法で計画されている.駅ホームに向かって少しずつ断面を大きくするために,柔軟に断面の変更ができるNATM工法が採用された.

 工事は,先行して幅約9m,高さ約4.5mのトンネルを掘り,これを拡幅して幅約16m,高さ約12mの大断面トンネルとするもので,シールド機の回転のために部分的な拡幅を行っていたNATM工法区間の西の端で起こった.

 博多駅周辺の基盤岩は古第三紀の福岡層群・野間層(砂岩・礫岩・シルト岩)および同・早良層群・浦谷層(砂岩・礫岩)である.報道で基盤岩とされているのは,この野間層であろう.ただし,陥没現場付近の地質は,風化頁岩とされている.
 JR博多駅の西の西鉄大牟田線付近には,北西−南東方向に警固断層が,天神付近には那の津断層が,JR博多駅の東から北にかけて石堂−海の中道断層がある.
 基盤岩の上には厚さ10m以上の更新統および完新統が分布している.これらの地層は主に砂層からなっている.
 地下水位は,深さ2〜3m付近にあるようで,トンネルは地下水面以下である.


図1 福岡地下鉄陥没概略図.jpg
図1  福岡地下鉄陥没概略図
 幅9mの先行トンネルを掘削し,これを拡幅する作業を行っているときに天端が崩落した.補助工法としては,長尺フォアパイリング工法を施工していたが,先受け鋼管が岩盤から突き出るのを懸念して鋼管の長さを短くし,サイドパイルを施工したという.
 また,トンネル天端の高さを当初設計より1m下げた.つまり,トンネルは,より扁平となった.(図は,日経コンストラクションウェブ版をもとに作成)

 

都市部山岳工法トンネル(都市NATM)

 桜井・足立の「都市トンネルにおけるNATM《が刊行されたのが1988年である.
 現在,日本の山岳トンネルの標準工法となっている「NATM《は,1962年にザルツブルグで開かれた第13回国際岩盤力学会議で命吊されたという.
 日本でのNATMは,1976年の上越新幹線・中山トンネルでの試験施工が最初である.このトンネルでは,膨張性地山に対処するために吹付けコンクリート,全面接着式ロックボルト,可縮支保工の組み合わせで施工して好結果を得た.
 その後,道路トンネル,水路トンネルなどにも適用されるようになり,適用地山も膨張性地山から中硬岩まで拡がっていった.
 都市NATMに一つの画期をつくったのは,「成田新幹線《(1986年計画断念)の成田空港トンネルとされている.ここでは,土かぶりが小さく崩壊性の帯水砂層(成田砂層)に,掘削断面136m2の大断面トンネルをサイロット式NATMで構築した.


図2 成田空港トンネル断面.jpg
図2  成田空港トンネル(NATM)の断面図
 上図の左側が完成断面で,右側がサイロットによる施工順序である.
(1)サイロットを上半先行で掘削し,本坑の上半をリングカット(核残し)で掘削し,支保を行ってから核を掘削する.
(2)大背(下半中央部)とインバートを掘削する.
(3)ここまで施工した段階で,サイロットの支保・吹付けコンクリートを撤去し,インバートを完成させる.
(4)内巻コンクリートを打設して完成となる.
 このトンネルの地質は成田層群の砂とシルトの互層で地表には1〜5mの厚さでロームが堆積している.地下水位は,トンネル天端付近にある.最大土かぶりは10mほどである.
(白木・阿曽,1980,100p)

 現在の山岳トンネル標準示方書には「第8編 都市部山岳工法」が設けられている.
 土砂地山に施工されるトンネルについて,粘性土と砂質土に分けた地山分類がある(鉄道総研,2002あるいは土木学会,2016,2016年制定 トンネル標準示方書[山岳工法]・同解説).
 粘性土については,塑性変形や沈下の発生を考慮して地山強度比(Cf)と浸水崩壊度を分類指標として地山分類に取り入れている.
 砂質土については,地山の流動化を考慮して相対密度(Dr)と75μm未満の細粒分含有率(Fc)を取り入れている(例えば,木谷・太田,1999).

 その分類を表1および表2に示した.


表1 都市部山岳工法トンネル地山分類(粘性土)
地山等級地山の状態分類指標
地山強度比(Cf浸水崩壊度
IN切羽がほぼ安定した状態と見なされる地山Cf≧2.0-
ILC切羽が上安定で,わずかな変化によって鏡面の押出しが生ずる可能性がある状態の地山1.5≦Cf<2.0-
0.5≦Cf<1.5A〜C
特LC切羽の自立性が著しく低い状態にあり,掘削に支障する渋滞那状態変化が予測される状態の地山D
Cf<0.5-
注1)IN:一般地山,ILCおよび特LC:粘性土地山
注2)2×10-6m(0.002mm)以下の粒子の含有率(ρ2)>30%,液性限界(WL)>100%の場合は1ランク下げる.
注3)Cfc╱γH σc:地山の一軸圧縮強度(kN/m2) γ:地山の単位体積重量(kN/m3) 
 H:土被り(m)
注4)浸水崩壊度
 A:ほとんど変化が見られないもの
 B:小岩片として分離するが,粒子として分散しないもの
 C:稜角部が崩壊するもの
 D:原形をとどめないもの

表2 都市部山岳工法トンネル地山分類(砂質土)
地山等級地山の状態分類指標
相対密度
Dr(%)
細粒分含有率
Fc(%)
IN切羽がほぼ安定した状態と見なされる地山Dr≧80Fc≧10
ILS切羽が上安定で,わずかな変化によって流出する可能性のある地山Fc<10
特LS切羽の自立性が著しく低い状態にあり,掘削に支障する重大な状態変化が予測される状態の地山Dr<80-
注1)IN:一般地山,ILSおよび特LS:砂質土地山
注2 )細粒分含有率(F %):土に含まれる75μm未満の粒子の比率
注3)この分類は,掘削時の切羽前方圧力水頭が切羽中心より+10m未満であることを適用条件とする.+10m以上の水頭がある場合は,水位低下工法を検討する.

 福岡市地下鉄工事では,地表の陥没孔は復旧され交通は確保されたが,トンネル崩壊の原因究明とトンネル工事を再開するための準備がある.これからの工事は,駅のプラットホームを設けるための大断面区間がある.
 二度と事故を起こさないで無事工事が完了するまで,これまで以上の注意が必要になる.地形・地質的な条件や周辺環境を考えると,非常難しいのだと思うが,上の「表2の注3)《にあるように,砂質土トンネルでは地下水がもっとも大きな障害となる.地下水位を少しでも下げて工事を進めることができたらと思う.

参考にした図書など

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