地すべり調査では,対策工の規模を,より経済的で長期的に信頼性のあるものとするために,地すべりの規模(範囲とすべり面深度),背後への拡大の有無を正確に判断することが重要である.
一般的には下の図に示すような流れで地すべりの規模,特にすべり面深度を決定する.対策が急がれる場合には動態観測を行わずに,すべり面深度を決定する必要がある.また,明らかに地すべり地形を呈しているが,動態観測で変動が観測されない場合もある.このような場合は,踏査とコア観察から総合的に判断してすべり面を決定することになる.つまり,踏査により地すべりの頭部と末端,側部を決定し,この結果とボーリングコア観察とからすべり面深度を決定する.
(1) コア観察によるすべり面の決定は経験によるところが多く専門家に頼らざるを得ない.すべり面と考えられる前後のコア状況,すべり面性状の判定に経験が必要である.
(2) 動態観測では,明確にすべり面の位置が分かるデータが得られない場合がある.変動が明瞭に観測されるとは限らない.特に,災害対応などで観測期間が短い場合は変動が観測されないことが多い.
(3) 具体的には,風化岩中や岩盤中では破砕帯との区別が難しい.また,すべり面が直線的であるとは限らないので,粘土脈などの傾斜のみでは判定できない.
地すべり地のボーリングコアで,すべり面判定のために着目されている地質条件には次のものがある.
(1) 軟弱粘土層
(2) 崩積土下面
(3) 風化岩あるいは新鮮岩盤の上面
(4) 風化岩,新鮮岩盤あるいは異種岩盤の境界面が流れ盤
(5) 岩盤中に軟弱な挟み層あるいは破砕部
これらのすべり面としての要素を選び,点数化しすべり面判定を行う方法がある.例えば,次のような要素が考えられる.
これら各要素の重み付けをすることも考えられるが,単純にそれぞれ1点ずつで5点満点で確実にすべり面という用い方でよいであろう.
(1)粘土脈はすべり面の可能性がある第一候補である.ただし,粘土脈自体は変位を伴わない変質作用でも形成されるし,断層運動でも形成される.
(2)含水比の高い粘土脈の存在はすべり面としてはかなり可能性が高い.この場合,指で触って粘り着くような独特の感触を示すものは膨潤性粘土のスメクタイトである可能性が高い.一般に,スメクタイトはアルカリ性の環境で形成されるので,地すべり粘土はスメクタイトであることが多い.
(3)鏡肌や擦痕は断層などの構造運動によって形成されることがあるので,注意が必要である.しかし,高含水の軟質な粘土に伴って鏡肌や擦痕が認められる場合はすべり面である可能性が高い.
(4)地すべり運動により周辺の岩盤が円磨されてすべり面に円礫が形成されることがある.このような場合,すべり面と判定してまず間違いない.
ボーリングコア観察からすべり面を特定するには,次の点に着目する必要がある.
(1) 地すべりブロックのどの位置でのボーリングであるかを念頭に置いてコア観察を行う.多くの場合,頭部付近では原岩構造が残っていることが多いが,末端付近では礫状になることが多い.
(2) 主すべり面の上下では上部の方が破砕程度は著しいが,下部にも破砕が及んでいることがある.
すべり面として共通している性質は,含水の高い粘土層の存在である.含水の高い粘土層は断層破砕帯との区別にも有効である.
(3) 岩構造が残っている風化岩地すべりや岩盤地すべりでは,ボアホールカメラによる亀裂解析ですべり面を判定することが可能な場合がある(例えば,山崎ほか,2001). 原岩構造がある場合には初成的な構造(堆積面や火山岩の流理,片岩の片理など)の傾斜を丹念に記載する.
孔番 | 深度 | 粘土脈あり | 鏡肌あり | 擦痕あり | 円磨礫あり | 評点 | |
様々な地すべりのすべり面を統計的に検討して,すべり面深度を推定する方法も試みられている.
例えば,新潟県の地すべりについて検討した結果では,次のような関係式が導かれている(丸山ほか,1994).
d=0.105+0.084*L
ここで,d:地すべりブロック中間部すべり面深度(m)
L:地すべりブロック長さ(m) (28〜240m)
これに基盤岩までの深さを考慮して次の式が求められている.
d=-3.351+0.046*L+0.558*R
ここで, R:基盤岩深度(m)
基盤岩深度:7.7〜25.0m 地すべりブロックの長さ:28〜240m
この検討では,すべり面の存在する箇所の地質条件は次のようであった.
(1) 礫混じり粘性土の下面
(2) 強風化岩と弱風化岩との境界
(3) 強風化岩及び弱風化岩と基盤岩との境界
(4) 風化岩中に挟まれた軟弱粘土が存在する位置
測定項目 | 測定方法 | 結果 |
含水比 | 熱赤外線映像装置による表面温度測定 | 高含水部は表面低温部として捉えられた. |
---|---|---|
色彩色差計による色の測定 | すべり面付近で彩度が極大値を示した. | |
土質試験 | 特に高い値を示した. | |
鉱物の粘土化程度,試料の風化程度 | 強熱減量試験 | 極大値を示す箇所の一部は推定すべり面に一致する. |
粘土の種類 | 色彩 | 鉱物組成 | 石英の結晶度 | |
地すべり粘土 | 流入粘土に近い. | スメクタイト,混合層粘土,イライト/スメクタイト混合層 | 結晶度指数1前後 | |
風化粘土 | 流入粘土と熱水変質粘土の中間 | 流入粘土とほぼ同じ. | ハロイサイト,スメクタイト,イライト/スメクタイト,緑泥石 | 結晶度指数1前後 |
明度が大きく彩度小さい. | 断層粘土と流入粘土の中間. | スメクタイト,イライト/スメクタイトが主体. | 結晶度指数1より大きいものが多い. | |
断層粘土 | 明度,彩度とも小さい. | FeO>Fe2O3が多い. | スメクタイト,混合層鉱物,イライト/スメクタイト,イライト/セリサイト | 結晶度指数1以下のものが多く,0.5のものもある. |
流入粘土 | 明度,彩度とも大きい. | Fe2O3>FeOが多い. | ハロイサイト,スメクタイト,混合層鉱物,イライトスメクタイト,スメクタイト/緑泥 石,イライト/セリサイト | 結晶度指数1前後 |
結論としては,熱水変質粘土,断層粘土,流入粘土が識別できる可能性がある.
(1) 地すべり地の不動岩盤の地質構造が明らかに出来る場合には,すべり面を境に地質構造が不連続になっていることを手掛かりにすべり面を明らかに出来る.さらに地質構造のみでなく,海成粘土からなる小規模な地すべりでは,岩のpHや硫酸イオン濃度の深さ方向での変化を指標にしてすべり面を推定できる(例えば,吉松,1993).
(2) すべり面位置の判定で現在行われている思考過程に準拠して,ファジー推論法をすべり面判定に適用する試みが行われている(Yoshimatu et al.,1995).すべり面の推定のための要素は次の表のとおりである.
この推定方法では,粘土層の存在とその性質,地質構造の食い違い,すべり面の三次元的形態の各要素について評点を付けて判定している.このすべり面推定要素とその評点を見ると何に注目してすべり面を判定したらよいかが分かる.
メンバーシップ関数の属性 | 評点 | |
粘土層の存在と 粘土層の性質 | 1) 軟弱高含水粘土層の存在,鏡肌と条線 | 1.00 |
---|---|---|
2) 10cmを越える厚さの軟質含水粘土層,より深部のコアが比較的新鮮でその境界が比較的明瞭 | 0.75 | |
3) 軟質な乱れた含水粘土層とその粘土層の下部のコアとの境界 がそれほど明瞭でない | 0.50 | |
4) よく固結した低含水の粘土層 | 0.25 | |
5) 粘土層が存在しない | 0.00 | |
岩相の違いと 層状岩の特徴 | 1) 岩相と堆積構造にかなりの違いが当該箇所に認められ,境界に粘土層がある. | 1.00 |
2) 岩相と堆積構造の違いが当該箇所に認められ,その境界に割れ目が認められる.走向・傾斜にも違いが観察される. | 0.75 | |
3) 岩相と堆積構造にわずかな違いが認められ,その境界に割れ目と粘土がわずかに観察される. | 0.50 | |
4) 当該箇所に岩相と堆積構造の違いがほとんど認められない. | 0.25 | |
5) 当該箇所に岩相と堆積構造の違いが認められない. | 0.00 | |
当該箇所の深度 | 1) 7.0≦W/D<9.0 | 1.00 |
2) 5.0≦W/D<7.0または9.0≦W/D<12.0 | 0.75 | |
3) 3.0≦W/D<5.0または12.0≦W/D<14.0 | 0.50 | |
4) 1.0≦W/D<3.0または14.0≦W/D<16.0 | 0.25 | |
5) 1.0>W/D または 16.0≦W/D | 0.00 |
すべり面は,土砂や岩塊の移動に伴って発生したせん断面である.このことから,せん断破壊の様式を念頭に置いてコアを観察すると,より確実な判定が出来る.
地すべりを断層運動としてみると,運動形態は正断層であり,地表付近では高角で地下では低角になることからリストリックタイプとなる.いわゆる断層頭部の残丘は,リストリックファンに相当する.原理的には地すべりブロックの中間部付近には,デュープレックス構造が形成されてもよい.地すべり末端は圧縮ゾーンになり衝上断層的な変形をする.
断層のタイプなどについては,構造地質学(垣見ほか,1994)を参照のこと.
古くは,大和川が奈良盆地から大阪平野に流れ出る生駒山地南斜面に分布する亀の瀬地すべりのものがある.ここでは,調査立坑や排水トンネルの壁面に見られたすべり面が記載されている(例えば,友松ほか,1981).主すべり面は,すべり面上にすべり方向と一致する条線が認められる,含まれる粘土の薄層(厚さ1〜2mm)が高含水であることといった特徴がある.この主すべり面の上位には縞状構造の発達した層がある.
最近の事例では北海道夕張市の沼ノ沢地すべりでの記載,解析例がある(田近,1995).
ここでは,地すべり末端から中間部付近までを貫いてトンネルが掘削され,詳細な坑内観察が行われている.また,坑内で観察された構造と地表の地形との対応も行われている.
展張帯(地すべりの引張部)では,すべり面の上部に正断層が形成されている.この正断層の地表への延長部には小規模な引張性の凹地が形成されている.一方,圧縮帯となる地すべり末端部付近にはデュープレックス様の構造がすべり面の上部に形成され,最末端部には扇状の覆瓦構造が形成されている.
また,千木良(1995)には,岩盤クリープで形成されたすべり面の例が載っている.
ボーリングコア観察からすべり面を特定するには,次の点に着目する必要がある.
(1) 地すべりブロックのどの位置でのボーリングであるかを念頭に置いてコア観察を行う.多くの場合,頭部付近では原岩構造が残っていることが多いが,末端付近では礫状になることが多い.参考文献(順不同)