2008年7月5日に東海北陸自動車道の飛騨清見インターチェンジ(IC)と白川郷インターチェンジ間の25kmが開通し,これによって、名神高速道路・一宮ジャンクション(JCT)と北陸自動車道・小矢部砺波ジャンクションを結ぶ東海北陸自動車道185kmが全線開通した.
この区間には,10本(計20.7km)のトンネルがあり,最長のトンネルは籾糠山(もみぬかやま:標高1,744m)を貫く飛騨トンネル(10.7km)で,日本の道路トンネルでは関越トンネル(上り線:11.1km,下り線:10.9km)に次いで2番目の長さとなる.
この飛騨トンネルは最大土被りが約1,000mあり,高い土圧と大量・高圧の湧水に悩まされた.また,本坑掘削は直径約12.8mのトンネルボーリングマシン(TBM)で全断面を掘削する急速施工に挑戦したが,たぐいまれな難工事となり貫通までに約9年半を要した.
第二東名高速道路 清水第三トンネル
(工事事務所に展示されていたもの) |
模型のカッタ部分胴体が3分割されたフルシールド型である. |
TBMの魅力はその掘進速度である.現在の山岳トンネルの標準工法(NATM工法)では月掘進100mが標準であろう.これに対して,TBMでは数倍の掘進が可能である.一方,TBMは初期費用がかかるために,ある程度の掘削距離がないと経済的でない.
TBMの利点の一つに,切羽前面にカッターがありシールドで保護されているために,作業の安全が確保しやすいという利点がある.飛騨トンネルの場合は,避難坑のTBM(径4.5mn)はフルシールド型で,本坑のTBM(径12.8m)は改良オープン型と呼ばれたもので,最後は不良地山に補足されたものの大量・高圧の湧水に対抗できたことは特筆される.
飛騨トンネルは,1998(平成10)年2月に径4.5mの先進導坑の掘削を開始し,2006年3月に導坑は貫通した.その後,先進導坑の地質状況を参考にして,白川側から2,945mの地点までNATM工法で掘削し,この地点から2004年1月に本坑TBMを発進させ2007年1月に貫通した.TBMでは本坑を4,290m掘削した.
この飛騨トンネルのTBM掘削距離は経済比較では全線NATM工法で掘削した場合と,ほぼトントンではないかと考えられる.
紀元前4,000年にバビロンの宮殿を造るに当たってユーフラテス川の両岸を結ぶ河床トンネルが建設された.幅4m,高さ5m,延長1,500mの開削トンネルであった.
軟弱地盤を掘削するトンネルでは,1826年にイギリスのテムズ川のトンネル工事で M.I.ブルネル が考案した矩形シールドが使われた.テムズ川では1869年に J.H.グレートヘッドと P.W.バローによって円形シールドと鋳鉄製セグメントのシールドが開発された.これが現在のシールドの原型と言われている.
*ブルネルは父親のマーク・イザムバード・ブルネル(M.I.ブルネル)とその息子のイザムバード・キングダム・ブルネル(I.K.ブルネル)がおり,父親の助手として息子がテムズ川のトンネルの責任者となった.この時完成した河底トンネルは歩道であった.
TBMの原型はロックトンネルマシンで,1849年にイタリアとフランス間のアルプス下を抜くトンネルを掘削するために,イタリア人の H.J.マウスによって考案されたが実際には使われなかった.1866年にダイナマイトが発明され,また圧搾空気を動力として利用する技術が発達したため,発破掘削(ドリル&ブラスト)が主流となった.
1953年アメリカのミズーリ川に建設されていたオアヘ(Oahe)ダムの仮排水路トンネル掘削のために,ロックトンネルマシンがロビンス社によって作られた.この当時,機械掘削の技術は石炭掘削のために発達しており,連続掘削コールマイナーを発明したのがロビンス社の初代社長の J.S.ロビンスであった.
現在のTBMの直接の原型機は1956年にトロントで使われたものである.ディスクカッタを全面に装着し,ズリはベルトコンベアで運び出し,グリッパを坑壁に押しつけて反力を取り,方向制御も可能なもので4,510mを掘削した.
ちなみに,現在日本唯一の坑道掘削炭鉱である釧路コールマインでは連続採炭機やシールド&ドラムカッター(SD)方式による機械化が進んでいる.
日本列島の骨格は付加体で形成されているほか,新旧の火山活動の場であり地質の変化が激しくTBMには向かないと言われていた.しかし,これに対して果敢な挑戦がいくつか行われてきた.
日本で最初にTBMで施工されたトンネルは,新居浜発電所導水路トンネル(1964(昭和41)年,延長276m)である.その後,空白期間があったが1978(昭和53)年に電源開発の下郷発電所鉄管の斜坑掘削に成功して,日本の地質にあったTBMの開発や支保方法の改良・改善が進んで今日に至っている.
長大トンネルでは本坑に平行して避難坑が必要となる.この避難坑は径5m程度であることが,TBMでの施工事例が増えている.
さらに,第二東名高速道路の大断面トンネル(3車線)ではTBMで径5mほどの頂設導坑を掘削し,天端を補強してから本坑をNATMで掘削するという方法も採用された.
TBMには,大きく分けてオープン型TBMとシールド型TBMがある.さらに,オーブン型はカッタヘッド後方のシールドの形によって3つのタイプに分かれる(表1).
表1 TBMの種類
TBM | オープン型 | シールドなし |
---|---|---|
ルーフシールド付き | ||
ハーフシールド付き | ||
シールド型 | 開放型 | |
密閉型 |
TBMをオープン型とシールド型に分けてその特徴をまとめた(表2).日本では1965年以降に海外のシールドなしオープン型TBMが導入されたが日本の地質条件に合わず,山留め用のシールドシェルを付けたルーフサポート型やハーフシェル型が造られた.
表2 オープン型TBMとシールド型TBM
項目 | オープン型TBM | シールド型TBM |
構造 | ・機械的な山留め機構は持っていない. ・方向制御はメインビームを介して行う. ・カッタヘッドすぐ後ろの空間で吹付け,鋼製支保工建て込みを行える. ・カッタヘッドの後方(グリッパの前)にロックドリルを付けることができ切羽前方探査が容易にできる. | ・カッタヘッド後方のTBM本体が鋼製円筒で覆われている. ・切羽はカッタヘッドによって崩落を防止(山留め)し,機体部分はシールドシェルによって山留めを行う. ・カッタの後ろに密閉式の排土装置を付け,切羽の土圧に対抗させるタイプもある. |
掘進 方法 | グリッパを坑壁に押しつけて機体を固定し,これを反力としてカッタヘッドをトンネル方向に伸びるスラストジャッキで押しながら掘削する. | 坑壁で反力の取れる通常の岩盤ではオープン型と同じようにして掘削するが,軟弱な地山ではセグメントに反力を取ってシールドジャッキで推進する. |
支保 方法 | ・吹付け,鋼製リング支保工,ロックボルトなどで行う. | セグメント,鋼製リング支保工,ロックボルトなどで行う. |
適用 地質 | ・軟岩から硬岩まで適用可能で,特に硬岩での急速施工で有利である. | ・軟岩から中硬岩程度までの地山で有利である.破砕帯や軟弱地山が挟在している場合にも適用が可能である. |
長所 | ・純掘進速度が速く,グリッパの盛替え,カッタ交換などもしやすいので,良好な地山では高速掘進が可能である. ・カッタヘッド背後に作業空間が確保できるので,切羽直近での支保や補助工法が可能である. | ・グリッパ反力が取れない軟弱な地盤に対してもセグメントに反力を取ることによって掘進ができ,様々な地質に対応できる. ・水圧が高くなければ大量の湧水にも対応できる. |
短所 | ・地質が悪くグリッパが効かない場合は掘削が困難になる. ・湧水によって切羽崩落が発生した場合,崩壊土砂がTBM内に流入して施工困難となる. | ・純掘進速度がやや遅く,カッタヘッド後方の作業スペースが狭いため,ジャッキの盛替えなどに時間を取られカッタの稼働率が低く掘進速度はやや落ちる. ・切羽前方探査や補助工法が制限される. |
新東名高速道路や新名神高速道路は,基本的に片側3車線の大断面トンネルである.そこで,TBM頂設導坑とNATM工法による経済的掘削が追求された.
清水第三トンネルの地質平面図と地質縦断図 |
中央部の黄色は硬質な砂岩で右側(東京側)の水色は破砕された泥岩である.左と右に見える黄緑は砂岩泥岩互層である. 地山弾性波速度は低速度帯を除き,2.7〜3.5km/sec程度で堆積岩としては良好な岩盤と評価されるが,砂岩泥岩互層や泥岩は一軸圧縮強度が1N/mm2と軟質である. TBMは名古屋側の上り線から発進し泥岩の手前(平面図の赤い線,縦断図では沢の下)でUターンして,下り線を掘削し名古屋側へ抜けた. |
Uターン地点付近でのTBMの切羽 | TBMの末端 |
見学のために切羽作業は休止している.Uターン半径が小さく,しかも砂岩を抜けて砂岩泥岩互層に入りかかっているため地質が悪く小規模な天端崩落が発生した. カッタヘッドのすぐ後ろで鋼製リング支保工と吹付けコンクリートで一時覆工をしている.導坑なので二次覆工は行わない. | トンネルは緩く左にカーブしている.TBMの電源ケーブルのリールがある. |
覆工の状態 | 鋼製リング支保工のない覆工 |
奥と手前は鋼製リング支保工を使用しているが,中間部は省いている. | 本坑掘削時に壊すので可能な限り軽い覆工にしている. ズリだしは鋼車で行っている. |
滝里ダム導水路トンネルのTBM | TBMのテール部 |
ずっと先に見えるのがTBMの本体である.トンネルの中ではTBMは全体が見えないので,あまり迫力はない. 手前は,下の白っぽい部分はPCライナーで覆工しているのに対し,肩から上は鋼製リングアーチ支保工と鋼製ライナーで吹付けは行っていない.TBMの壁面はほとんど凹凸ができないのが分かる. | このTBMはシールド型でグリッパとシールドジャッキの両方が使える. 写真下のPCライナーにジャッキがあてがわれている. |
TBMのオペレーター室 | 覆工の状態 |
トンネル掘削機械とは思えないほど清潔である.トンネル切羽では発破の煙,ブレーカー・バックホーなどの重機やズリ運搬用のトラックの排気,コンクリート吹付けの粉塵があるために,どうしても「小汚い」状態になる.それに比べるとTBMの切羽は非常に清潔である. | インバート部分はPCライナーで反力が取れるようにしていあるが,それ以外は鋼製リングアーチ支保工のみである. |
調圧水槽の上流側 | 調圧水槽の下流側 |
すでに鉄管が敷設済みである. | 現在施工中である.馬蹄形断面となっている. |
ほぼ完成した調圧水槽内径25.0m,高さ64.45mである. |
救出作業中のTBM(1) | 救出作業中のTBM(2) |
拘束されたTBMを切羽方向から見たもので,TBM中央に見えるソロバン玉がローラーカッタである. | TBM後方から拡幅作業中の切羽を見たところである. |
TBMを拘束した緑色岩 | 完成したTBM導坑 |
TBMが拘束されたのは変質した緑色岩である.蛇紋岩化しているかどうかは確認していないが,葉片状を呈してぴかぴかの鏡肌が発達している. 踏査ではこの様な破砕帯に相当する緑色岩は確認できず,硬質なハイアロクラスタイトと玄武岩のみが露頭で確認できた. |
鋼製リング支保工と吹付けコンクリートで覆工されている.ズリ出しは鋼車である. |