はじめに

本書の目的

 本書は山岳トンネルの地質調査全般について述べたものである.その目的は次の通りである.

  1. これまで経験した現場の事例に即して山岳トンネル地質調査の考え方の基本と実際の対処方法とを現場に役立つように述べる.
     トンネル調査を行っているとどう対処してよいか迷うことがらがある.例えば,坑口の水平ボーリングの位置はどこに選定するのがいいのか,その掘進長は何mが妥当なのかといったことである.このような事柄について,これまで経験した現場の事例に即して考え方の基本と実際の対処方法とを現場に役立つように述べる.

  2. トンネル調査での常識的な事項を出来るだけ詳しく述べる.
     例えば,トンネル水文調査で一般的に行われているトンネル湧水量の推定方法はいろいろな手段があるが,単純に教科書的な推定を行うと全く非常識な湧水量が算出されてしまう.常識的なトンネル湧水量は500-1,000 l/minであり,これから大きくはずれる湧水量は,滞水構造や地質構成・地質構造などの特別な理由がある.

  3. トンネルに関わる調査全体についてこれ1冊で要点が分かるようにする.
     トンネル調査は,事前調査,施工中の調査,維持・管理のための調査があり,これら全体を経験することにより事前調査の要点が見えてくる.特に,維持・管理のための調査は,今後その比重を増してくると予想される.これらの各調査での常識的な対処方法を,既存文献の資料を掲載することにより,いちいち原典に当たらないでも必要な資料を見ることが出来るよう配慮した.
 以上のようなことを通じて,より経済的で信頼性の高いトンネル調査を,効率的に進めることが出来る手助けとなることを目的とした.

トンネル技術の変遷

 1986年に NATM(New Austrian Tunnelling Method=新オーストリアトンネル工法)が日本の山岳トンネル標準工法となったが,それ以前から各事業体でロックボルトと吹付けコンクリートを主体とする工法が採用されていた.

 NATM の基本的考え方は、「地山が持つ固有の強度を積極的に利用し、地山によってトンネルを安定に支持する」(トンネル標準示方書(山岳編)・同解説,1986)ということであり,地山の挙動を計測し,その結果を見ながら施工するのが基本である.

 そのため,トンネルの地質調査も事前に地山物性値を把握し地山の挙動を予測する必要が出てきた.また,施工中の調査の比重も増加した.それまでの工法では,切羽を預かる技術者の切羽観察(感)で掘削方法,支保工の規模を決めていたが,NATM工法により岩盤力学に立脚した切羽評価あるいは解析により妥当な支保構造を決める条件ができた.

 その後,都市域においても山岳工法を用いたトンネル施工が採用される例が増え,補助工法の技術的進歩もめざましいものがある.最近は,TBMによる急速施工,大断面トンネルの建設,支保構造のより合理的選定などが大きなテーマとなっている.

 特に,最近は切羽前方の地山を含めて三次元的に地山を早期に安定させ,より経済的で安全な施行方法の開発が進められている.

地質調査の重要性

 以上のような状況の中で,正確な地質調査の重要性はますます大きくなっている.
 トンネル調査で問題となることは,トンネルの安全性に影響を及ぼすような地すべりや崩壊地形が坑口周辺にないか,掘削中に切羽が自立しないような膨潤性地山あるいは流砂現象を起こす地山に遭遇しないか,トンネル湧水量はどの程度で周辺への影響はどうなるかといったことである.

 トンネルは線状構造物であり,比較的広範囲の地質状況を把握する必要がある.さらに,最近の地質学的成果を地山挙動の予測にどのように生かすかを常に考える必要がある.
 ボーリング掘削工法をはじめ,電気探査,弾性波探査などの物理探査における調査手法自体の進歩も著しく,これらの調査で明らかになった地下構造を地質的に意味づける上で地質調査の精度の向上が必要となっている.
 特に重要と思われる点は,地質の成因に基づいた地質図の作成であり地質区分である.この点をおざなりにすると,トンネル掘削中の前方地質の予測が不十分となり,トンネル周辺を構成する地質の三次元的な広がりと挙動を十分に予想できない.

 最近の例では,美濃帯,丹波帯,四万十帯といった付加体堆積物の分布地域,あるいは花崗岩類の分布地域でのトンネル施工で,事前調査の地山評価が実施工と大きく食い違う例が増えている.

 この記事が,トンネル施工に本当に役立つ報告書を作成する手助けとなることを願っている.

(2010年7月27日)


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