11.9.5 高熱トンネル
(2015年2月15日作成)
概 要
高熱地帯に掘削されたトンネルとしては,小説にもなった関西電力黒部専用鉄道トンネルが有吊である.
この鉄道は,富山県の宇奈月から黒部川沿いを遡っていて,黒部第三発電所と上流の仙人谷ダム建設のために1936(昭和11)年に工事が始まった.仙人谷ダム建設地の手前で岩盤温度が最高約160℃になる高熱帯に遭遇した.
太平洋戦争に突入する直前に始まった工事であり,電力確保が至上命令であったため,多くの犠牲者を出しながらも1939(昭和14)年に仙人谷ダム予定地までのトンネルが完成した.
比較的最近のトンネル工事としては,松本と高山を結ぶ国道158号の安房トンネル(中部縦貫自動車道の一部)がある.
高熱トンネルの施工例
−安房トンネル−
中部縦貫自動車道(高規格幹線道路;福井市〜松本市)の岐阜・長野県県境に位置する.
延長:4,350m
地質:このトンネルの地質は基盤岩である中・古生層とこれを覆って厚く堆積するアカンダナ火山噴出物からなっている.中・古生層(中期〜後期ジュラ紀の付加体堆積物)はチャート,緑色岩類,砂岩・粘板岩からなり,花崗斑岩やひん岩の貫入岩が分布している.
アカンダナ火山噴出物は火山砂や火山砂礫から構成されており,厚さは300〜500m,噴出年代は約11,500年前(完新世)である.
この付近は乗鞍岳,焼岳,アカンダナ山といった活火山が分布し,特に焼岳は現在も水蒸気を上げており,松本側坑口の北西約3kmの位置にある.アカンダナ山はトンネルの北約800mにある.
施工状況:このトンネルの問題は,1)アカンダナ火山噴出物がトンネル断面に出現する「平湯低速度帯《,2)高山側の「熱水帯《,3)松本側の「高熱帯《の3つである.
「高熱帯《では高熱岩体での吹付けコンクリートと覆工コンクリートの耐久性,火山性ガス(硫化水素,二酸化炭素,二酸化硫黄,塩化水素,メタン)の発生が問題となった.
安房トンネル建設上の特徴は,本坑に先行して調査坑を掘削し地質の確認と施工方法の検討を行ったことである.この調査坑は1970年(昭和50年)に着手し,12年かけて1991年(平成3年)に完成した.
以下,熱水帯と高熱帯の施工状況について述べる.
熱水帯
延長:約120m
湧水温:最高73℃.中・古生層頁岩の破砕部から湧出している.
問題点:熱水止水対策の方法.
対処方法:作業環境の確保と地盤改良を兼ねることが出来て熱水止水に対して確実性の高い薬液注入工法とした.
- 高温温泉水に対する注入効果は水ガラスセメント系薬液(LW)が優れている.
- 止水効果を高めるためにはLWとシリカゾルの複合注入が必要である.
- 熱水に対する耐久性はセメントペースト系の注入材が優れているが,LWの耐久性も止水・地盤改良の役割を果たすには十分である.
- セメントは高炉セメントB種が適している.二次覆工コンクリートの耐久性も高炉セメントB種がほとんど浸食を受けず耐久性が優れている.
本坑掘削時には注入は行わず,大型換気設備と補助工法で施工したが,最高温度72℃の熱水が湧出した.
高熱帯
延長:約870m
最高岩盤温度:75℃
対処方法:
- 調査坑では坑口に2,400m3/minの換気設備を置き,風管3本で送風することにより,坑内の作業環境を30℃以下に保った.
- 本坑掘削時には切羽周辺で稼働する重機類の運転席を冷房付きとした.
- 岩盤温度の最も高い区間を冬期施工とした.
- 切羽に常に3,000m3/minの換気を確保するために,調査坑を吸気口として利用し風速2m/secを維持して坑内温度を28℃前後に確保した.
- 火山性ガスについては,硫化水素10ppm以上,メタンガス1%以上,酸素濃度18%以下に達したら警報を発するように切羽と坑内にセンサーをつけ,作業員は携帯型のガス警報器を所持し,一発破ごとにガス濃度を測定した.緊急避難用のマイクロバスを切羽に常駐させた.
- 覆工コンクリート対策は次のようにした.
- 岩盤温度70℃の箇所にコンクリートを打設すると水和熱が逃げにくくコンクリート表面と裏面の温度差により若令時にひび割れが発生する可能性がある.
- 水セメント比55%以下とし,高炉セメントB種分離粉砕型を使用した.
- 吹付けコンクリートの表面に設置した防水シートと覆工コンクリートの間に断熱材を設けた.
- 覆工コンクリートの打設長を6.0mに短縮した.
- 防水シートと上織布を組み合わせて緩衝材として覆工コンクリートの収縮を拘束しないようにした.
- 多量の換気による乾燥収縮と坑内温度の低下に伴う収縮によるクラックが発生したので,乾燥収縮低減材を混入し,ひび割れ誘発目地(天端から45゜の範囲の肩部に延長方向2条のダミージョイント)を設置した.
以上のような経過を経て,本坑は5年半で貫通した.
図11.20 安房トンネル縦断概要図
(成瀬ほか,1995,28p による)
参考文献
- 成瀬 清・鈴木晟弘・松山政雄,1995,安房トンネルの本坑が貫通 高圧帯水火山噴出物層と高熱帯を克朊.トンネルと地下,第26巻,11号,27−33.
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