以下に坑口の調査・設計・施工上の留意点について述べる.
1996年2月10日に発生した豊浜トンネルの岩盤崩落を契機としてトンネル坑口緊急点検が行われ,さらに坑口付近の斜面を中心に安全度の見直しが行われた.その後の第二白糸トンネルの崩落も含めて浮かび上がった問題は,坑口位置はあらゆる危険性について慎重に検討する必要があることということである.
トンネル坑口付近は落石の危険がある場合には明り巻きを延長したり,覆道を設けたりしているが,予想を上回る巨大落石(岩石崩壊,岩盤崩落)については,事前調査を十分行い長期的な安定性を検討し,必要な場合には計画ルートの変更も含めて検討する必要がある.
災害現象 | 坑口としての問題点 |
地すべり | 坑口の切土により斜面のバランスが崩れることにより新たな地すべりが発生したり,旧地すべり地が再滑動するなどは坑口計画そのものに重大な障害となる. |
崩壊・落石 | 急傾斜で岩盤が露出するなど施工にとって好条件であっても,急斜面特有の落石や岩盤崩壊の可能性が高いところでは,事前にその規模を推定し十分な対策が必要である. |
土石流 | 土石流の衝撃力やエネルギーは極めて大きく,その防止対策も非常に大がかりなものとなる.このため坑口が荒廃渓流にかかる場合は土石流を十分に考慮した坑口位置の選定が望まれる. |
雪崩 | 雪崩もいわゆる地山との境界部で滑る底雪崩になると極めて大きなエネルギーを有する.したがって,積雪地帯において坑口が沢地形や急斜面に位置する場合は,雪崩対策が大きなウェートを占める. |
その他 | 洪水氾濫,火山噴火,高温地熱,有毒ガス,地震等. |
地形区分 | 坑口としての問題点 |
地すべり地形 (クリープを含む) | 土塊そのものがルーズである上,すべり面付近は粘土化し地下水も多いため偏圧・地耐力不足・地表面沈下など各種の障害が発生する.また,いったん滑り出した場合には,その防止対策に膨大な費用を要する. |
崖錐地形 | 現状(自然状態)では安定しているが,施工などで一度バランスを崩した場合に,すべり・崩壊などが発生しやすい. 不均質な構成物(小礫−巨礫,シルト,粘土など)からなるため地耐力不足をはじめ施工が困難である. |
段丘地形 (扇状地を含む) | 構成物質(亜円礫,砂など)がルーズで不均質な上に大量の湧水を伴う場合が多く,容易に崩壊が発生するほか,地耐力不足などの問題がある. |
その他 火山山麓の地形 崩壊跡地形 土石流地形等 | 火山山麓には未固結な火山砕屑物からなるルーズな若い地形があったり,溶岩流の末端が大壁面を形成していたり坑口として問題の多い地形が見られる. その他,土石流地形や崩壊跡地などは,再びそれらの現象が再現される可能性が高い地形といえよう. |
特異な地質として注意する事項を列挙する.
坑口の問題点を地質ごとにまとめたものを表6.2.3に示した.
地 質 | 大区分 | 中区分 | 細区分・実例 | 坑口としての問題点 |
地 質 構 成 物 | 土砂 | 一次堆積物 (主として火山放出物) | ローム層 一次シラス (風化土) | 主として火山から噴出し空中を漂ったのち降下したか,斜面を流下したもので,未固結ではあるが比較的自立する.浸食には極めて弱い. |
二次堆積物 (上記以外の未固結物) | 段丘堆積物 扇状地堆積物 崖錐堆積物 二次シラス その他 | 水により運搬されて堆積したり斜面下部に堆積したもので坑口条件としては極めて悪いものである.地下水を大量に含むことがある. | ||
軟岩 | 未固結岩 | 新第三紀末から第四紀の砂岩・泥岩・礫岩・溶結凝灰岩 | 節理や層理などの割れ目は少ないが,堆積物自体が軟質なもの. 比較的自立性はよいが,地耐力等に若干問題ある. | |
風化変質岩 | マサ土・温泉余土・緑色凝灰岩・蛇紋岩 | 母岩自体は堅固であったが風化作用や変質作用を受けた結果極めて軟質になったもの. 粘土鉱物が多く水を含むと膨張する等施工上極めて問題が多い. | ||
破砕岩 | 亀裂の多い泥岩・粘板岩・黒色片岩・千枚岩等 | 岩片自体は硬質であるが亀裂が多く岩盤としては全体的に脆いもの.自立性が悪く偏圧も受けやすい | ||
硬岩 | 中硬岩−硬岩 | 第三紀以前の堆積岩・火山岩・変成岩・深成岩など | 土砂や軟岩以外の堅固な岩盤.地質構造さえ問題がなければ坑口条件としては最適なものである. | |
地 質 構 造 | 大構造 | 断層 | 垂直・水平変位・活断層 | 変位量の大きい断層は周辺部にも派生断層等を生じており断層粘土と地下水等の影響で施工条件が極めて悪いもの. 活断層は最近も活動をしているために破砕が深部まで及んでいる |
破砕帯 | 断層作用 圧砕作用 | さまざまな規模を有するが,大きなものは数10m以上に達し地山全体が破砕質となっている. | ||
小構造 | 節理等 | 流れ盤・受け盤 | 岩盤内では閉じた節理であっても応力が解放されることによって岩石間の粘着力が失われる. |
静岡県の大崩海岸は,崩壊を避けて海に張り出した橋を建設した.同じような事例は,北陸道の親知不である.
層雲峡の岩盤崩落は大雪溶結凝灰岩の柱状節理が崩壊したものである.この溶結凝灰岩の下位には粘板岩が分布しており,特に境界部付近は著しく脆弱化している.
豊浜トンネルと第二白糸トンネルはいずれも水中溶岩を主とする地質である.
このほかにも,坑口が崩壊した事例は,地すべりのところで述べるJR飯山線高場山トンネル,北海道の国道231号雄冬トンネルなどがある.
年月日 | 場所 | 道路名 | 規 模 | 崩壊土量 | 概 要 |
1971.7.5 | 静岡県 大崩海岸 | 国道150号 | 幅 :45m 高さ:50−100m | 6,000m3 | 岩すべりにより国道部分の道路が崩落した. |
1989.2 | 同上 | 同上 | 幅:7−8m 高さ:約25m | 2,000m3 | 国道より下が崩壊. |
1987.6.9 | 北海道 上川町層雲峡 | 国道39号 | 厚さ:4−5m 高さ:120m | 約11,000m3 | 溶結凝灰岩の岩石崩壊.石狩川を堰き止め,約100m離れた国道の通行中の車を直撃. |
1989.7.16 | 福井県 越前町玉川越前岬 | 国道 305号 | 幅:約30m 高さ:約25m | 約1,100m3 | 岩石崩壊によりロックシェッドとポケット式落石覆工が破壊した. |
1991.10.18 | 長野県 猿なぎ洞門 | 国道158号 | 幅 :60−65m 高さ:65m | − | 岩石崩壊によりロックシェッドが破壊. |
1996.2.10 | 北海道 古平町豊浜トンネル | 国道229号 | 幅:40m 高さ:60m | 約20,000m3 | 大規模な岩盤の崩落が発生しトンネル坑口の明り巻きが破壊した. |
1997.8.25 | 北海道 島牧村第2白糸トンネル | 国道229号 | 幅:約40m 高さ:約70m 厚さ:約10m | 約20,000m3 | 大規模な岩盤崩落によりトンネル巻き出し部が約100mにわたって破壊. 1993年7月12日の北海道南西沖地震により近傍で崩壊が発生していた. |
2001.10.4 | 北海道 北見市北陽(ルクシ峠) | 国道333号 | 幅:40m 長さ:80m | 約10,000m3 | 岩盤崩落により2車線がふさがれ一部は国道と平行しているルクシニコロ川に達した. |
地質調査の結果をもとに切土の標準勾配,掘削区分を提案する必要がある.この場合,トンネル出口側面の切土斜面やトンネル上部に出現する大きな切土斜面は,トンネル施工中の仮設ではなく恒久的なのり面となるので,のり面保護工を含め設計で利用できる地質データを揃える.
名 称 | 説 明 | 摘 要 | 日本統一土質分類法による土の簡易分類との対応 | |
岩または石 | 硬岩 | きれつがまったくないか,少ないもの,密着の良いもの | 弾性波速度 3,000m/sec以上 | − |
中硬岩 | 風化のあまり進んでないもの(亀裂間隔30−50cm程度のもの) | 弾性波速度 2,000−4,000m/sec | − | |
軟岩 | 固結の程度の良い第4紀層,風化の進んだ第3紀層以前のもの,リッパ掘削できるもの | 弾性波速度 700−2,800m/sec | − | |
転石群 | 大小の転石が密集しており,掘削が極めて困難なもの,転石群 | − | − | |
岩塊・玉石 | 岩塊・玉石が混入して掘削しにくく,バケットなどに空隙のできやすいもの | 玉石まじり土,岩塊,起砕された岩,ごろごろした河床礫 | − | |
土 | 礫まじり土 | 礫の混入があって掘削時の能率が低下するもの | 礫の多い砂,礫の多い砂質土,礫の多い粘性土 | 礫{G} 礫質土{GF} |
砂 | バケットなどに山盛り形状になりにくいもの | 海岸砂丘の砂 まさ土 | 砂{S} | |
普通土 | 掘削が容易で,バケットなどに山盛り形状にし易く空隙の少ないもの | 砂質土,まさ土 粒度分布の良い砂 条件の良いローム | 砂{S} 砂質土{SF} シルト{M} | |
粘性土 | バケットなどに付着し易く空隙の多い状態になり易いもの,トラフィカビリティが問題となり易いもの | ローム 粘性土 | シルト{M} 粘性土{C} | |
(有機質土) | − | − | 高有機質土{Pt} |
行間
地表踏査,物理探査(弾性波探査,比抵抗二次元探査)で大規模な破砕帯や膨潤性を示す地質あるいは流砂現象を起こすような未固結砂層の分布が予想され,トンネル・ルートの変更も考慮しなければならない場合には,中間部でのボーリングを実施する.
水平ボーリングが適さない特殊条件としては,坑口の地形が緩く,土かぶりの小さい区間が長くなり水平ボーリングの掘進長に比べて得られる情報が少ない場合や坑口が急峻でボーリングの足場が設置できない場合などがある.必ず現地の地形条件や土地所有状況などを確認する.
一般に,水平ボーリングのトンネル断面での実施位置は,施工上最も危険性が高い(悪い地山が出現する)トンネル天端付近で実施する.この場合,トンネル天端から1-2m程度下げた位置が適当である.
ボーリング掘進上はスライム排除がスムースに出来ることが必要であるため,上向き数度(3°程度)で掘削することになる.地山が劣化していたり湧水が多い場合は,掘削後グラウトを行ってトンネル掘削時に障害が発生しないように処理する.
崩壊性地山で,しかも湧水が多いと予想した場合には,トンネル施工上の障害とならないようにスプリングライン付近か踏前(トンネル施行基面)付近で実施する.あるいは,トンネル断面をはずして排水ボーリングを兼ねて実施することも検討する.
なお,旧道路公団の要領では,水平ボーリングの掘削位置はトンネル断面外のスプリングライン(SL)付近で,地山が安定するまでの長さ(通常100−200m)としている(旧日本道路公団,1992,p164).
ただし,最近の経済状況から掘進長は必要な情報が得られる範囲で,できるだけ短くする必要がある.
水平ボーリングでは,区間ごとに孔口からの湧水量を必ず測定する.また,湧水が多い場合には湧水圧試験を実施するか,水頭を測定する.
例えば,変質した幅広い粘土化帯中のトンネル坑口のボーリングで,孔口で下向き30°に掘削したところ90m先で地表に出てしまったことがある.
破砕帯の位置を正確につかむなど精度が必要な場合には,孔曲がり測定を実施する.この場合は,孔曲がり測定の頻度をやや密にして少なくとも25m間隔程度に実施し,出来るだけ正確な位置を出す様にするのがよい.
水平ボーリングではそれほど悪い地山でないと判断していたところ,施工してみたら著しい粘土化帯が出現した例がある.このような場合には,ボーリングの掘削精度が問題となる.
旧鉄道建設公団の仕様書では,「水平ボーリング,斜めボーリングにおいては,100m掘進ごとに25m間隔で方位および傾斜を測定すること.」と規定されている.精度は「方位および傾斜角が1°以下まで測定可能なもので測定記録が残るものが望ましい」としている.
孔曲がり測定が必要な深いボーリング掘削では,一般にワイヤーライン工法が用いられるが,地質条件が悪い場合,ワイヤーライン工法でもコアチューブの上げ下げの間にロッドが止まっているだけで締め付けられることがある.また,地質の悪い場合は機械を長時間止めないために昼夜交代で掘削する.このような条件では,掘削に集中するあまり孔曲がり測定がおろそかになることがある.孔曲がり測定をしてみたら回復できないほど孔が曲がってしまっていたという事態も生じかねない.そのために,「100m掘進ごと」という「しばり」が設けられていると解釈できる.
水平ボーリングのコア状況は,そのままトンネルの地山分類に反映させることができる.注意しなければならないのは,水平ボーリングのコア中の亀裂面の向きは,走向方向と傾斜角の両方に左右されることである.周囲の岩盤の亀裂の卓越方向と岩石の内部構造からある程度推定できるが,トンネルの切羽面にどの方向の亀裂が卓越するかはボーリングコアからは正確には判定できない.
したがって,亀裂の方向がトンネル掘削に大きな影響を与えると想定した場合は,水平ボーリングでボアホール・カメラを実施する.この場合でも,ボーリング孔に平行あるいは平行に近い方向の亀裂はまれにしか捉えることは出来ない.地表踏査により補う必要がある.
また,橋梁とトンネルが連続しているような場合に,橋台の掘削により地山が乱されて完成後坑口付近に横断クラックが発生することがあり,精度の高い岩盤線を把握しておく必要がある.
坑口鉛直ボーリングの掘進長は,トンネル施工基面より上部で安定した地山が出現すれば,施工基面から下3-5mで掘止めとする.施工基面より下で安定した地山が出現した場合には,5m程度掘削して安定した地山であることを確認する.
坑口部ではインバートを設置するので施行基面の下2mほどは掘削対象となるので,その下の堅岩を3m確認する.つまり,施工基面下5mは地山状況を確認する.
最近の経済情勢を反映して,ボーリングをできるだけ短くする方向にある.周辺の地表踏査から,この岩がでれば安定した岩盤になり下位に脆弱層は存在しないと言うことがはっきり分かっていれば,施工基面2mで掘止めとしても良いが,分からない場合は坑口部では施工基面の下5mまで確認しておくのがかえって経済的になる.