7.破砕帯と変質帯

 破砕帯は地殻が変位することにより,ある面に沿った岩盤が破砕されて形成される.この破砕帯を利用して熱水が上昇してくるとその周辺に変質帯が形成される.現在の日本列島周辺は太平洋プレートとフィリピンプレートが,東と南から移動してきているために圧縮応力場となっている.このことが内陸に活断層が多い一つの理由である.一方,新第三紀中新世頃には多くの熱水鉱床が形成された.これらは基本的に南北方向の引張応力場で形成されたため,東西性の走向を示すものが多い.
 ここでは,破砕帯と変質帯の基本的な事項について述べる.

7.1 破砕帯
7.2 変質帯
7.3 破砕帯・変質帯の調査方法
7.4 掘削ズリ中の有害金属


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7.1 破砕帯

破砕帯の定義

 破砕帯とは
  「主に断層運動に伴い岩石が機械的に破砕され,不規則な割れ目の集合体をなし,断層角礫や断層ガウジ(断層運動に伴う破砕によって生じた細粒・未固結の断層内物質)などから構成されるある幅を持った帯」
と定義されている(地学事典,1996).英語ではcrush zoneである.

 破砕帯の定義は,いろいろとあり次のようなものもある.

「岩石が破砕,細片化し,帯状に連続分布しているもの」
「断層に比較して一般に構成物質の破砕が軽度であること,また,境界面が明瞭でないことなどの基準によって,一応定義の上からは断層と区別しているが,現実的には区別がなかなか困難である.そのため,断層と破砕帯を総括して破砕帯として扱う場合もある.」(菊地,1990,23-24).

 構造地質学では,岩石の破壊によって生じた不連続面を総称して断裂(fracture)と呼んでいる(垣見ほか,1994,106p).

 断層(fault):面に平行な変位のある断裂.破壊のメカニズムからはせん断.
 裂っか(fissure,gash):面に直交する方向に変位のある断裂.メカニズムとしては破断である.
 節理(joint):面を境にした変位が(ほとんど)認められない断裂.
 劈開(cleavage):岩石中にきわめて密に,かつ一様に発達する微少な断裂.

 断層の相対的な変位のセンスは,一般的には,正断層,逆断層,横ずれ断層(走向移動断層)に分けられる.

正断層は「垂直断面において見かけ上,上盤側が下方にずれている断層」と定義することが多い.ただし,正断層を伸張性断層,逆断層を短縮性断層という区別にとどめておくこともいいとされている.正断層では断層を境に上盤側が新しい地層・岩石で構成されている.
 正断層は引張応力場で形成される.現在の日本では正断層が形成されている地域は少ないが,別府湾には見事な正断層が分布している.

逆断層は,「断層に沿って上盤側が下盤側に対して乗り上がるような運動をした傾斜が45°以上の断層」(狩野ほか,1998)である.
 逆断層では,地表近くで低角になる場合が知られるようになってきたが,基本的に基準面に平行な断層面(水平)とそれに斜交する傾斜断層の複合からなるものも知られてきている.
 逆断層は,初めに生じたものの下盤に新しい断層が発達する場合(オーバーステップスラスト)と上盤側に新しい断層が発達する場合(おんぶスラスト)がある.伊那谷の西側に発達する逆断層はオーバースラストの典型である(池田ほか,1996,p99).
 断層の傾斜が45°以下の逆断層を衝上断層(スラスト)という.
 逆断層や衝上断層では,断層を境に上盤側に下盤側よりも古い地層・岩石が分布する.このような断層が形成される広域的な構造応力場は基本的に圧縮応力場であり,現在の日本列島では太平洋側から海洋プレートが沈み込んでいて大きな圧縮応力場となっており,内陸に発達する活断層は逆断層であることが多い.
 また,付加帯堆積物は沈み込みにより形成された衝上断層により地質体が切断されている好例である.

横ずれ断層(走向移動断層)は,全域にわたって一枚の平板状の断層であることは少なくて,二次,三次オーダーの破断や関連断層の雁行配列からなることが多く,ある幅を持って地山が劣化している.右ずれ断層は破断の雁行配列が杉型(左雁行状せん断面)になり,左ずれ断層はミ型(右雁行状せん断面)になる(垣見ほか,1994,p125).すなわち,大規模な断層の周辺では地山が広範囲に劣化していることが多く,地形がなだらかになる.
 例えば,長野県飯田市の国道153号と南木曾町の国道19号を結ぶ清内路峠周辺は,領家変成岩類とこれに貫入する花崗岩類が分布していて,清内路トンネルが峠の下を通っている.このトンネルの東約150mの位置に清内路峠断層(延長約40km)が分布している.この断層を中心とした地域は花崗岩類の分布域としては,なだらかな地形を呈している.トンネル調査のボーリングでは,かなり良好な花崗岩類が出現しC1に分類されたが,実際の掘削では破砕された岩盤が主体を占めD1がほとんどであった.これは,清内路峠断層の影響で花こう岩が破砕されて地山が劣化しているためと考えられる.
 

リーデルせん断実験

 リーデル(Riedel)は,二つに切断した箱を合わせ,その中に砂や粘土などを詰め,切断面に沿って箱をずらせて破壊過程を観察するという方法で断層の破壊過程を観察した.

 リーデルせん断試験では,右ずれ断層の場合,最初に杉型配列の破断面が形成される.これは,R1面と呼ばれて,せん断方向からΦ/2(0°<Φ/2<30°)だけ斜交した右ずれ成分と多少の開口成分を持つ左雁行状のせん断面が形成されることが多い.その後,より高角のR2面,開口成分が顕著なT面,R1面と対称なP面が形成され,最後はせん断方向に平行なせん断面が形成され断層に成長していく(狩野,1998).

 このようなせん断面を野外で観察することによって,断層の変位を推定することが出来る.このようなせん断面はせん断面に直交方向の断面で現れるものである.

 リーデルせん断の様子は,下のウェブサイトを見ると良く分かる.
<http://www.nsr.go.jp/archive/nsc/senmon/shidai/kaisekigijutu/kaisekigijutu16/siryo2.pdf>

riedelshear002.jpg
図7.1 リーデルせん断実験による断層成長過程の模式図とせん断面の名称
せん断面は,R1→R2→T→Pの順に形成される.T面はR1面とR2面を二等分する角度で形成され,R1面とP面は対称である.


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破砕帯の規模

 それでは,破砕帯の最大幅はどのくらいであろうか.
 活断層のところで紹介したように,丹那トンネルの掘削中に出現した断層(北伊豆活断層系丹那断層)の幅は最大で約20mであった.断層は断層角礫,断層ガウジ(断層粘土)から構成されているが,ガウジ・ゾーンの厚さとトータルすべり量とは一定の関係にあり,ガウジ・ゾーンの厚さが1mであるとすべり量は100mとされている(ショルツ,1990,128p).
 例えば,糸魚川ー静岡構造線の一部である松本市の牛伏寺断層は,最大9.6m/1,000年の左ずれを起こしている.すなわち,ほぼ10mm/yrの平均変位速度となる.10万年間活動したとすると,すべり量は100万mmであるからガウジの厚さは1万mm(10m)となる.
 丹那断層は平均変位速度2m/1,000年(2mm/yr)とされているから,100万年ですべり量は2,000mとなり,20mの厚さのガウジが出来ることになる.断層の活動期間が解れば断層幅のおおよその見当はつくことになる.
 中央構造線の破砕幅は,長野県上村付近で100mを越える規模である.かなり長期にわたり活動的であったと考えられる.

破砕帯の性質

 トンネルにとって重要となる破砕帯の性質は,破砕の程度透水性である. 破砕の程度は,丹那トンネルでのスケッチが参考になる(鐵道省熱海建設事務所,1933,丹那トンネルの話.1955年復刻版).
 断層のすべり量が少ない場合は,薄い粘土層(シーム)が形成される程度である.活断層などでは一度活動した部分が繰り返し活動することが知られているが,すべり量が増加するにつれて破砕帯の幅は大きくなる.一度,粘土のフィルムが形成されると水が通りにくくなり遮水帯となるので,その山側には水が集中してくる.岩盤の破壊による急激な変位が生ずれば,当然摩擦による発熱が考えられる.このようなことを考慮して,破砕帯の形成過程を推定すると次のようになる.

 このような過程を繰り返すことにより断層が成長していくと考えられる.地下深部で形成された断層は独特の組織を形成する.これらの組織をもとに断層岩の分類がなされている.ショルツの提案した分類(ショルツ,1993,p135)や高木の分類(高木ほか,1996,1996,p171)などがある.

断層岩に関連した言葉の定義

断層岩類:脆性および延性剪断帯を構成する変形岩(断層関連岩)の総称.従来の破砕岩類または圧砕岩類と同様.固結性,変形機構,ポーフィロクラストと基質部との割合などで細区分する.
断層ガウジ:手で壊せるほど軟弱で粘土状の基質部の多いもの.
断層角礫:手で壊せるほど軟弱で粘土状の基質部が少なく,角礫状の岩片が多いもの.
カタクレーサイト(破砕岩):断層岩のうち基質と岩片が固結しているもの.
マイロナイト:再結晶を伴い,細粒で数mm間隔以下の葉片状組織(流動組織)が発達した緻密で固い岩石.石英は細粒再結晶粒子の集合として基質を構成し,細粒化を免れた“斑晶”(ポーフィロクラスト)としては全く存在しない.最も重要な特徴は,鉱物結晶中での転移により細粒の結晶粒子(亜結晶)が形成されることである.現在の考えでは,マイロナイト化は破砕作用ではなく再結晶作用で形成されるとする.
シュードタキライト:脈状またはネットワーク状を呈する細粒,緻密な岩石で,その内部に大小さまざまな破砕岩片を含んでいるもの.成因は,地震断層運動の衝撃波によって形成されたとする粉砕説と地震断層運動の摩擦熱により溶融した高温の液体が破砕岩片を伴って破断面に貫入し,細粒基質部は急冷に伴って形成されたとする溶融説とがある.溶融現象が認められるものをシュードタキライトとする考えが主流になりつつある.
ポーフィロクラスト:マイロナイト化の過程で相対的に細粒化しにくい鉱物が,斑晶状の粗粒結晶として残留したもの.花崗岩質マイロナイトの場合は,斜長石,カリ長石,角閃石などがポーフィロクラストを形成し,石英や黒雲母は細粒化して基質部を形成する.
ポーフィロイド:石英や長石のブラストポーフィリティックな結晶を含み,基質は細粒の石英,長石,雲母類などが片状構造を示す岩石.流紋岩,石英斑岩,同質凝灰岩が圧砕作用を受けて生じる.
ラストポーフィリティック:残留斑状組織.残斑晶.もともとの火成岩の斑晶が変成岩中に残留している組織.なお,ブラストマイロナイトという用語はマイロナイトの定義が変わったため使われなくなってきている.
ポーフィロブラスト:斑状変晶.変成作用時に他と比べて大きく成長した結晶.ザクロ石,斜長石,紅柱石,菫青石,十字石などがなりやすい.変形作用による細粒結晶の凝集と焼結によって粗粒化するとされる.
ヘレフリンタ:石英,長石を主成分とする微粒緻密の変成岩.しばしば石英,長石の残留斑状結晶を含む.成分的には,石英斑岩,流紋岩,デイサイトに対応する.
(以上の定義は,地学事典,1996,平凡社 による.)

破砕帯の深さ方向の変化

 破砕の程度は深さ方向でも変化する.工学的にはこの深さ方向の変化も重要である.
 トンネルの弾性波探査で低速度帯として検出されたものが,実際にトンネルを掘削してみるとほとんど問題とならなかったという例は多い.これは地表付近の弾性波の低速度層直下では岩盤が風化の影響を受けて緩んでいても,トンネル断面に相当する深部ではカタクラサイト化しており固結度が高くなっていることによるものと考えられる.概念的には,岩盤の破壊様式が深度により変化するためである(千木良,1995,p79).

破砕帯の透水性

 破砕帯に伴う粘土化帯の周辺に,機械的破砕のみを受けたゾーンが形成されている場合,このゾーンが透水帯となりトンネル掘削時に突発湧水が発生する.その破砕帯が透水性か粘土化を伴う難透水性かが問題となる.粘土化帯による遮水ゾーンの形成と機械的破砕部による透水帯形成の組み合わせはトンネルにとって最も問題となる構造である.
 場合によっては予想を超える遠方からの地下水をトンネルが引っ張って広範囲な渇水障害を起こすこともある.


参考文献


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