7.4 掘削ズリ中の重金属

(2014年12月8日作成)

概要

 変質帯は各種の有害金属を含んでいる.破砕帯は地下水の通り道になっていたり,破砕作用に伴って有害金属が濃集していたりする.例えば,粘板岩中の破砕された箇所では,砒素が濃集している場合がある.
 同時に変質帯中に貯留している地下水そのものが強酸性水である場合もある.実際に,トンネル掘削中に突発湧水があり,それが強酸性水で合ったためにトンネル排水を流していた沢が褐色に変色したことを経験している.したがって,掘削ズリとトンネル排水の両者について環境への影響を判定する必要がある.

 なお,トンネルが,かつての産業廃棄物堆積場に遭遇することもある.この場合は,土壌汚染対策法にもとづいた調査・対策を行うことになる.


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重金属を含む掘削ズリヘの対処方法

 2010年4月に施行された土壌汚染対策法では,自然由来の有害物質を基準以上含む土壌(汚染土壌)を法の対象とすることになっている(都道府県知事・政令市長宛 環境省水・大気環境局長.土壌汚染対策法の一部を改正する法律による改正後の土壌汚染対策法の施行について.平成23年7月8日改正).
 (http://www.env.go.jp/water/dojo/law/kaisei2009/no_110706001.pdf 参照)

 土壌汚染対策法の改正に対応して,土木研究所では「建設工事で遭遇する地盤汚染対応マニュアル[改訂版]」(2012年4月 改訂版第1刷,鹿島出版会.以下マニュアルと記す.)を発行した.この中で,「土壌汚染対策法の対象外の場合に於いても,地盤汚染に遭遇した場合には技術的に同等の対応となるように配慮している.」としている.
 トンネル工事では,掘削中に砒素などの自然由来の有害物質(重金属等)を基準以上含む地盤に遭遇することは良くあることである.このような場合も,マニュアルに即して「周辺環境への影響を防止しながら,適切に公共建設を遂行する必要がある.」としている(マニュアル,1p).


土壌汚染掘削ズリ処理流れ図.jpg
図7.4.1  掘削ズリ中の有害物質処理の流れ図
 トンネル掘削ズリに自然由来の重金属類が含まれている可能性がある場合,一般的なトンネル調査の流れの中で必要な調査を行っておくと手戻りが少なくて済む.
 トンネル掘削中に重金属類が基準を超えて溶出した事例や酸性水が突発的に湧出した事例がある.既存資料を検討して,可能性を判断し適切な調査を提案する必要がある.
 要注意地質としては,新第三紀以降の熱水変質帯や温泉変質帯,黒色泥岩のような有機質の堆積岩類(地質時代は問わない)が挙げられる.

有害物質調査の留意点

(1)自然地山中には様々な有害元素が存在している.これを人工改変によって空気や水にさらすと様々な形で人間生活に悪影響を与える.
 古くは足尾銅山の鉱毒事件,神通川流域で発生したカドミウムによるイタイイタイ病,岩手県松尾鉱山の酸性水による北上川の酸性化など,自然由来重金属による被害は枚挙にいとまがない.また,秋田県の玉川温泉の上流で自噴している大噴(「おおぶけ」あるいは「おおぶき」)の酸性水を田沢湖に引いて,下流へ流さないようにしたために,田沢湖が死の湖になった例などもある.
 一度環境に放出された有害元素の影響を取り除くには多大の年月と経費がかかる.このことを充分に念頭に置いておく必要がある.

(2)環境基準の改定が進むと同時に建設発生土についての考え方も変化しつつある.有害物質調査では,常に最新の情報を入手し対応を誤らないように注意が必要である.

(3)有害物質調査の基礎となるのは,対象地域の変質帯区分とその三次元的分布を把握し,それぞれの変質帯の有害金属の含有率(処分が必要か無処理でいいか)を把握することである.
 そのためには,まず踏査時に肉眼で変質帯区分を行い,X線回折で粘土鉱物を同定する.この変質帯区分毎の有害物質含有量あるいは溶出量を設定する.必要であれば,有害物質の含有量に対応した変質帯の細区分を行う.

(4) 有害物質調査では,含まれる粘土鉱物は勿論のこと,変質作用により新たに形成された石英や沸石などの鉱物の同定が必要である.
 また,必要に応じて元素の賦存状態を明らかにするために岩石顕微鏡観察や反射顕微鏡観察(鉱石鉱物の同定)を行う.例えば,有害金属の中で問題となる砒素は,一般的には黄鉄鉱や硫砒鉄鉱などの硫化鉄の中に含まれているが,粘土に吸着しているものもあるとされている.その場合は,肉眼で黄鉄鉱が確認されない場合でも,砒素がかなり高濃度で含まれる可能性がある.

(5)トンネル掘削ズリは建設発生土に相当し,近年の建設副産物適正処理(再利用できるものは利用する)の方針にもとづき再利用が奨励されている.しかし,基準を超過する汚染土壌については,「土壌の汚染に関わる環境基準について」(1991(平成3年)環境庁告示46号)などに準拠して処理することになっている. 土壌環境基準は,溶出量によるものと含有量によるものとがある.

トンネル掘削ズリの位置付け

 トンネル掘削土は,建設工事に伴い副次的に得られた物品で建設副産物である.
 建設副産物としては,「工事現場外へ搬出される建設発生土」に分類される.産業廃棄物には該当しないと判断される.
 しかし,有害物質を基準値以上含んでいる場合には関係法規に従った処理・対策が必要と考えるのが妥当である.
 「建設副産物適正処理推進要綱」(2002年5月改正)では,「重金属等で汚染されている建設発生土等については、特に 適切に取り扱わなければならない。」(第4章 第17および第19)としている.


建設発生土の分類.jpg
図7.4.2 建設発生土の分類
(http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/region/recycle/fukusanbutsu/genjo/teigi.htm による)
 建設発生土は,普通の土砂と浚渫土砂と二分けられている.建設発生土とスクラップなどおよび建設廃棄物をあわせて建設副産物と呼んでいる.
 一般廃棄物というのは,堤防や道路のり面で発生した刈草,街路などの剪定枝葉などである.
 産業廃棄物は,がれき類からばい塵まで様々な物が含まれる.特別管理産業廃棄物は,廃油,廃PCB など,廃石綿などである.

  一方,有害物質を基準以上含む掘削土は,産業廃棄物のうちの「鉱さい」(不良鉱石)に該当すると判断することもできる.この場合には掘削土そのものの問題と,放置された掘削土に接触した水が酸性化したり有害物質を溶出したりする場合の問題がある.

表7.4.1 建設発生土の区分と用途
(建設省令第19号,平成3年10月25日,最終改正平成13年3月29日 国土交通省令第59号 による)
区 分用 途
第一種建設発生土
(砂,礫,およびこれらに準ずるものをいう)
・工作物の埋め戻し材料
・土木構造物の裏込め材
・道路盛土の材料
・宅地造成用材料
第二種建設発生土
(砂質土,礫質土およびこれらに準ずるものをいう)
・土木構造物の裏込め材
・道路盛土材料
・河川築堤材料
・宅地造成用材料
第三種建設発生土
(通常の施工性が確保されうる粘性土およびこれに準ずるものをいう)
・土木構造物の裏込め材
・道路路体用盛土材料
・河川築堤材料
・宅地造成用材料
・水面埋立て用材料
第四種建設発生土
(粘性土およびこれに準ずるもの(第三種建設発生土を除く)をいう
・水面埋立て用材料

有害物質などを含むトンネル湧水について

 ここで問題にするのは,トンネル施工中の排水ではなく,自然由来の有害物質を含んでいるトンネル湧水,そのままでは河川などに排水できないpHのトンネル湧水である.
 トンネル湧水は,半永久的にトンネル坑口から排水される.「水質汚濁防止法に基づく排水基準」を適用して処理を検討するのが妥当であると考えられる.山岳トンネルでは,坑口下流で飲用水を取水している場合があり,その場合は,より厳しい基準で対応することになる.

 トンネル周辺の地下水が,酸性であったりアルカリ性であったりして,そのままでは環境中(多くの場合,河川)に排水できないことが考えられる.

表7.4.2 自然由来で出てくる可能性のある項目の一律排水基準
項 目許容限度
水素イオン濃度
(水素指数:pH)
5.8以上,8.6以下
(海域は5.0以上,9.0以下)
浮遊物質量(SS)200mg/L
(日間平均150mg/L)
生物化学的酸素要求量(BOD)200mg/L
(日間平均150mg/L)
化学的酸素要求量(COD)160mg/L
(日間平均120mg/L)
カドミウムおよびその化合物0.03mg Cd/L
六価クロム化合物0.5mg Cr(VI) /L
水銀およびアルキル水銀その他水銀化合物0.005mg Hg/L
セレンおよびその化合物0.1mg Se/L
鉛およびその化合物0.1mg Pb/L
砒素およびその化合物0.1mg As/L
ふっ素およびその化合物8mg F/L
(海域は15mg F/L)
ほう素およびその化合物10mg B/L
(海域は230mg B/L)
銅含有量3mg/L
亜鉛含有量2mg/L
溶解性鉄含有量10mg/L
溶解性マンガン含有量10mg/L
クロム含有量2mg/L

 倉橋・伊東(2014)は,北海道,東北で供用中の43トンネルから恒常湧水について53試料の水質調査をした結果を報告している.
 その結果,pH5.8を下回ったのは10試料(53試料中),pH8.6を上回ったのは3試料(53試料中),砒素含有量が0.1mg/Lを上回ったのは,9試料(41試料中),セレンが0.1mg/Lを上回ったのは3試料(41試料中)であった.

表7.4.3 トンネル恒常湧水の水質の例(倉橋・伊東,2014による)
トンネル数試料数現地水質分析室内水質分析pH5.8未満pH8.5を越える砒素
0.1mg/L以上
セレン
0.1mg/L以上
4353124110393
 注)pH,砒素,セレンは,一律排水基準からはずれる試料数である.

 このような事例があるので,トンネル湧水についても排水することによる周辺環境への影響を検討しておく必要がある.

対策工の概要

 重金属等(土壌汚染対策法の第二種特定有害物質)を基準値以上含んでいるトンネル掘削土は対策を実施することになる.基準値は表7.4.4に示すとおりである.
 この場合,シアン化合物は自然由来では考慮しなくて良い.

表7.4.4 土壌汚染対策法に係わる重金属等の基準値
分類特定有害物質の種類地下水基準(mg/L)土壌溶出量基準(mg/L)土壌含有量基準(mg/kg)第二溶出量基準(mg/L)
第二種特定有害物質
(重金属等)
カドミウム及びその化合物0.01以下0.01以下150以下0.3以下
六価クロム化合物0.005以下0.005以下250以下1.5以下
水銀及びその化合物0.0005
以下
0.0005以下15以下0.005以下
セレン及びその化合物0.01以下0.01以下150以下0.3以下
鉛及びその化合物0.01以下0.01以下150以下0.3以下
砒素及びその化合物0.01以下0.01以下150以下0.3以下
ふっ素及びその化合物0.8以下0.8以下4,000以下24以下
ほう素及びその化合物1以下1以下4,000以下30以下

 対策工の目的は,1)地下水の摂取等によるリスクをなくす,あるいは低減すること,2)土壌の直接摂取によるリスクをなくすこと,の二つである.地下水摂取に関するリスクについては,第二溶出量基準で判定し,直接摂取に関するリスクについては土壌含有量基準で判定する.

 公共工事における地盤汚染については,土木研究所のマニュアルに準拠して行うのが良い.
 施工中に地盤汚染が判明した場合は,工事の中断を余儀なくされる,また,無事完成しても周辺の地下水や河川に影響が出れば,工事が原因と考えざるを得ない状況におかれる.このようなことを念頭に置いて,慎重に調査する必要がある.
 マニュアルでは次のように述べている.

 「土壌汚染対策法第3条や第4条に基づく対応を行う場合のみならず,公共用地の取得段階,事業計画段階,あるいは公共建設工事が開始された後の時点において,不適切あるいは不法に投棄された廃棄物に起因する地盤汚染問題が顕在化した場合や,施工中に自然由来により重金属等が基準を超えて含有される地盤の存在が判明した場合においても,周辺環境への影響を防止しながら,適切に公共建設工事を水鈎知る必要がある.」

表7.4.4 土壌汚染対策の方法(マニュアル,62-63 による)
区 分対策の目的対策の対象対策方法
1.土壌汚染対策法に定める措置地下水摂取等によるリスクに係わる措置土壌を対象とした措置・封じ込め
(原位置封じ込め・遮水工封じ込め:盛土構造物や地中構造物への封じ込めを含む)
・土壌汚染の除去
(掘削除去・原位置浄化)
・遮断工封じ込め
・不溶化
(原位置不溶化・不溶化埋め戻し)
地下水を対象とした措置・地下水の水質測定
(地下水基準に適合の場合)
・地下水汚染の拡大防止
(揚水施設・透過性地下水浄化壁)
土壌の直接摂取等によるリスクに係わる措置土壌を対象とした措置・舗装・立ち入り禁止
・土壌入れ替え
・盛土
・土壌汚染の除去
(掘削除去・原位置浄化)
2.リスク低減対策
(影響予測とモニタリングを伴った対策)
地下水の摂取等によるリスクに係わる対策土壌を対象とした対策・粘性土被覆
・一重遮水シートによる封じ込め
・地盤の難透水性利用

砒素を含む掘削ズリを処理した例

 多くの場合,重金属を基準値以上含むズリは,遮水シートと覆土により封じ込める.ここで紹介するのは,分岐トンネルを掘ってズリを封じ込めたという事例である.


こばやし峠トンネル看板.jpg
図7.4.3 札幌市道こばやし峠トンネルの看板
 札幌市のこばやし峠トンネルは,藻岩から西野ヘ抜ける市道のトンネルである.黄色で示してある道路が旧道である.
 この図の右手が藻岩側で,こちらから掘削を行った.中央のトンネル本線から枝分かれしている緑色で示したトンネルが,砒素を含む泥岩類で埋め立てた分岐トンネルである.

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図7.4.4 こばやし峠トンネルのズリ封じ込め用の分岐トンネル
 扁平な断面が特徴的である.遮水シートで周囲を覆っていて地下水が染み込まないようになっている.
 分岐トンネルを掘って有害金属を含む泥岩を埋めるというこの対応が決まるまでには紆余曲折があった.

 <参考文献> 


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