9 近接施工

 (2014年12月25日加筆・修正)  

 9.1 一般的事項
 9.2 近接施工のための調査
 9.3 対策工
 9.4 安全監視

 土地の高度利用が進んでくると構造物同士を近接して施工せざるを得なくなってくる.大都市の地下では,地下鉄,上下水道や通信ケーブル,電力などの各種サービストンネル,地下河川などいくつものトンネルが建設されている.さらに,トンネルに接近して建物の基礎や杭が施工されたり,掘削によりトンネル周辺の土砂が除かれたりといった「近接施工」が増加してくる.
 このような工事からトンネルを守る必要が出てくる.そのためのマニュアルが作られている.
 ここでは,近接施工に対する事前調査と対策工について述べる.

 
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9.1 一般的事項

 近接施工での問題点

 道路トンネルは総延長約4,250km,箇所数としては約10,000箇所である(2013年4月1日現在:道路統計年報2014,トンネルの現況).
 山岳トンネルといえども周辺開発による土地利用や地下空間の有効利用の影響を受け,近接して新たなトンネルが計画,施工される場合が増加している.
 これにともなって,既設トンネルに影響を与える可能性のある近接工事の計画,設計,施工に対しての考え方や基準が整えられている.
 例えば,(財)鉄道総合技術研究所の「既設トンネル近接施工対策マニュアル」(平成7年1月)や
NEXCOの「設計要領 第三集 トンネル (1)トンネル本体工保全編(近接対策)」(平成21年7月)である.
 以下,主にこの「近接対策」にしたがって述べる.

 近接施工で問題となるのは次の3点である.

(1) トンネル構造自体の安定性(構造物安定)
(2) 通行車両や列車の安全が確保できること(路面管理や軌道管理,覆工の変状)
(3) 建築限界や道路線形が確保されること(建築限界等)

 近接施工では,道路トンネル同士が近接して施工される場合だけでなく,既設鉄道トンネルや導水路トンネルに影響を与える可能性がある道路トンネルの施工などがあり,様々な機関の基準を知っておく必要がある.
 特に,鉄道トンネルでは軌道狂いに対する軌道整備基準がmmオーダーで決められているので,十分な調査,計測が必要となる場合がある.

 電力や農業用の導水路トンネルは,道路トンネルと地山評価の基準やトンネル構造が異なる.
 昭和50(1975)年代以前の古い道路トンネルは,ほとんどが矢板工法で施工されているので,近接施工の対象となるトンネルの構造を把握しておく必要がある.

 近接施工による影響を大きく分けると,

  • (1) トンネル周辺の地山の掘削のような除荷などによる静的影響
  • (2) トンネル掘削時の発破などの動的影響
    とがある.

    (1)静的影響を受ける場合
     この場合は,近接度区分を行い影響領域を求め,その上で影響予測を行う.影響予測は経験的あるいは類似例から行う場合とFEM解析などの解析的手法を用いる場合とがある.
     トンネル周辺の切土や盛土などの荷重の増減については,解析的手法の適用は比較的単純であるが,基礎杭やアンカーを既設トンネルに近接して施工する場合は,条件の設定に工夫が必要となる.
     また,トンネル同士が近接施工となる場合で,お互いに斜交する場合は,三次元的な検討を行う必要が出てくる.


    静的影響の調査手順.jpg

    図9.1 静的な影響を受ける場合の近接施工調査計画の手順
    (NEXCO 設計要領第三集 トンネル本体工保全編(近接対策),2009,7p による)
    ・資料収集は,1)既設トンネルの関する資料と2)新しい近接工事に関する資料を収集する.周辺地山状況,既設トンネルの構造,施工記録など入手可能なあらゆる資料を収集するつもりで行うのがよい.
    ・詳細調査では,1)既設トンネルの構造や健全度を把握することが重要である.この点では,「道路トンネル維持管理便覧」(1993)や「NEXCOトンネル本体工保全(変状対策)」(2009)などが参考になる.2)近接工事の施工条件では,既設トンネルへの影響度合いを評価するのに必要な資料を揃えておく必要がある.
    ・例えば,既設トンネルの上部に盛土する場合,既設トンネルは,つぶされるように変形することが予想される.どの程度の変位で既設トンネルの構造体が損傷を受けるかは,FEM解析を実施する必要が出てくる.このような場合は,ボーリングを行って地山状況や地山物性値(最低,地山の単位体積重量,地山の変形係数,ポアソン比)を把握しておく必要がある.
     喜瀬説トンネル上への盛土で有名な例としては,東海道新幹線の第1高尾山トンネルの上に建設された静岡空港の高盛土工事がある(下の参考文献参照).  

    <参考文献>

  • 高木政道,2006,空港造成工事に伴う東海道新幹線トンネル防護工事.岩の力学ニュース,No.81,1-5.
  • 野田豊範・宮崎正樹・高木政道,2003,高強度気泡軽量モルタルを使用したトンネル防護工の施工について.土木学会第58回年次学術講演会(平成15年9月),VI-169.


    (2)動的影響を受ける場合
     この場合は,爆破振動予測を行い許容値と比較して対策工の検討を行う(図9.2参照および発破振動検討の手順参照).


    動的影響の検討図.jpg

    図9.2 動的な影響を受ける場合の計画手順
     近接工事で爆破による振動が発生する場合は,ベンチカットなどの掘削工法のほかに,静的影響と同じような資料を収集し影響予測を行う.

    近接施工の分類

     近接施工は大きく分けてトンネル上部の切土や盛土などのような静的影響と重機や発破による振動の動的影響とがある.考えられる場合を表に示すと次のようになる.

    表9.1 近接施工の分類
    (NEXCO設計要領第三集「近接対策」および
    鉄道総合技術研究所近接施工対策マニュアル をもとに作成)
    大分類近接施工の位置工事の種類内容と考えられる影響
    静的影響上部の場合上部の盛土☆道路建設や敷地造成に伴い,既設トンネルの上部に盛土されるケース.
     1)覆工に作用する鉛直荷重が増加する.
     2)盛り立てが均等でない場合は,覆工に偏圧が作用する.
    上部の切土☆道路建設や敷地造成に伴い,既設トンネルの上部を切土されるケース.
     1)鉛直土圧に対する側圧の比が大きくなり,天端への突き上げが生じる.
     2)土被りが小さい場合地山のアーチ作用が損なわれ,覆工に作用する鉛直荷重が増大する.
     3)切り取りがトンネルに対して非対称の場合は覆工に偏圧が作用する.
    上部にトンネルが新設☆既設トンネルの上部に新設トンネルが施工されるケース.
     1)既設トンネルが上方に変位・変形したり,地山のアーチ作用が損なわれ覆工に作用する鉛直荷重が増加する.
    上部に貯水池などの施設が新設☆既設トンネルの上部に貯水池やダムなどが新設され地下水位が上昇するケース.
     1)動水勾配が上昇し水圧が作用したり,漏水量が増大する.
    上部に構造物が新設☆トンネル上部に構造物が新設され,その基礎がトンネルに影響を与えるケース.
     1)基礎の掘削時は上部切土と同様で,上部構造物が施工された後では上載荷重が増加する.
    近傍でアンカーを施工☆トンネル側部あるいは上部の近傍にアンカーを新設するケース.
     1)トンネル近傍の削孔によるトンネル周辺地盤の緩み.
     2)グラウト注入時に圧力が作用し覆工への荷重が増加する.
     3)アンカーのプレストレス導入時にトンネルを引っ張る方向に変位が発生する.
    側部の場合側部の切土☆道路建設や敷地造成に伴い,既設トンネルの側部を切土するケース.
     1)掘削される方向に引っ張られるようにトンネルが変形する.
    側部にトンネルが新設☆既設トンネルの側方に,新設トンネルが施工されるケース.
     1)既設トンネルが新設トンネルの方に引っ張られるように変形する.
     2)既設トンネルの周辺地山が緩み覆工に作用する荷重が増加する.
    下部の場合下部にトンネルが新設☆既設トンネルの下部に新設トンネルが施工されるケース.
     1)新設トンネルの掘削により既設トンネル周辺の地山が緩み,既設トンネルの不動沈下が発生する.
    動的影響工事による振動☆工事による振動既設トンネル周辺の工事による爆破や施工機械による地盤振動が発生するケース.
     1)大量の火薬の使用により動的荷重が覆工に作用し,クラックが発生したり,覆工コンクリート片や補修モルタルが落下したりする.

     それぞれの近接施工の模式的な絵は,「近接対策」および鉄道総合研究所のマニュアルに載っている.

    近接度区分

     既設トンネルに対する近接度の取り方は,NEXCOと鉄道総合技術研究所(鉄道総研)では異なっている.
     鉄道総研のマニュアルでは,近接施工の分類ごとに詳細な近接度の説明がある.これらは道路トンネルの場合も参考になる.
     NEXCOの近接度区分は,トンネル中心からの距離によって直接影響領域(1.5D以内),間接影響領域(1.5D〜3.0D),影響外領域(3.0D以上)の3つに分けている.

     この近接度区分適用上の留意点をまとめた.

    表9.2 近接度区分を適用する上での留意点
    (1)トンネルの近接の場合・既設トンネルが近接施工を前提としたトンネル構造となっていない場合は,最小5mの離隔を確保する.
    ・既設トンネルの健全度,地山条件により補正を行う.例えば,新設トンネルの健全度がAで,周辺地山が脆弱地山の場合は離隔が2D’であっても,近接度判定のための離隔は,2D’×(1-0.3)=1.4D’ となり,直接影響領域となる.
    (2)切土の場合・最終切土面がどの位置になるかで近接度を設定する.
    (3)盛土の場合・当初地盤面がどの位置になるかで近接度を設定する.ただし,盛土が高い場合(一般的には盛土高15m以上)は詳細な検討を行う.
    (4)ダムや貯水池の場合・地下水位の上昇による水圧や水量により異なるので別途検討する.
    (5)爆破や施工機械により振動が発生する場合・「動的挙動の影響予測」で検討する.


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    9.2 近接施工のための調査

     図9.1および図9.2に近接施工のための調査の一般的な流れ図を示した.調査を中心に考えると近接施工調査の流れは次のようになる(図9.3参照).
     以下,それぞれのポイントについて述べる.


    近接施工調査の流れ図.jpg
    図9.3 近接施工調査の流れ(調査を中心に)


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    近接施工検討計画

     まず,近接施工検討計画を作成する.ここでは次のような点を検討し,対策工が必要かどうかを判断する.

    (1) 既存資料調査
     既設トンネルの諸元,構造,履歴,周辺環境について調査を行う.
    (2) 調査項目の選定
     近接施工の程度,規模を把握し,概略の近接度区分を行う.影響範囲がどの領域にあるかにより調査項目を選定する.
    (3) 詳細調査
     近接工事の施工条件,既設トンネルの健全度,周辺の地形・地質状況について詳細に調査する.この結果にもとづいて近接度に応じた影響予測を行う.
    (4) 対策工
     対策工は近接工事側の対策,既設トンネルの対策,新設構造物と既設トンネルの中間地盤の対策がある.これらについて概略の見通しを立てる.
    (5) 安全監視 
     近接施工に伴う既設トンネルの安全監視のための観察や計測の概略計画を立てる.近接工事の施工前,施工中,供用後について検討する.

     なお,爆破振動の場合は,全体の流れは上記と同様であるが,試験爆破を行うかどうかの検討をこの段階で行っておく.また,監視のための計測は爆破振動,騒音の計測を行う.

     検討計画が充分に練られたものであれば,以後の調査はこれにもとづいて行い,不足についてはその都度追加することで調査はスムースに進む.

    近接施工詳細調査

     概略の影響予測を行って詳細調査計画を立案し実施する.
     詳細調査での既設トンネル調査は,変状対策の調査と重なる部分が多い.基本は,目視によるクラック展開図の作成とそれにもとづく健全度判定である.
     クラック展開図の作成は,画像解析によって短時間で電子化できるシステムが実用化されている.しかし,クラックの性質は目視あるいは手で触ることによって分かることが多いので、注意が必要である.
     周辺地山調査は,新設トンネルの調査とほぼ同じ内容となるが,既存資料がある場合はそれらを最大限利用する.この点では,既存資料調査をこの段階で再度行う必要が出てくる.

    表9.3 近接施工の詳細調査
    調査名目的と内容詳細項目
    近接工事の施工条件調査近接工事の計画や設計・施工の妥当性を把握し,影響予測や対策工選定の基礎資料とするために実施する.
    ■施工条件調査:近接工事の施工位置が計画全体から見て避けられないものかどうかを判定するために行う.
    ■設計条件調査:近接工事の形状・寸法,設計図面や設計仕様などについて検討する.
    ■施工条件調査:工事方法や立地環境などの施工条件を左右する諸条件について検討する.
    ■爆破等による振動が影響する場合は,爆破パターン,装薬方法,起砕方法などについて資料収集する.
    既設トンネルの調査■既設トンネルの健全度(危険度)の把握や近接度判定,影響予測,対策工の検討の基礎資料を収集,検討するために実施する.覆工,坑門,舗装面などの変状状況について把握する.
    ■調査内容は近接度区分をもとに必要な調査を行う.
    ■直接影響領域:詳細なトンネル変状調査を実施する.
    ■間接影響領域:管理図面により既設トンネルの構造を確認し,目視,ひび割れ調査,トンネル構造調査,背面空洞調査などを行う.
    ■影響外領域:トンネル点検記録,調査記録などにより構造を確認し,注目箇所の目視調査,ひび割れ調査を行う.
    ■調査範囲は,間接影響領域の外側の境界から2Dの位置までとする.
    ■変状トンネルの判定区分などにより行う.
    ■調査範囲はトンネル幅の3倍程度までを含む範囲とする.
    周辺地山の調査■影響予測や対策工検討に必要な中間地山の物性を把握することを目的に実施する.
    ■地形条件,地質条件,地下水条件などについて必要な調査を行う.また,地山物性値の設定に必要な現位置試験,室内試験を実施する.
    ■変状トンネルの健全度判定基準により判断する.
    (「近接対策」をまとめた.)

    健全度判定

     近接工事により影響を与える既設トンネルの健全度は,対策工に大きく影響する.NEXCOの健全度判定は,変状トンネルの変状判定(例えば,(社)日本道路協会,1993,道路トンネル維持管理便覧)と同様の考え方で構成されていて,外的条件の変化,材質劣化,漏水に分けて健全度を判定し,補修の緊急性により総合判定を行っている.
     詳しくは,「道路トンネル維持管理便覧」(日本道路協会,1993)あるいは「設計要領第三集 トンネル本体工保全編」(NEXCO,2009)を参照するのがよい.

     なお,NEXCOの(変状対策)では,トンネルの健全度という考え方はなくなり,変状原因ごとに「補強ランク」,「補修ランク」を定め,それぞれのランクごとに補強対策,補修対策を決めている.
     近接施工対策では,既設トンネルの健全度のほかに,近接度,中間地盤の状況,許容値などを考慮して総合的に対策工を検討する必要がある.

    表9.4 点検結果の判定区分
    健全度判定区分一般的状況
    AA損傷・変状が著しく,機能面からみて速やかに補修が必要である場合.
    A損傷・変状があり,機能低下がみられ補修が必要で有賀,速やかに補修を要しない場合.
    B損傷・変状はあるが,機能低下がみられず,損傷の進行状態を継続的に観察する必要がある場合.
    OK損傷・変状がないか,もしくは軽微な場合.
    (NEXCO 設計要領第三集,2009,16p による)

    影響予測

     静的挙動の影響予測手法としては,類似事例による経験的手法とFEM解析などによる数値解析手法とが主なものである.

    (1)経験的手法
     経験的手法による影響予測を行うためには,できるだけ多くの事例を収集する.しかし,影響予測を正確に行える充分な事例があるとは限らないので,弾性解析程度の簡単な数値解析手法を併用するのが得策である.

    表9.5 類似事例における着目点
    影響の程度を左右する条件近接施工時の着目点
    1)近接施工の種類
    2)近接度(離隔・位置)
    3)地山の状況
    4)近接工事の規模・施工法
    5)既設トンネルの健全度
    1)予測値と実測値
    2)対策工の種類と効果
    3)許容値と管理基準値
    4)観察・計測方法と監視体制
    5)近接工事に施工状況
    (NEXCO 設計要領第三集,2009,22p による)

    (2)解析的手法
     解析的手法を用いる場合は,近接度が間接影響領域で類似事例がない場合か近接度が直接影響領域と判断される場合である.解析手法としては,特別の場合を除き二次元有限要素法(FEM)を用いる.影響の度合いは,解析によって得られた既設トンネル覆工への応力増分で判断する.

     近接施工の影響予測でのFEM解析の留意点は次の通りである(NEXCO 設計要領第三集,2009,p22-23).

     1) 地山応力が除去される場合
     既設トンネル上部の切土工事のようなトンネル周辺地山の応力除荷の場合は,覆工と地山の間にジョイント要素を入れるなどしてその影響を適切に表現する.
     2) 覆工背面に空洞がある場合
    覆工の天端付近には空洞があることが多い.特に,矢板工法で施工されたトンネルや覆工コンクリートの打設を吹き上げ式で行っていないトンネルでは数10cmの空洞が形成されていることは珍しくない.この空洞により覆工天端に曲げ応力が働くことがあるので留意する.
     3) 計測結果の評価
     解析により得られた値はあくまでも目安と考える.近接施工により発生する変位や応力の全体的傾向,地山物性値を変化させた場合の影響などを総合的に検討して対策工設計や管理基準値に反映させる.
     当然,施工に伴う計測結果をもとに逆解析を行い対策工や管理基準値を修正する.

     動的挙動については「発破振動と不安定岩塊」も参照のこと.

    許容値

     近接施工に伴う既設トンネルの許容値は,トンネル構造の安定,通行車両の安全走行,建築限界や道路線形の確保の三つを基本として設定する.
     鉄道の場合は,「軌道整備基準」が定められているのでこれを参考とする.

     静的挙動の場合の許容値とその考え方を示す.

    表9.6 静的挙動の許容値
    項目考え方
    トンネル構造の安定・許容できる影響の評価は基本的に困難である.
    ・解析的手法による覆工増加応力を一つの目安とする.これは,設計基準強度に対して圧縮応力,引張応力の増加率を目安とするものである.
    通行車両の安全走行・路面の沈下や浮き上がりは,通行車両の安全走行や快適性を阻害する.路面の凹凸に対する許容値は路線ごとの特性を考慮して設定する.
    ・覆工コンクリート片(塊)の落下については,現状把握と対策工の必要性に十分注意する.
    建築限界や道路線形の確保・一般には,トンネル構造の安定が確保できれば問題はない.
    ・現状で大きな変状が発生しており,許容される変形余裕量のないトンネルでは応力増加により急激な変形が発生する.


    表9.7 覆工増加応力の許容値の目安
    既設トンネル覆工の健全度判定区分増加圧縮応力
    (N/mm2)
    増加引張応力
    (N/mm2)
    B,OK0.3σck0.6σck
    A0.2σck0.4σck
    AA0.1σck0.2σck
    *注)σck:覆工の設計強度


     動的影響の許容値は,健全度に応じて振動速度で設定されている.健全なトンネルでも振動速度 4cm/sec が許容限度である.


    表9.8 振動速度の許容値
    健全度判定区分許容振動速度
    (cm/sec)
    B,OK4.0
    A3.0
    AA2.0
    *注)コンクリート片の落下のおそれのある場合は,その処置を前提とする.



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    9.3 対策工

     近接施工の対策工は,近接工事側あるいは中間地盤の対策を原則とする.これらが不可能な場合は,既設トンネル側の対策工を検討するが,活線工事(交通を確保しながらの工事)となるので,その点を十分検討する.
     また,既設トンネルは,道路トンネルのみではなく,鉄道トンネル,水路トンネルなどがあり,これらのトンネルについての基本的な規格,仕様を心得ておくことが大事である.

     静的挙動の場合の対策工の考え方を以下に示す.

    近接工事側の対策

     直接影響領域,間接影響領域で近接工事を行う場合には,既設トンネルへの影響を軽減するための対策を行う.

    表9.9 近接工事側での対策方法(NEXCO「近接対策」による)
    近接工事の分類対 策 方 法
    近接工事が上方の場合切土またはトンネル・既設トンネルのグランドアーチが損なわれることにより,上方に引っ張られるような変形が生じ,側圧の比が大きくなる.
    ・大きな荷重や変位の発生を抑制するために掘削工法(加背割り)の見直しや天端変位を抑制する補助工法の採用を検討する.
    盛土・既設トンネルに新たな鉛直荷重が作用する.
    ・近接工事側の対策としては,既設トンネルに急激な荷重を与えない,偏った荷重を与えない盛土方法(敷き均し方法,施工時期など)を採用する.
    ・転圧機械の振動についても注意する.
    近接工事が側方の場合・既設トンネルの側方が除荷される場合は,近接工事側に引っ張られるような変形,グランドアーチの損傷による覆工への新たな荷重が作用する.
    ・既設トンネルに急激で大きな変形を与えないような掘削方法(加背割り)や補助工法を検討する.
    近接工事が下方の場合・この場合は,多くが新設トンネルの施工となる.既設トンネルへの影響は不動沈下である.
    ・新設トンネルの天端沈下を抑制する掘削工法,補助工法を検討する.
    振動の場合・爆破のための薬量を減少したり,機械掘削を採用するなどの検討を行う.
    ・爆破振動の予測を行う場合は,試験爆破を行う必要がある.爆破音についても測定し,走行車両への影響を検討する.

    中間地盤の対策

     既設トンネルと近接施工の中間の地盤に対し対策を行う.対策工としては,中間地盤の地盤改良工,構造物(杭や連続壁)による影響遮断工,地下水低下工法などの地下水対策工が考えられる.
     これらの対策工を計画する場合,既設トンネルの構造物に影響を与えないように充分な検討を行う.例えば,既設トンネルで施工されているロックボルトや補助工法のパイプ類あるいは地下水排除工への影響に注意する.

    表9.10 近接工事における中間地盤の対策(NEXCO「近接対策」による)
    対策工法内 容
    地盤改良工法・中間地盤を固化あるいは補強して近接施工の影響を軽減する.
    ・固化工法としては,薬液・セメントによる注入工法,高圧噴射撹拌工法,機械的撹拌処理工法,凍結工法などがある.
    ・補強工法としては,鉄筋やロックボルトによる補強を目的としたアースアンカー工,垂直縫地工法などがある.
    影響遮断工・影響が及ぶ範囲に地下連続壁などの遮断工を設け,直接影響を防止する.
    ・大規模な工事になるが効果は高い.
    ・工法としては,パイプルーフ工法,鋼矢板工,鋼管杭工法,柱列式地下連続壁工法,地下連続壁工法などがある.
    ・なお,前述したように既設トンネルとの最小離隔は5mとされているので,近接施工ではこの距離内で対策を行う場合がある.
    地下水対策工・近接工事に伴う地下水の変動が既設トンネルに悪影響を及ぼすと予想される場合に検討する.
    ・地下水が高いことが影響を及ぼす場合は,集水井工,ウェルポイント工,ディープウェル工などの水抜き工法を採用する.
    ・地下水低下が既設トンネルに影響を及ぼす場合は,リチャージ工,地下水遮断工などを検討する.

    既設トンネル側の対策

     既設トンネルでの対策工の要点は,通行車両の安全性を第一に必要かつ最小限の対策工となるよう検討することである.
     対策工は[変状対策]に準じて行えばよい.対策工の要点は,変状原因の推定とそれにもとづく影響予測および対策必要区間の設定である.その基礎となる資料は,既設トンネルの変状展開図である.
     表9.10で分かるように,既設トンネル側の対策工は変状トンネルで用いられている工法が基本で,トンネル周辺の空洞を充填したり地山を補強する効果が期待できる裏込め注入工が効果があるとされている.


    表9.11 近接施工の種類と対策工選定の目安
    近接施工対策の目安.jpg
    ◎:非常に効果がある. 〇:効果が期待できる. △:場合によっては効果がある. ×:効果がない.

    1)裏込め注入工は近接工事の種類に関係なく採用できる.
    2)内巻き工は繊維補強コンクリートを原則とする.トンネル断面が小さくなり,建築限界をおかす場合がある.
    3)接着工は,シート接着工と鋼板接着工のことを言う.鋼板接着工の場合、鋼板の裏への注入を十分に行う必要がある.
    ロックボルト補強工は、防水シートを設置している標準工法で施工されている場合は,防水シートを破ることになるので適用できない.


    9.4 安全監視

     既設トンネルの安全監視は,トンネル構造の安定,通行車両の安全,建築限界や道路線形の確保を目的に行う.監視手法は,施工中のトンネルの観察・計測に準ずることになる.
     まず,既設トンネルの健全度,近接度の検討結果から,安全監視が必要かどうかの判定を行う.必要と判断された場合は,次の項目について検討を行う.

    (1) 観察・計測計画
     一般的には,1)目視観察,2)ひび割れ測定,3)天端沈下測定,4)内空変位測定,5)覆工ひずみ測定などが実施される.
     特に,直接影響領域の場合は,必要な調査を慎重に検討する.この場合,交通規制を行わないで計測できる方法とし,基本的に自動計測とする.
     また,最近は光ファイバーによる測定や写真計測などの手法も実用化されてきているので,重要度の応じてこれら新技術の採用も検討する必要がある.

    (2) 許容値と管理基準値の設定
     管理基準値は,一般的には許容値を三等分し注意レベルを設ける.

    (3) 安全監視の時期・期間と頻度
     安全監視の時期,期間については次のようにまとめられる.
     監視頻度については,一律に決めることは出来ないが,ポイントとなる計測項目を決め,その計測値に異常が出た場合,すぐに点検できる体制を構築しておくのが最も現実的であろう.

    表9.12 安全監視の時期・期間の目安(NEXCO「近接対策」による)
    項 目内   容
    安全監視の時期・期間・近接工事が開始される4週間前から変位等の収束が確認されてから1−2ヶ月後まで.
    ・計測機器が気温などの季節変動を示す場合は,1年前から.
    動的挙動の場合・事前に爆破試験を実施し推定式の評価を行い,高い精度で振動管理を行う.
    ・岩質等の地山条件が著しく変化した場合は,推定式を見直す.
    ・施行完了後に点検を行い,トンネル構造へ悪影響がないか確認する.
    安全監視の頻度・一律に決めることは出来ない.
    ・監視頻度を決める際に考慮すべき点は,既設トンネルの健全度,近接度,影響予測値,対策工の種類と規模,中間地山の状況,近接工事の施工方法,交通状況などである.

    参考文献


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