山岳トンネルの変状調査

1 コンクリート構造物の老朽化
2 トンネル建設の現状と変状の実態
3 トンネル変状調査
3.1 トンネル変状調査のポイント
3.2 変状原因の推定
3.3 変状対策のポイント

 トンネル変状の現状を概観し,トンネル変状調査のポイントを経験にもとづき述べる.トンネル変状調査のポイントは,変状展開図(クラック展開図)の作成である.覆工,路盤の変状を記載したクラック展開図は,変状原因に推定とそれに適合した対策工の検討,対策工実施区間と優先順位の選定,変状の進行状況など様々な検討の基礎資料である.


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1 コンクリート構造物の老朽化

 1999年6月27日に発生した山陽新幹線の福岡トンネルのコンクリート落下事故は 社会的に大きな話題となった.この事故の特徴は次の点にある.

(1) 直接的な原因がコールドジョイントという「施工不良」にあること.
(2) 覆工にほぼ水平に分布していたコールドジョイントのほかに不規則な褐色化したク ラックが発生していたと考えられること.
(3) 人身事故にはならなかったが列車の破損という直接的な被害が発生したこと.
(4) 事情を知っている人からは事故の可能性が指摘されていたこと.

 この事故をきっかけに,JR西日本が全線を点検し応急対策を行って安全宣言をした後 に,北九州トンネルで長さ約3.3m,重さ220kgのコンクリートが落下した.このコンク リートは打ち込み口のものであった.打ち込み口というのは,上半と下半の覆工を連続さ せるために,下半の覆工打設時にロウト状の口(打ち込み口)を作ってコンクリートを打 ち込む(直接法と呼ばれる)時に造られるものである.これに対し,上半と下半を別々に 打設した場合には,両者の間に隙間が出来るので最後に上半と下半の覆工を一体化させる ため,硬練りのモルタルを押し込む(充填法という).この上半と下半の間から湧水が滲みだしトンネルの劣化を早めることがある.山陽新幹線では142箇所のトンネルのうち山口,福岡両県内の7箇所で打ち込み口を設けてで覆工コンクリートを打設した(直接法)と言われている.

 その後,JR北海道函館本線の礼文浜トンネルで覆工コンクリートの落下が発生した. この落下は明らかに,覆工の押し抜きせん断破壊によるもので,ある程度,覆工点検にな れている技術者であれば危険性が判断できたと言われている.

 一方,1999年7月には新幹線の高架橋からコンクリート片が落下する現象が何回か 発生した.小林一輔千葉工業大学教授(1999)によれば,この原因は海砂を使用して いるために鉄筋が腐食していること,アルカリ骨材反応によってコンクリートが劣化した ことであるという.
 これに対して,JR西日本の「コンクリートひびわれ補修に関する基礎的調査・研究委員会」の委員長である宮川豊章京都大学教授は「コンクリートの中性化による鉄筋の腐食で構造物の耐荷力が低下しているが,アルカリ骨材反応による耐荷力の問題は出ていないようだ」という意味のことを述べている(日経コンストラクション,99年9月24日号,p52−53).

 これらの一連の事故の経過をふまえて2001年1月に「コンクリート標準示方書[維 持管理編]」が発行された.この中では,「構造物の生涯ストーリー」を決めることが求められている.つまり,構造物の供用年数と維持すべき性能,それに基づいた維持管理のしたかを決めることになる.

 2001年には,「道路トンネル点検要領(案)」が作成された.この中では,「第三者被害の防止」が大きな目標となっている.また,点検方法についても大幅な改善がなされている.

 2002年4月には,「道路トンネル定期点検要領(案)」が出され,8月から全国一斉に定期点検等が実施されている.この点検に当たっては,点検員の講習会がもたれた.

 以上のように,(1)1960年代の高度成長期に建設された構造物が約40年を経過し老朽化し始めており,既存構造物の補修・補強を含めた維持管理とともに,(2)財政的に困難に時代を迎え,今後建設される構造物の性能を一定期間維持すること,が現実的な問題となっている.

2 トンネル建設の現状とトンネル変状の実態

 道路トンネルは,1995年4月現在で約7,500箇所,供用延長約2,200kmで,特に山岳部における道路網の展開を受けて急激に増加している.
 鉄道トンネルは1994年現在,JR全体で約3,600箇所,総延長約2,100kmとなっている.公営地下鉄の総延長は約570kmとなっており,下水道トンネルでは東京都区部 だけで1997年現在総延長は約15,000kmで,電力会社の水路トンネルは1997年 3月現在,総延長約4,700km,通信用トンネル(とう道)の延長は1996年現在,約 900kmである(JTA保守管理委員会,1998,p453-p462).

 これらのトンネルのうち道路トンネルでは約7%(525箇所)に変状がある.少なく見 積もっても5〜10%程度のトンネルで変状が発生していると考えて良い.

 変状発生要因を考える上で参考になる事項は次の通りである.

(1) 変状は土被り40m以下の箇所で多い.
<コメント>低土被り部ではアーチアクションが働きにくく,トンネル上部の土圧 がそのままトンネルにかかる場合が多いためと考えられる.地形的にも偏圧が作用 しやすい等の悪条件が考えられる.

(2) 変状が発生しやすい地質としては第三紀層が約40%を占める.
<コメント>ここで言う第三紀層とは主に中新世以降の堆積軟岩で,膨張性粘土を 含む泥岩や凝灰岩が多いためである.

(3) 変状現象としては漏水が60%を占める.
<コメント>NATM工法では吹付けコンクリートと二次覆工コンクリートの間に 防水シートを張るため漏水は減少している.漏水が変状の引き金になっていること が多く,特に寒冷地では漏水の凍結融解によりクラックが進展すると考えられる.

(4) 変状発生までの供用年数は10年以内が約30%である.
<コメント>一般には3年以内に変状が現れなければ大丈夫といわれている.

(5) 建設年代別では1960年代のトンネルが最も変状が多い.
<コメント>高度成長の時代で品質が保証されていないことが一つの原因となって いると考えられる.ちなみに,福岡トンネルのコンクリート落下事故が発生した工 区は70年11月に着工し73年3月に竣工している.


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3 トンネル変状調査

3.1 トンネル変状調査のポイント

 トンネル変状調査の実際の手順と要点を述べる.

(1) 建設時の資料収集は非常に大事である.この場合,事前設計の図面はもちろん,施工時の図面が最も有用である.あるトンネルの場合,坑口で横パイプルーフ工(仮称)を行っており,しかもパイプが浮き上がり擁壁にクラックが発生していた.また,その部分でトンネル天端が沈下しておりクラックが入っているのでかなり危険と判断した.なお,豊浜トンネルの崩落坑口も新設時に同様の対策が行われていた.

(2) クラック展開図は必ず作成する必要がある.すでにクラック展開図がある場合でも,クラックの性質(引張クラックか圧縮クラックか)が記入されていないことがあり, 原因を推定するのに困難を覚えることがあることと,クラックの進展状況を把握でき る場合があるのでその時点でのクラック展開図を作成する必要がある.
クラックのス ケッチではクラックスケールまたはシックネスゲージ(Thickness Gauge:車の点火 プラグの調整に使うゲージと似た道具)を必ず使用してクラック幅を確認する.人間 の目は意外と優秀で,0.3mm程度のクラックならはっきりと確認できるので,数ミリ はあるように錯覚することが多い.1mmのクラックというのはかなり強烈なものであ る.

(3) 湧水はトンネル変状原因で最も多いもので,しかも湧水が引き金となって変状が拡大するので,湧水点と湧水の性質(白華を伴うのか酸化鉄を伴うのかなど)が分かるよ うに記載する.酸化鉄を伴う場合はクラックが貫通していると考えていい.

(4) トンネル周辺の地質調査は変状原因を考える上で大切である.トンネル縦断図に地質を入れ手前の壁面のクラックを実線,反対側の壁面のクラックを破線などで記入する と地質とクラックの関係をひと目で確認できる.

(5) トンネルの測量は一般的には横断測量を行うが,縦断が通っているかどうかが問題で特に天端の沈下や路盤の盛り上がりが問題となる場合は通しの縦断測量を行う必要が ある(図5参照).地すべりによる変状では,トンネルが水平方向に移動していること もある.

(6) トンネルの変位観測は,新設トンネルで行われている簡易ターゲットを設置しての光波測量が最も簡単である.クラックそのものの経時変化を詳細に把握するためにはクラ ックゲージ等を設置して電気信号で記録する.

(7) 覆工の強度や中性化試験も大事である.強度を簡単に知るにはシュミットハンマーが便利であるがこの換算強度は実際よりも大きく出ることが多い.これは表面に塩類等 の皮膜が形成されるためと考えられる.

3.2 変状原因の推定

 変状原因としては,外力による場合,材料劣化による場合,漏水,その他(背面の空隙,巻厚不足,インバート無し)に分けられる.

<外力>

 外力による変状はクラックのパターンと分布とからある程度推定することが出来る.こ の点については,「道路トンネル維持管理便覧」のp23以降に詳しい図が示されている.

(1) 矢板工法で施工されたトンネルでは,コンクリート打設時に型枠内に作業員が入り コンクリート注入管を引き抜きながら出てくるので,コンクリートの沈下によりど うしても天端に空洞が出来ることになる.この空洞が変状の原因となることが多い. 覆工が薄いために水平方向の土圧(側圧)に耐えられず圧挫クラックが天端に発生 する場合と空洞上部の地山が崩壊して天端に曲げ引張りクラックが発生する場合と がある.クラックの性質が判断の目安となる.

(2) 膨張性地山では塑性圧が作用し側壁の押し出し,天端の圧挫クラック,盤ぶくれが 発生する.ただし,このパターンは凍上によっても発生するので地山の特性(泥岩 かシルト岩かなど)に注意する必要がある.

(3) 偏土圧による変状は山側肩部に引っ張りクラックが発生するのが特徴である.トン ネルがねじれるような応力を受ける場合があるといわれている.

(4) 地すべりによるトンネル変状では偏土圧と同じようなクラックが発生し,地すべり ブロックの境界付近に横断クラックが密集するのが特徴とされている.

<材料劣化>

 材料劣化による変状では「コンクリートのひびわれ調査,補修・補強指針」(日本コンクリート協会,1987)が非常に面白い結果をもたらす.すなわち,原因推定の流れに沿って推定してみるとコンクリート打ち込み時の気象条件(高温,低温など),コンクリートの配合(貧配合,富配合など)のような施工に関することで予想していなかった結果が出てくる.工事記録があり裏付けが取れれば有効である.

3.3 変状対策のポイント

 変状対策は補修対策と補強対策とがある.

補修対策というのは
「トンネル覆工の直接的な強化にはならないが,トンネル機能が強化されるような対策」 で,漏水防止工,クラック充填工,排水溝整備などがある.

補強対策とは
「トンネル覆工体力を強化することにより変状の発生・進行を抑制する対策」で,トンネル自体を補強する裏込め注入工,内巻きコンクリート工,インバート工などと周辺地山を補強するロックボルト工,グラウト工,グランドアンカー工などがある.

 いくつかの留意点を述べる.

(1) 補修対策とするか補強対策とするかは変状原因と変状の進行性が大きなポイントと なる.トンネルの変状対策はそう何度もできるものではないので長期的な安定を十 分考慮して対策工を決めることが重要である.

(2) 多くの場合,交通を確保しながらの活線工事となるが,通行止めが可能かどうか, 片側規制で施工可能かなどの条件に規制されることが多い.また,建築限界を侵さ ないかどうかも問題となる.内巻き工,ロックボルト工,面導水工などでは内空断 面が小さくなるので十分な協議が必要になる.

(3) JR関係では「工法除去条件」という考え方があり,鉄道トンネル特有のものもあ るが,検討する際には非常に参考になる.

参考文献

 日経コンストラクション,1999年9月24日号(No.240)
 道路トンネル維持管理便覧,1993,日本道路協会.
 変状トンネル対策工設計マニュアル,1998,(財)鉄道総合技術研究所.
 設計要領第三集 トンネル,2014,NEXCO.

<山岳トンネル維持管理関係文献(新しいものから順に)>

道路トンネル

平成26年7月 設計要領第三集トンネル編 本体工保全編(変状対策),NEXCO
平成26年6月 道路トンネル定期点検要領,国土交通省 道路局
平成26年6月 道路トンネル定期点検要領,国土交通省 道路局 国道・防災課
平成25年2月 総点検実施要領(案) 【道路トンネル編】(参考資料),国土交通省 道路局
平成18年7月 設計要領第三集トンネル編 本体工保全編(近接施工)
平成15年2月 道路トンネル変状対策マニュアル(案),土木研究所
平成14年8月 道路トンネル定期点検説明会 テキスト,国土交通省道路局国道課
平成14年4月 道路トンネル定期点検要領(案),国土交通省道路局国道課
平成14年4月 道路トンネル定期点検要領(案) (参考資料) , 国土交通省道路局国道課
平成13年7月 道路トンネル点検・補修の手引き[近畿地方整備局版],(財)道路保全技術センター
平成12年   道路トンネル定期点検要領(案),道路トンネル耐久性委員会
平成10年10月 トンネル変状調査マニュアル,日本道路公団 試験研究所技術資料 第356号
平成5年11月 道路トンネル維持管理便覧,日本道路協会

鉄道トンネル

平成22年11月 既設山岳トンネルの地震対策・震災復旧マニュアル(案),鉄道総合技術研究所
平成19年1月 トンネル補強・補修マニュアル,鉄道総合技術研究所
平成10年2月 変状トンネル対策工設計マニュアル,鉄道総合技術研究所
平成7年1月 既設トンネル近接施工対策マニュアル,鉄道総合技術研究所

(2002年12月8日,2015年4月13日修正)


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