13 トンネル変状調査

 2012年12月2日に発生した中央自動車道笹子トンネルでの天井板落下事故は,構造物の維持管理に関わる人に大きな衝撃をあたえた.
 この事故では,9人の死者を出し,落下する天井板の下を走り抜けた映像が公開された.
 翌翌日12月4日には,高速道路・国管理の国道の天井板の緊急点検を実施するとの通知が国交省国道・防災課などから出された.

 平成25年6月に出された報告書では,事故の原因は天井板を吊していた天頂部の接着系ボルトには,建設当初から所定の引抜き強度を発揮されないものが含まれていたとしている.
 再発防止策として,可能であれば接着系ボルトで吊られたトンネル天井板は撤去することが望ましく,残す場合は第三者被害を防止するバックアップ構造・部材を設置すべきとしている.
 また,近接点検(近接目視,打音および触診による点検)が,機能を失ったボルトを把握する上で有効であるとしている.

 以上のようなことも考慮して,平成26(2014)年6月には,道路トンネル点検要領(国土交通省・道路局)が出され,省令で定める「トンネル」について,道路トンネルの定期点検で最低限実施する内容や方法が定められた.
 


天井板の構造.tiff
図13.1 トンネル天井板の構造
 トンネルの天井に水平の天井板(図の茶色の部分)を設け,中央に鉛直の隔壁(水色の部分)を設けてトンネル内の排ガスを換気・送気する.天井板は,隔壁板を介して連結されていたために,約140mの区間で連続して落下したと推定されている.
(トンネル天井板の落下事故に関する調査・検討委員会,2013,トンネル天井板の落下事故に関する調査・検討委員会報告書:http://www.mlit.go.jp/common/001001299.pdf


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13.1 変状トンネルの実態

 1960年代に始まった高度経済成長期に建設されたトンネルが40年以上の年月を経て老朽化し始めている.
 道路トンネル変状に関する最も新しい調査は,1990年(平成2年)に実施されている.その他のトンネルを含めたトンネル変状の実態を表13.1に示した.
 かなり古いデータであるが,全体の傾向は変わっていないと考えられるので掲載した。最新のデータが分かれば,取り替えるつもりである。

表13.1 変状トンネルの実態(JTA保守管理委員会,1996)
トンネル種別2供用中のトンネル変状トンネル
道路トンネル4,307件292件(6.8%) 過去対策実施209件(4.9%)
JR鉄道トンネル約3,600箇所50%(約1,000km)が戦前に建設
公営地下鉄トンネル483km最古は73年前(開削・シールド)
下水道トンネル226,000km4,360km(約2%)が50年以上経過
発電用水路トンネル6,200km3,000kmが昭和初期以前に建設
通信用トンネル800km約5%で鉄筋の腐食 20年以上経過の約10%

道路トンネルの変状の特徴

 道路トンネルでは1990年以後のトンネル延長の延びは著しく,1995年4月現在で約7,500箇所,延長約2,200kmとなっている.1980年代以降はNATM工法が本格的に導入されたために建設されたトンネル数に比べて変状発生トンネルの割合は小さくなっているが,それでも4%のトンネルで変状が発生している( (社)日本道路協会,1993,道路トンネル維持管理便覧 参照).
 以下に道路トンネル変状の特徴をまとめる(日本道路協会,1993,p13-18).

■変状現象:漏水;60%
 変状のあるトンネル;全トンネルの24%
  クラック発生,施工継ぎ目の開き,剥離,石灰等の析出
  路面の変状,押し出し,側溝の変状は少ない.
■変状の多いトンネルの建設年代:1961〜1970
                1971〜1980
■変状発生までの供用年数:10年以内;約30%
             30年以内;約90%
■変状発生箇所の土被り:40m以下の箇所で多い傾向にある.
■変状発生箇所の岩種:第三紀層が約40%
           火山岩,中生層が11〜13%
           変成岩,深成岩,古生が7〜9%
           脈岩,洪積層は5%以下
■変状発生原因:漏水または凍害,老朽,偏土圧,覆工背面の空洞,膨張性地圧,異常水圧・出水,地すべり,支持力不足など
■変状対策工:吹付けコンクリート,ロックボルト,裏込め注入,繊維補強吹付け,内巻きコンクリート

トンネルの破壊

 トンネルが完全に破壊した事例は比較的少なく,トンネルは安全な構造物と考えられてきた.しかし,坑口はトンネルの最大の弱点となっている.

 この20年くらいに発生した事例では,1996年2月10日の北海道の国道229号・豊浜トンネル古平側(北側)坑口の岩盤崩落,1997年8月25日と28日の国道229号・第2白糸トンネル瀬棚側(南側)坑口の岩盤崩落がある.これらの災害ではトンネル坑口が外力により一気に破壊されたのが特徴である.
 しかし,豊浜トンネルでは,崩落直前に通行者が土砂が天端から落ちてきているのを見て警察に連絡している.


豊浜トンネル崩壊.jpg
図13.2 豊浜トンネルの崩壊面
 高さ約100mのクレーンに左の淡灰色の部分が崩壊面である.崩壊面の上方とトンネル坑口付近の地質は,砂岩を挟在したに自体赤誠のハイアロクラスタイトで,崩壊面の主要部分はフォアセット層理を持つ初生的なハイアロクラスタイトである.このハイアロクラスタイトの上面に大きな氷柱が形成されている.
 写真右側にフィーダーダイクがあるが,写真では分からない.
 現在は,この坑口を道路から見ることはできない.
(参考文献:北海道地区自然災害科学資料センター,1966,北海道地区 自然災害科学資料センター報告.Vol.11)

 また,JR室蘭本線礼文浜トンネルでのコンクリート塊の落下事故では,覆工コンクリートに押し抜きせん断を示す放射状のクラックが発生していた.
 このようにトンネルが破壊する前に前兆現象が観察された事例がある.

 1990年2月4日に千葉県の国道127号小山野トンネルで発生した崩落事故は,土被り約23m(坑口から38mの地点)の所で,トンネル天端が高さ約4.0m,幅約5.5m,トンネル方向に約6.6m(土砂量約200m3)にわたって崩落したものである.
 このトンネルでは前日もパトロールをしていたが崩落の予兆は見られなかった.トンネルの地質は,半国結の砂岩であったため一気に崩壊が発生したと考えられている.

 幸い人身事故はなかったが,建設省ではこの事故を受けて全国約6,000の道路トンネルの緊急点検を実施した.
 その結果,約10%のトンネルで軸方向の5m以上のクラックがあることが判明した.この崩壊も一つの契機となって,道路トンネルについては1993年に「道路トンネル維持管理便覧」(以下「便覧」と呼ぶ)が発行されトンネル維持管理の手法が確立された.

変状対策マニュアル

 鉄道トンネルについては,鉄道総合技術研究所から一連のマニュアルが発行されている.
 発電用水路トンネルの検査は,狭隘かつ長距離の水路内での作業となるのが特徴であり,「水路トンネル覆工および背面探査システム」,「水路トンネル内面クラック探査システム」,「水路トンネル内部水垢除去装置」などの検査機械を開発して検査を短時間で高い信頼度で行えるようになっている.
 また,旧日本道路公団では,1998年の設計要領第三集の改訂で,「トンネル本体工保全編[変状対策]」を制定し,以後,随時改訂を行っている.
 2001年に道路保全技術センターから発行された「道路トンネル点検・補修の手引き【近畿地方整備局版】」がある.このマニュアルでは,定期点検の体制,頻度について詳しく述べられているほか,点検・調査技術の高度化に重点を置いている.
 道路保全技術センターは,2011年3月に解散している.

 道路トンネルについては,平成51993)年11月に発行された「道路トンネル維持管理便覧」(日本道路協会)が,基本図書である.


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社会基盤メインテナンス工学

 鋼構造物,コンクリート構造物,トンネル構造物,斜面構造物など各種構造物については,メインテナンス工学の観点から取り扱うことが必要となってきている.
 既設構造物の調査・点検,性能評価,劣化・寿命予測,処置・対策という維持管理フローを採用するが,それぞれの段階で工学的に妥当な評価を行うことが求められる.

 同時に,建設時にその構造物の性能を設定し,この性能を維持するために補修や補強をどのようなタイミングで行うかを検討することも必要となる.この場合,構造物の置かれた環境に起因するリスク(例えば,海砂のコンクリートへの使用,海塩の飛来によるコンクリートや鋼構造物の劣化など)を予測したり,地震や水害あるいは地すべりや岩盤崩落と言った不測の外力によるリスクを予測することが求められる.

 コンクリート構造物の劣化に関わる因子とそのメカニズムについては,中性化,塩害,凍害,アルカリ骨材反応,化学的侵食(二酸化炭素や酸類により耐力が低下する現象),疲労などについて,劣化機構,予測手法,性能照査がかなりの精度で可能となってきている.

 メインテナンス工学にとっての重要な点は,それぞれの構造物の建設時およびその後の維持管理履歴のデータベースを整えることである.

<参考文献>

土木学会,2004,社会基盤メインテナンス工学.東京大学出版会.


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13.2 トンネル変状調査

 トンネル変状調査の一般的な流れは,JTA(日本トンネル技術協会)保守管理委員会(1998)やNEXCO設計要領第三集(2014)などに示されている.
 ここでは,道路トンネルの変状調査を中心に述べる.

 なお,鉄道トンネルの変状調査の特徴は,安全管理をきちんと行わなければ調査時に重大な事故を起こすということである.鉄道では多くの場合,活線(列車運行を確保した状態)での調査となるため,列車の運行を正確に把握し十分な時間を持って退避することや高電圧の送電線に絶対接触しないよう注意する必要がある.
 トンネルそのものの変状現象や変状原因は道路トンネルと変わらない.

 既設トンネルの変状調査の留意点は以下の通りである.

  1. 変状トンネル調査・対策工検討では,トンネル構造の安定,通行車両の安全,建築限界や道路線形の確保の三つを基本とする.さらに,必要に応じて合理的かつ効率的な対策工を立案する.また,通行規制は最小限にとどめるよう考慮する.
  2. 変状トンネルでは,対策工のやり直しは極力避ける.したがって,必要な範囲で長期的に見て手直しがないような対策工を計画する.ただし,変状対策工と日常の点検管理との兼ね合いで可能な場合は,必要最小限の対策に留めることも検討する.この点では,変状が進行しているか否かが一つの大きな要点となる.
     また,変状原因が外力によるものかそれ以外の原因かは,補強工で対応するか補修工で充分かを判断する大きなポイントである.
     メインテナンス・マネジメントの観点からはライフサイクル・コストの検討を行い,性能を維持するための最小限の対策が経済的かどうかの検討を行うことになる.
  3. 変状調査時も勿論であるが,変状対策施工時も通行規制は最小限に留めるが,同時に調査や工事の期間中の安全についても十分な注意が必要である.作業員の安全は当然であるが,第三者事故の発生は起こしてはならない.
  4. 維持管理のためには,新設時の工事記録と同時に,供用後の維持管理,補修・補強記録を整備しておくことが重要である.変状調査で得られたデータ(クラックの発生位置・性質・規模,クッラク変位量,トンネル縦断の通りなど)を解釈する上でこれらの記録は非常に重要である.
     このようなデータベースは新たにトンネルを建設するときの設計・施工の参考にすることにより経済的で信頼性のあるトンネルとすることが出来る.

標準的な調査手法

 日常的な点検は各事業体で定期的に実施しており,変状が軽微で応急対策で間に合う場合には,調査・対策は必要ではない.ある程度変状が進行し通行にも支障がでてきた場合に応急対策を行いながら標準調査を行うことになる.

 定期点検については,「平成14年4月 道路トンネル定期点検要領(案)」(国土交通省道路局国道課)および「平成13年7月 道路トンネル点検・補修の手引き[近畿地方整備局版]」((財)道路保全技術センター)が参考になる.ここでは,初回点検とその後の点検の頻度,方法が具体的に述べられている.点検の柱は,目視と打音検査で,応急処置として危険なコンクリート覆工のたたき落としを行い,その後の調査・対策の必要性の判定を行う.

 詳細調査は,標準調査である程度変状原因が明にしてさらに原因の特定と対策工の立案を目的として行うものであるので,トンネルの構造的欠陥(巻き厚不足や背面の空洞の存在,覆工コンクリートの強度試験,トンネルの断面形状)やトンネル周辺地山の応力状態(覆工等の応力,緩み深度確定,地すべりの有無)などについて調査を行う.

 以上は標準的な調査手順であり,これに則って実際の調査は進められる.

実際の変状調査

 実際の変状調査の手順は次のようになる.

(1) 既存資料の整理:
 既存資料から,新設時の支保パターン,地質状況,湧水状況などを知ることができる.また,トンネル断面,インバート設置区間,補助工法の情報も重要である.
 特に坑口付近ではインバートが設けてあるのにクラックが入っている場合には,かなり重傷と考えた方がよい.建設年代も重要で,NATM工法になる前の矢板工法で建設されたトンネルでは天端付近に数十cmの空洞があるのは珍しくなく,この空洞が天端クラック発生の主原因となっていることが多い.
 しかし,変状が著しい古いトンネルでは,これらの施工記録がほとんど残っていない.

(2) クラック展開図の作成:

  1. 1) クラック展開図は変状調査の基本的な図面である.新設時の資料からトンネル断面を知り,天端のセンターライン,両側壁のスプリングラインの線を記入したものにクラックを記入していく.
     現在は,CCDカメラやレーザー・プロファイラーによる測量で,精度良く効率的にクラック展開図を作成することができる.このような機器を用いてクラック展開図を作成し,この図を持って経験のある技術者が主要なクラックを近接目視で観察し,変状原因の推定や対策工の範囲決定の判断をすることが必要である.
     ざっと見て路盤に変状があるようであれば路盤のクラックも記入する.完全に胴切り状態で,側壁から路盤まで続いているクラックは要注意である.
  2. 2) クラックを観察する場合には,クラックスケールを必ず用いる.人間の目は線状のものの幅を正確に認識できないようで,1mmの幅があると思ってもせいぜい0.5mm程度である.
  3. 3) クラックの性質も重要である.大きくは圧縮応力を受けて形成された圧座クラック(剥離を伴う),引張応力により形成された開口クラック,段差を持つせん断クラック,外力による変位を伴わないクラック(目地切れやコンクリートの乾燥収縮など)に分類して記載する.
  4. 4) 湧水点は正確に記載し湧水量も定性的でよいから記載する.エフロレッセンス(遊離石灰など)が出ているクラックはまだ貫通していないと考えてよいが,クラック付近が褐色化している場合には,クラックは貫通し背後の地下水がしみ出していると考えた方がよい.
  5. 5) クラックに全て番号を付け,クラックの性質,クラック幅,クラックの長さ,方向(縦断,横断,斜めなど),湧水の程度などをそれぞれのクラックについて記載しておくと評点法で評価を行う上で役に立つ.
  6. 6) 寒冷地や標高の高いところのトンネルでは,湧水がつららや側氷を形成し通行の障害となるほか,路盤に滴下した水がアイスバーンや氷筍を形成する.したがって,寒冷地などでは冬期の調査も行うことが望ましい.

注)エフロレッセンス:コンクリート中やトンネル周辺地山中の可溶成分が,水の移動によりコンクリートやモルタルの表面部分に析出すること,もしくはその析出物を言う(NEXCO設計要領第三集,2p による).


クラック展開図.jpg
図13.3 クラック展開図の例
 今や,化石的な図面かもしれないが,近接目視によるクラック展開図の一部である.
 それぞれのクラックに番号を付け,長さ,幅,段差,発生場所などを一覧表として示している.この表を使って点数化することが可能である.ここでは,冬期の氷柱や側氷を考慮した面導水工による漏水対策のみを行った.

(3)地表踏査:

  1. 1) トンネル全体の地質構成,地質構造を明らかにする.特に断層,地層境界,透水層,層理面や片理面等とトンネルとの関係を把握する.坑口付近は崖錐堆積物や風化部の分布状況に注意する.
  2. 2) クラック展開図に地質構造を反映できる図面を作成すると変状原因を検討 する上で非常に有効である.クラックの集中点や湧水点が地質構造とぴたりと一致することがある.方法としてはクラック展開図に地層境界や断層破砕帯を記入する方法,縦断図に手前のアーチ・側壁に分布するクラックを実線,反対側のクラックを破線で記入する方法などがある.場合によっては水平断面図を作成することも有効である.
  3. 3) トンネル変状との関係で重要なのは,地すべり地形の有無であろう.トンネルは基本的には円形構造であるので,横断方向に均等にかかる力に対しては比較的抵抗力があるが,縦断方向の力やトンネル全体が移動するような力に対しては抵抗力が小さいのが特徴である.したがって,地すべりとトンネル線形の関係を正確に把握する必要がある.
     また,地すべりの滑動力は数100tonというのは珍しくなく普通のトンネルの構造では対抗できない.

(4)地形測量とトンネル内測量:

  1. 1) 「平成5年11月 道路トンネル維持管理便覧」(日本道路協会:「便覧」)では詳細調査で実施することになっているが,少なくともトンネル内の測量は初めに行っておくのがよい.この目的は,天端,側壁脚部,出来ればアーチ肩部の通りを見ることである.スプリングライン付近にトンネル方向のクラックがある場合は側壁が押し出されている可能性があるので,側壁の水平変位を抑えておくことが必要となる.
  2. 2) トンネル変状は背面の地質状況や覆工の状態,地形条件に大きく左右され,変状の程度がトンネル区間で異なってくる.したがって,対策を必要とする区間を特定するためにもトンネル内測量は必要となる.
  3. 3) 目視でやや密なクラックが確認できるトンネルでは天端が数10cm以上沈下していると考えた方がよく,場合によっては建築限界を侵していることがある.


トンネル側部を補強した例.jpg
図13.4 トンネル側部を補強した例
 海に面した露岩部の裏を通過するトンネルである.既設の擁壁があり,トンネル横断方向のパイプルーフが施工されていたが,鋼管が持ち上がっていた.おそらく,天端崩落によってパイプに荷重がかかったためと考えられる.
 トンネル天端の縦断勾配を取ってみると約50cm天端が沈下していた.裏込め注入を行い,海岸側の崖は,もたれ擁壁で浸食防止を図った.FEM解析により安全な側部のかぶりを検討し,もたれ擁壁の施工区間を決定した.
 建設時に,ノッチが形成されていた区間に横方向のパイプルーフ工を施工したものと考えられる.

(5)クラック経時変化調査:
「便覧」でひび割れ簡易調査あるいは,ひび割れ形状変化調査とされているものである.
 最も簡単な方法は,クラック展開図作成時にクラック先端をマークしておくだけでよい.意外にクラックは進行するものである.

 モルタルパットは,ラックを跨いで固練りのモルタルを張り付けて,このモルタルにクラックが入るかどうかを観察するものである.この方法は,クラックが進行しているかどうかの判定は出来るが,その動き(変位の時期や変位量)がつかめない欠点がある.最近は簡単なバアーニア式のクラックゲージがあるので,それを用いるのが手軽である.ただし,目で確認できる位置(スプリングラインより下くらい)でないと使用できない.

 スプリングライン付近から上部に連続性のあるクラックがある場合は,電気式クラックゲージを設置せざるを得ない.その場合は,クラック展開図をもとにクラックの発生原因を想定し重要で代表的なクラックに設置する.

 クラックの進行性判定は,対策工の優先度に大きく影響する.当然,対策工法を検討する場合も大きな要素となる.進行しているのであればその原因をはっきりさせ力で対抗する必要がある.場合によっては,季節的な変動だけで変位が累積しない場合もある.

 また,面導水工のように覆工表面を覆ってクラックの状態が見えなくなる工法では,クラックの開口度が進行している場合には採用に際して十分注意する.進行性の把握が必要と判断した場合は観測窓を設けておく.

(6) 内空変位経時変化調査:
 一つ一つのクラックだけでなくトンネル覆工全体の変位を調査する場合がある.
トンネル新設時に行う内空変位測定の方法で行うことが出来る.内空変位測定は,従来はコンバージェンスメーター(ダイアルゲージと鋼製テープを組み合わせた高精度の巻き尺)で測定していたが,現在は標的をトンネル覆工表面に取り付け光波測量により三次元的に変位を求めることが出来る.

 また,写真計測の手法を使ってトンネル全体の変位を測定することもできる.クラック自体の進展状況や幅の変化を計測する方法,ターゲットを設けてその変位を計測する方法などがある.
 この調査は変状調査としては,あまり多く用いられないが,トンネル全体の変状の進行性を評価する場合には有効である.つまり,トンネルの一定区間が地すべりで移動している可能性がある場合などである.

(7) 覆工劣化調査:

 特に,建設後,長年月を経過して覆工コンクリートが劣化している場合には,変状の主原因がコンクリートの劣化にある可能性が大きい.このような場合には,覆工コンクリートの劣化程度を調査する必要がある.
 最も簡易な方法は,岩石ハンマーで覆工をたたいてその硬さをみることである.
 また,シュミットハンマーによる強度試験も有効とされている.しかし,長年月経過した覆工コンクリートの表面には塩類が付着しており,正確な強度を表面をたたく方法で得ることは難しいことが多い.また,セメントが流出してジャンカが形成されている場合には,骨材の強度を測定していることになる.

 したがって,コンクリートの劣化が主な変状原因と判断した場合は,コア抜きにより供試体を採取して強度試験および中性化試験を行う必要がある.
 また,クラックが貫通しているかどうかの判定をする場合は,コア抜きでクラックを跨いで抜くことにより判定できる.

表13.2 覆工コンクリートの圧縮強度の違いの例
試料シュミットハンマーによる
推定強度①
一軸圧縮強度試験②②÷①
試料1675kgf/cm2270kgf/cm240%
試料2550kgf/cm2225kgf/cm240%

(8) 気象調査:

 トンネルのクラックの挙動などは気温や降水量に影響されていることが多い.とりあえずは近くに気象観測点の気象データを収集する.

 気温;日平均気温,日最高気温,日最低気温
 降水量;日降水量

 

 必要に応じて過去のデータも収集し,当該年の気象条件が異常かどうかの判断を行う.

 寒冷地では凍結がトンネル変状の有力な原因となることがある.
 その場合には,トンネル覆工背面の凍結深と気温を測定するのがよい.地中温度と気温とはかなりのタイムラグがあるので,春先にはやや長期に観測する必要がある.
 凍結深の最も簡単な測定方法は凍結深度計を埋設し定期的に取り出して観測することである.何段かに分けてサーミスターを埋め込んで深度ごとの地温を測定する方法もある.この方法では地温勾配を得ることが出来る.
 どの程度の精度で地中温度を得るかはやはり変状原因が何かによって異なってくる.クラック展開図にもとづく変状原因の推定が全ての出発点である.

 以上が主として変状原因を推定するための調査である.これに対して,主として対策工を検討するための調査がある.

(9) 地形測量:
 トンネル変状は,特に坑口付近に発生することが多い.
 土被りが著しく大きい場合にはあまり意味がないが,最低,坑口付近だけでも地形測量と縦横断測量を行い地形とトンネルとの関係,特に偏圧地形かどうか,極端に側壁部の土被りが薄い区間がないかの検討を行っておく必要がある.
 鉛直方向の土被りについては比較的見逃すことは少ないが,水平方向の土被りは横断測量をしてはじめて分かることがあるので注意を要する.

(10) 地山挙動調査:
 トンネル周辺の地山の挙動を把握するための調査で,トンネル内,トンネル外でボーリングを行い,地中変位計,傾斜計,パイプひずみ計などを設置し,地山の挙動とクラックの挙動との関係を把握する.

 ボーリング孔を利用して各種検層や現位置試験を実施するのは新設時の調査と同様である.特に変形係数は,重要な地山定数である.著しく変状が進んでいる場合には,粘着力および内部摩擦角が必要となってくる.
 トンネル坑内からのボーリング調査は,覆工厚,覆工背面の空洞の有無,地山の緩み範囲を確認する.工夫をすればコア抜き機で覆工を含めて5m程度の深度まではコアを採取することが出来る.ボアホールカメラにより亀裂の方向,開口度,性質を把握することも変状原因の推定に有用である.

 補強対策としてロックボルトを打設する場合には,緩み範囲の把握が必要となってくる.まず,ボーリングのコア状況で推定し,地中変位計により確認するというのが一般的である.速度検層あるいは坑内弾性波探査も有効な方法である.また,コア状況から自穿孔ロックボルトでないと打設できないかどうかの判定も行える.

 覆工背面の応力測定は,よほど変状が著しくかなり剛な構造で対抗しないと変状が収まらないと判断した場合には必要となる.ただし,ここで測定される応力はあくまでも測定時点からの応力増分である.

(11) 水質調査:
 トンネルからの漏水が有害な役割をしている場合には,水質調査が必要となる.
 漏水を舐めてみて舌に渋みを感じるようであればpH4程度と考えてよく,すっぱみを感じるようであればpH3以下と判断してよい.水質がおかしいと感じたならpHメーターで現場測定し,必要であれば室内水質試験を実施する.

(12)空洞調査:
 覆工背面の空洞調査にはレーダー探査が有効である.レーダーでは覆工厚,背面の空洞,鋼製支保工あるいは鉄筋がある場合はその位置を把握することが出来る.

(13)地山試料試験:
 地山試料試験としては,一般的な岩石試験と膨張性粘土があると判断した場合にはX線回折を行う.寒冷地ではシルト岩が分布する場合には凍上試験を行う必要がある.

地山試料試験;比重・吸水率試験,単位体積重量試験,一軸圧縮強度試験,圧裂引張試験,超音波伝播速度測定
(一軸圧縮試験では静弾性係数,静ポアソン比を求める)

特殊な試験;膨張圧試験(膨張量,膨張圧),凍上試験(凍上量,凍上圧)
覆工コンクリートについては中性化試験,一軸圧縮強度試験を実施する.


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13.3 変状原因の推定

 変状原因は多くの場合いくつかの原因が重複しているので,明確に変状原因を特定することは難しい.しかし,対策工立案のためには,主要な変状原因と付随する変状原因とを区別して推定し効率的,経済的な対策工とすることが肝心である.
 様々な不確定要素があるが,対策工の規模,範囲を決定する重要な要素である.

表13.2 変状原因一覧表
変  状  原  因
外 力緩み土圧(主として鉛直圧,突発性の崩壊)
偏土圧・斜面葡行
地すべり
膨張性土圧
支持力不足
水圧・凍上圧
材質劣化経年変化
凍害
塩害
有害水(強酸性水)
使用材料・施工条件(セメントの水和熱による体積変化)
鋼材腐食(坑門や坑口付近)
アルカリ骨材反応
火災(覆工コンクリートが高熱になる)
その他(排気ガス中の窒素酸化物による酸性水の生成など)
漏水凍結によるクラックの開口と材質劣化
その他
背面の空洞
巻き厚不足
インバートなし(長期的安定が保たれていない)
注)外力による変状は,クラック展開図のクラックの分布形態である程度,推定することが出来る(例えば,NEXCO計要領第三集や「便覧」 参照).

 以下,各変状原因の特徴を述べる.

緩み土圧による変状

(1)主として鉛直圧による変状で天端付近のトンネル軸方向に開口クラックやアーチ肩部の水平または斜めのクラックが発達する.
(2)天端の突発的な崩壊(砂質系の地山で発生)
 ⇒古いトンネルでは天端に空洞があるのでこの空洞が拡大して鉛直荷重が作用しクラックが発生する.
 ⇒鉛直荷重が覆工に伝わるとスプリングライン付近に圧縮性クラックが発生する.また,変状が進むと覆工脚部が沈下し側溝が浮き上がることがある.

塑性圧(膨張性土圧)に起因する変状

(1)側壁あるいはアーチ肩部に水平(トンネル縦断方向)クラックが発生する.
 ⇒鉛直方向の応力が卓越している場合には,天端に開口クラックが側壁に圧縮性クラック(圧挫)が発生するためである.一般には,側圧係数(=側圧/鉛直圧)は0.2〜0.5くらいといわれておりトンネルは基本的に鉛直圧が卓越していると考えてよい.
 ⇒アーチ肩部のクラックは鉛直土圧が作用して肩部の覆工厚が薄い場合に発生しやすい.
(2)側壁の押し出しによる内空幅の縮小.天端の圧挫.盤ぶくれ(路盤,側溝の持ち上がり.インバートの変状).
 ⇒これらの変状は凍上によっても生ずるし,膨潤性粘土を含む軟岩地山でも発生する.地山状況や気象状況を含めて検討する必要がある.

偏土圧による変状

(1)地形的な偏圧部では斜面が葡行(クリープ)していることが多くこの作用がトンネルに影響する場合がある.
(2)山側アーチから部に水平(トンネル縦断方向)の開口クラック,食い違い.
(3)天端あるいはアーチ谷側に圧挫
(4)山側スプリングライン付近の食い違い
(5)断面軸の回転
(6)川側壁部に水平か意向亀裂が発生し,偏圧の始終点付近に斜めクラック
 ⇒偏圧が作用している場合は斜め方向の応力が卓越しているので山側アーチ肩部に開口性クラックが発生する.
 ⇒トンネル断面全体がゆがんでいることもある.断面測量をすることにより偏圧の有無を確認できる.
 ⇒トンネルの土被りが十分ある区間から次第に土被りの薄い偏圧区間に移行するとトンネル断面がねじれるような応力を受ける.

地すべりによる変状

 基本的には偏圧・斜面葡行の場合と同様のクラックが発生するが,すべり面がトンネルと交差する場合は,交差付近でせんだん破壊が生じ水平,横断,斜めなどの雑多なクラックや食い違い,剥離が発生する.
 また,トンネル全体が移動し通り狂いが発生する.
 ⇒地すべりの滑動力は非常に強大であり,一度活動をはじめた地すべりをトンネル内から抑止することは不可能である.

水圧による変状

 スプリングライン付近の継ぎ目やクラックから漏水が増加し場合によっては排水溝から土砂が流入する.
 ⇒水圧が大きい場合には内空断面が縮小する.寒冷地では氷柱によりクラックが拡大し覆工コンクリートの劣化が進行する.

支持力不足による変状

 トンネル横断方向のクラックが発生するのが特徴である.支持力不足区間の始・終点では側壁に斜めクラックが分布することがある.路盤までクラックが連続しているかどうか注意する必要がある.
 坑口ではトンネル全体が沈下し坑口に向かって天端沈下が著しくなる.
 ⇒トンネル天端の縦断測量で明瞭に沈下が現れる.

凍上圧による変状

 水が集中している部分に圧力が働きクラックが発生するので不規則であるが,路盤の盤ぶくれ,側壁の押し出しなどが特徴である.

材質劣化

 材質劣化に関しては,コア抜きによる各種試験を実施する必要がある.クラック展開図作成の段階で覆工壁面の観察から特に劣化が著しい区間を特定しておく.
また,クラックの形態から施工不良の原因を推定することが出来る.

 トンネルの材質劣化は覆工コンクリートの劣化が大きな要因となる.トンネル背後の地山が酸性水などを含んでいて,それによりロックボルトや鋼製支保工が腐食して覆工コンクリートが劣化することも考えられるが,基本的には覆工表面から劣化が進行する.
 コンクリートの経年劣化は避けられない.代表的な要因として,中性化,塩害,凍害,アルカリ骨材反応,化学的侵食,疲労がある(「社会基盤メインテナンス工学」より).

中性化

 中性化は空気中のに酸化炭素がコンクリート中の細孔に進入し炭酸イオンあるいは重炭酸イオンが形成される.これらのイオンとカルシウムとが反応し炭酸カルシウムが生成する.この炭酸化により細孔中の溶液のpHが低下すると同時に細孔構造が変化しコンクリートの強度が低下する.
 pHが低下し鋼材が腐食し始めると体積増加によりひび割れが発生し劣化が加速される.トンネルの場合,覆工が中性化して鋼製支保工が腐食すると劣化が加速すると考えられる.
 中性化による劣化速度の予測や性能照査については理論的には明らかになりつつあるが,現状の技術レベルでは定量的な性能評価は困難なことが多く半定量的な評価を行っている(土木学会,「コンクリート標準示方[維持管理編],同[施工編]」など参照).

アルカリ骨材反応

 アルカリ骨材反応とは次のような現象である.

(1)アルカリ骨材反応は,アルカリ・シリカ反応,アルカリ・シリケート反応,アルカリ炭酸塩岩反応の3つに分類されるが,日本ではアルカリ・シリカ反応が最も事例が多い.
 この反応の機構は,骨材に含まれる反応性のシリカ鉱物とセメントから供給される水酸化アルカリが水の存在のもとで反応してアルカリ・シリカゲルを形成する.このアルカリ・シリカゲルが吸水して膨張圧でコンクリートにひび割れを発生させる.ひび割れは進行性である.

(2)ひびわれの形態は次のような特徴がある.
 無筋構造物やRC構造物でも鉄筋による拘束の影響が少ないものでは亀甲状のひび割れが発生する.RC構造物では鉄筋に沿ったひび割れが発生する.ひび割れからゲルの浸出が伴っていることが多い.

(3)アルカリ・シリカ反応を起こす骨材中の反応性成分としては,オパール,クリストバライト,トリディマイト,火山ガラス,玉随,潜晶質石英など結晶していない水を含んだシリカである.
 岩石としては安山岩,凝灰岩,チャート,粘板岩,砂岩などである.また,玄武岩も問題となる.

 アルカリ・シリカ反応による構造物の劣化機構は明らかになっているが,これにもとづいた構造物の寿命予測は実用化されていない.
 アルカリ骨材反応によるコンクリートの劣化は,化学反応によりアルカリシリカゲルが形成される段階,アルカリシリカゲルが吸水して膨張する段階とがある.この膨張量を予測する方法としては,構造物をコア抜きして得た試料で促進養生試験を行って残存膨張量を測定する方法がある.
 性能照査については,コンクリート標準示方書[維持管理編]に判定表が載っている.

有害水による変状

 有害水(主としてpH4〜5以下の酸性水)によるコンクリートの劣化は漏水が浸透する範囲のコンクリートや目地モルタルの劣化を引き起こす.有害水による劣化の特徴の一つは覆工背面から進行することである.
 酸性水の生成環境は次の通りであるが,トンネルに影響するのは主に火山地帯の酸性水である.

(1)植物の炭酸同化作用やバクテリアによる生物体の分解によって発生した炭酸ガスが水の中に溶存したままになっている地下水.
(2)植物の以外などの不完全な分解によって生じた腐植酸を含む水.
(3)火山岩地帯にいられる強酸性の温泉水や鉱床を伝わって湧出する地下水.

凍害による変状

 凍害によるコンクリートのクラックの特徴は,セメント硬化体の膨張により亀甲状に発生することで,一度クラックが発生すると凍結融解の繰り返しにより次第に深部に及び剥離する.

 凍結圧の機構は次のように考えられている.
 コンクリートに含まれる水が凍結して膨張すると約9%の体積膨張を生ずる.コンクリート内部の空隙よりも水の自由膨張量が大きくコンクリートの引張強度(=16kgf/cm2)より水の膨張圧が大きくなると,ひび割れ(クラック)が発生する.
 このような凍結によるコンクリートの劣化は−2℃程度では進行せず,−5℃を下回ると著しくなる.水の膨張圧は圧力と温度によって異なるために一概に言えないようであるが,鉛直の埋設管を持ち上げる力に対抗する力を凍着凍上力といい,実験によれば約2kgf/cm2であったという.
 水の膨張圧は圧力に関係しているため剛な支保構造で対抗させて凍結しようとする水の周辺の圧力が高くなると凍結しにくくなるようである.

 凍害の進行予測手法は確立されていない.性能評価も外観目視結果にもとづく半定量的な評価手法となっている.

塩害による変状

 塩害は海岸部に建設されたトンネルで問題となる.
 塩害の発生原因は海岸部のトンネル覆工表面に海水中の塩素イオンや硫酸イオンが付着してセメント類と反応する場合とコンクリートの材料である砂の中に塩類が混入している場合とがある.
 海水中のに溶存しているイオンのうちコンクリートの劣化に影響するのは濃度が高い塩素イオンである.塩素イオンはセメント水和物である水酸化カルシウムと反応して塩化カルシウムなどの劣化生成物を生成する.この劣化生成物はコンクリートを多孔質化させたり膨張させたりして表面の剥離,ひび割れ発生などの原因となる.

 また,海水中の硫酸イオンも水酸化カルシウムの反応して石膏などを形成してひび割れの原因となる.また,塩素イオンや硫酸イオンはコンクリート中の鋼材の表面に錆層を形成し被りコンクリートに鋼材に沿ったひび割れを発生させる.錆の体積は鉄の2.5倍,場合によっては6〜7倍となる.

 このような海水中の有害成分は,海水中に溶存する成分は海から飛来してくる海塩粒子によりもたらされたり海底トンネルのように地下水によってもたらされる場合(外的塩害)と除塩不足の海砂使用や塩化カルシウム系混和剤の不適切な使用による場合(内的塩害)とがある.

煙害による変状

 煙害は通行車両の破棄ガスやススに含まれる窒素酸化物(NOx)や亜硫酸ガス(SO2)が漏水と化合して硝酸,硫酸などを含む酸性水を生成する可能性がある.この酸性水がコンクリートを劣化させると考えられている.
ただし,それほどトンネルにとって深刻な問題ではない.

その他の変状原因

 その他の原因としては,主に施工不良や支保パターン選定やインバート設置の判断ミスなどがあるが,これらはあまり表に出てこない.

 背面の空隙や巻厚不足は,最近のNATMで建設されたトンネルでは比較的少ないが,矢板工法で施工されたトンネルでは天端に空隙が出来るのは施工技術上やむをえないところであった.また,矢板を鋼製支保工と地山の間に設置するために,覆工打設時にコンクリートが十分回らずに巻厚不足が発生した.

 インバートに関するトラブルは現在でもかなりある.これは,基本的には膨潤性地山の判定の問題で,掘削時には乾燥していて変位もあまり大きくなくインバートを省略したが,次第に水が回ってきて土砂化したことが原因である.水が着いた場合の強度を十分考慮する必要がある.また,インバートの厚さや曲率が不適切でインバートの変状が発生することもある(上越自動車道日暮山トンネルなど).

 トンネルは円形とするのが最も力学的には安定しているのであるが,掘削土量が多くなるために現在のような半円断面またはインバートの曲率を大きく(直線に近く)して土量を少なくしている.
 旧日本道路公団での施工実績から,インバートを設置しなかったために変状が発生したトンネルの82%が膨圧と塑性破壊となっている.

 また,変状の発現時間は施工後3ヶ月以内が51%を占めている.当初水が付いていなかったためにインバートを設置しなかったが,トンネル背面に浸み出した水により膨潤性地山が土砂化したことが大きな原因となっていると推定される.

 インバート設置の基準は定性的であるが,地山強度比と浸水後の地山の強度が問題となるので,インバート背面の試料採取を行い自然含水状態と飽和状態での一軸圧縮強度を得ておくことが有効である.
 ただし,膨張性地山では飽和状態まで試料が自立しないので,三軸圧縮試験を行う必要がある.

13.4 健全度評価

 健全度評価は「道路トンネル維持管理便覧」(日本道路協会,1993),「設計要領第三集 トンネル本体工保全編(変状対策)」(NEXCO,2014年7月),「トンネル補強・補修マニュアル」(鉄道総合技術研究所,2007)に詳細に述べられている.
 また,「コンクリートのひびわれ調査、補修・補強指針」(日本コンクリート工学会,2013)には,ひびわれの幅についての詳しい判定基準が示されている.
 詳しい健全度判定はこれらを参考にして欲しい.

道路トンネル定期点検要領(平成26年6月:国土交通省 道路局)の判定基準

 平成25年から26年にかけて構造物点検の要領が幾つか出された.
 平成25年2月 総点検実施要領(案) 【道路トンネル編】.国土交通省道路局.
 平成25年2月 総点検実施要領(案) 【道路トンネル編】 (参考資料).国土交通省道路局.
 平成26年6月 道路トンネル定期点検要領.国土交通省道路局.
 平成26年6月 道路トンネル定期点検要領.国土交通省道路局 道路局 国道・防災課.

 平成26年6月の「道路トンネル定期点検要領」は,国交省道路局名のもの(全50ページ)と国交省道路局国道・防災課名のもの(全75ページ)とがある.

 これらの点検は,次のように定められている.

  1. 道路法に規定する道路におけけるトンネル(道路トンネル)について行う.
     国道や高速道路,都道府県道,市町村道などの道路トンネルを対象としている.
  2. トンネル本体工と付属物の点検を行う.
     覆工などのトンネル本体だけでなく,内層版,照明などの付属物も点検の対象である.
  3. 近接目視を行う.
     通行規制をし,高所作業車を使って直接検査を行う.


トンネル点検箇所.jpg
図13.5 H26年道路トンネル定期点検要領の点検箇所の図
(国土交通省道路局,平成26年6月,道路トンネル定期点検要領.13p)
 今回の要領では,平成14年点検要領の箇所のほかに,「道路附属物等」が点検対象箇所に追加された.

表13.3 トンネル点検判定区分
平成14年トンネル点検結果判定
(国土交通省道路局 国道課,27p)
平成26年トンネル点検対策区分の判定
(国土交通省 国道・防災課,30p)
S変状はないか,あっても軽微で応急対策や標準調査の必要ない場合
⇒点検表の作成
I利用者に対して影響が及ぶ可能性がないため,措置の必要としない状態
B変状があり,応急対策は必要としないが補修・補強対策の要否を検討する標準調査が必要な場合
⇒標準調査の実施
IIb将来的に,利用者に対して影響が及ぶ可能性があるため,監視を必要とする状態
IIa将来的に,利用者に対して影響が及ぶ可能性があるため,重点的な監視を行い,予防保全の観点から計画的に対策を必要とする状態
III早晩,利用者に対して影響が及ぶ可能性が高いため,早期に対策を講じる必要がある状態
A変状が著しく通行車両の安全を確保できないと判断され,応急対策を実施した上で補修・補強対策の要否を検討する標準調査が必要な場合
⇒応急対策および標準調査の実施
IV利用者に対して影響が及ぶ可能性が高いため,緊急に対策を講じる必要がある状態


表13.4 トンネル判定区分の対比(国土交通省 国道・防災課,32p)
トンネル判定区分対比.jpg
(1)本要領:国交省道路局 国道・防災課,平成26年6月,道路トンネル定期点検要領.30p.
 2)便覧等の点検結果判定(3区分):国交省道路局国道課,平成14年4月,道路トンネル定期点検要領(案) (参考資料).27p.
(3)便覧等の調査結果判定(4区分):日本道路協会,平成5年,道路トンネル維持管理便覧.124−125.

13.5 変状対策のポイント

 以下に,これまで行ってきた変状対策調査でのポイントとなる点について列記する.

  1. トンネル変状調査では,どれだけ正確で変状原因が推定できるクラック展開図を作成するかが重要である.
     クラックの位置を正確に記載するには目地の位置,型枠の大きさなどをきちんと計測することが必要である.作業としては高所作業車によりアーチ部のクラックの観察を行い,チョークなどでクラックの上をなぞり,開口幅,長さを覆工に直接書き込んで写真撮影を行う.
     汚れが著しい場合には覆工壁面の清掃を行う.記載事項はクラック展開図の例に示したように,クラックと目地切れの区別,クラックの性質(圧縮性か引張性か),クラックの幅・長さ,方向,湧水の位置,湧水点付近の色(白華か酸化鉄の色か),つらら・側氷の状況,補修跡などを記載する.
  2. 変状調査での一番のポイントは変状原因の推定である.
     変状原因については総合的な判断が必要であると同時に,区間によっても異なるのでクラック展開図をもとに変状の特徴をにらんで区間分けする.坑口付近と一定の土被りがある区間とでは当然原因が異なるし,湧水の多い区間とそうでない区間でも異なる可能性がある.また,クラックのパターンからも変状原因はかなり推定できる.
  3. 変状が進行性のものか,すでに進行が止まっているかも対策工を検討する上で重要なポイントとなる.
     内空変位やクラックの継続観測が出来れば最もよいが,モルタルパットやクラック先端を時間をおいて追跡する方法,簡易クラックゲージによる測定など安価に出来る方法で確認する必要がある.
  4. 健全度のランク付けは補修・補強対策の緊急性,経済性を判断する上で必要となる.
     判定の方法は一応確立しているが,最終的には技術者の判断が大きな比重を占める.トンネル全体の健全度判定とは別に,クラック展開図をもとに区間分けしたそれぞれについて変状原因と同様,健全度のランク付けを行う.クラック展開図に必要な情報が記載してあれば区間分けはそれほど苦労なくできる.
  5. 変状対策としては,補修と補強とがある.
     補修というのは,「トンネル覆工の耐力の直接的な強化にならないが,トンネルの機能が強化されるような対策」とされている.一方,補強というのは「トンネル覆工耐力を強化することにより変状の発生・進行を抑制する対策」とされている(鉄道総合技術研究所,1990,1-1p).
     すなわち,補修対策とは漏水の処理やクラックの充填,排水溝の整備など,主に覆工表面での対策となる.一方,補強対策はロックボルトや内巻きによる覆工および背面地山の強化であり,トンネル外からの地すべり対策なども含まれる.
     補修で済むか補強を行わなければならないかの一つの判断基準は変状が進行しているかどうかであろう.
  6. 採用する対策工が,施工可能かどうかが問題となる.
     条件として大きいのは交通止めが出来るかどうか,片側規制が出来るかどうかといったことである.
     その他に,例えば内巻きであれば建築限界を侵さないか,また既存の覆工の安定が保てるかどうかも問題となる.建築限界が問題となるのは内巻き工法やロックボルト工法を採用する場合,また面導水工の採用時にも問題となる.
     既存の覆工の安定については,圧力をかけて地山注入を行う場合に,逆に覆工を痛めることもあるので注意を要する.
  7. 対策工選定の要点は経済性はもちろんであるが,耐久性があるかどうか,施工性がよいかどうかも大きな問題となる.
     変状対策を行ったが,すぐに新たな変状が発生したのでは不経済である.この点で変状対策は根拠付けをきちんと行い,安全側の対策をとるのが長期的には経済的であると考える.施工性は交通を確保しながらの対策となると,かなり大きな比重を占める.仮設工も含めて施工計画を十分に検討する.
  8. 過去の変状対策の施工事例を収集することは欠かせない.
     最も手っ取り早いのは雑誌「トンネルと地下」で,トンネル補修についての連載を何回か行っているのでそれを参照する.
     「トンネルと地下」の1998年,29巻,5月号から8月号にかけての連載記事(建設・保守管理へのフィードバック)は参考になる.同じく1996年,27巻,8月号から11月号にも掲載されている(トンネルの新しい検査手法).
     古いものでは,1984年,15巻,5月号から1985,16巻,2月号まで(1985年1月号には掲載されていない)に「保守・維持管理シリーズ」が掲載されている.
     なお,「トンネルと地下」の記事の検索は,土木工学社のHPからできる.
     補修・補強の資料収集に関しては,古い示方書類が必要となることがあるので,古い示方書類は処分しないで電子データなど別の形でよいから保存しておくことが望ましい.
  9. 補強ランクという考え方がある.
     これは「変状トンネル対策工設計マニュアル」(鉄道総合技術研究所,1998)で採用されている考え方で,変状原因ごとに補強ランク区分を行い,ランクI〜IIIまでは標準設計を適用し,ランクIVは特殊な場合として別に検討することとしている.
     ランクI〜IIIについてもそれぞれのランクごとに工法が決められており,さらに現場状況に合わせて工法が検討できるように工法除去条件(その工法が採用できない条件)が示されている.
     鉄道トンネル特有の条件が含まれている(内空断面の余裕量など)が変状対策を検討する上で非常に参考になる考え方である.
    この考え方が,旧日本道路公団の【変状対策】に採用されたものと考えられる.

     具体的な対策工については,諸々の文献を参照されたい.


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    (2015年4月15日修正)


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