岩盤地すべりでは,側部に発達する沢で地すべり移動岩盤の構造を見ることができる場合がある.周囲の岩盤とは構造が明らかに異なり,破砕されすべり面に平行な粘土脈が見られ,すべり面粘土を見ることもできる.静岡県や山梨県などのように最近の隆起運動が活発な地域でいくつか見ている.
このような地すべりの判定方法として藤田(1990)は次のような地形的特徴と留意点を挙げている.
ただし,このタイプの地すべりを地形のみから判定することは難しく,崩壊事例の収集が必要である.
すなわち,初期の段階では岩盤のゆるみ(Sackung)によるクリープが発生し,これが発展して一つの弱面に歪みが集中する「すべり」(Gleitung)となるとする考え方である.
このザックングとグライトゥングを運動様式の違いとしてみると,ザックングでは地表に近い部分ほど運動速度が大きく地下に向かって小さくなるのに対し,グライトゥングではほぼ一様に移動土塊が運動する.
岩盤すべりがどの段階にあるかは頭部の陥没地形の発達程度,末端部の崩壊の有無等が目安となる.
注意すべき点は,このような岩盤すべりではすべり面の下に,潜在すべり面が存在することが多いことで,トンネル掘削時に予想しない応力が作用したり,地山が予想より劣化していたりする.
トンネル坑口の地形を判断する場合,地形からすべり面の発達がザックングからグライトゥングのどの段階にあるのかの判定ということになる.尾根状地形に遷緩線があり微妙な段差地形があり両側に凹地があるような規模の小さい風化岩すべりではほとんどがグライトゥングの段階と判断していいようである.特に,両側の沢状地形の最上部から湧水が見られる場合は,すべり面に粘土層が形成され遮水された地下水が湧出しているものと考えてよいだろう.基本的には,グライトゥングの段階の地すべりは土工により影響を受ける可能性が非常に高いと言える.
周氷河地形とは,地中水の凍結・融解の反復によって生じる凍結融解作用などの周氷河作用により形成された地形の総称である.このような周氷河作用が働く地域は,ほぼ年平均気温0℃以下の地域に一致する.現在の日本列島では周氷河限界は本州中部で標高約2,500?3,000m,東北地方で同じく2,000m,北海道では同1,500?2,000mである.したがって,近畿地方から南では現在,周氷河作用は働いていないと考えてよい.
約7万年前から始まる最終氷期の後半(約3万年前から1万年前)の最寒冷期には,日本列島では年平均気温の等温線が現在よりも約1,500m低下した.この時期,周氷河地形の分布域は九州でも標高1,500m付近まで低下し,東北北部から北海道ではほぼ海水準まで周氷河地形が形成されたと考えられている.
具体的な周氷河地形の特徴を,東北地方と北海道の例で挙げる.
東北地方の例では,谷側に凹の等高線が形成され,一見崩積土地すべりのような地形となっているのに対し,北海道の例では,谷側に尾根状に突き出した地形と頭部陥没状の地形となっている.
表6.3.1 風化岩地すべりと周氷河環境で形成された地形の比較
事項 | 風化岩地すべり | 北海道新得町 | 山形県川樋 |
頭部地形 | 頭部滑落崖は不明瞭なことが多いが,急斜面となだらかな斜面の組合わせとなる.場合によっては,頭部陥没と分離残丘がある. | 明瞭な頭部滑落崖に相当する急崖はない.頭部陥没と見ることが出来る凹地はあり,その前面に逆傾斜の分離残丘状のケルンバットがある.このケルンバットには巨礫が分布している. | 頭部滑落崖に類似した凍結破砕崖と見られる露岩帯がある.その上部には不明瞭な溝状凹地も認められ,崩壊頭部と見ることもできる. |
中間部地形 | 比較的一様な斜面となるが,いくつかの段差地形が認められることがある. | 上に凸の整一な斜面で段差地形は認められない.斜面には巨礫が分布していることがある. | 傾斜25-45°の直線状の弱い凹型を呈する.直径数十cmの角礫が多量に分布し,数mの礫も点在する. |
末端部地形 | 上に凸の斜面形を示し明瞭でない場合もあるが移動岩塊の形が認められる. | 末端は表層崩壊を起こしていることがあるが,下に凸の斜面で明瞭な境界がなく段丘面に漸移する. | 傾斜10°以下の平滑な斜面を形成する.表層には径数十cm?数mの礫が散在し,先端は泥炭地に没する.堆積物の層厚は薄い. |
平面形 | 馬蹄型,角形で側部に沢が発達していることが多い. | 馬蹄型で両側に沢が発達している.沢の上流では崩壊地が見られる. | 馬蹄形−角形であるが,周囲の斜面が広く発達する.沢は未発達である. |
構成地質 | 頭部付近は褐色化した亀裂の多い風化岩で末端では巨礫混じり砂質土であることが多い. | 花崗岩で風化は比較的深い.末端でも同じ様な地質状況である. | 中新世の凝灰岩−火山礫凝灰岩で軟岩主体.中腹に硬質な層がほぼ水平に分布する. |
地下水状況など | ブロックの両側に発達した沢の上流で湧水していることが多いが,地すべりブロック内の地下水位は低い. | 両側の沢の上流では湧水しており地下水位は比較的浅い. | 斜面下方で少量の湧水があるが,全体に水量は少ない.下部の緩斜面では礫が多いため伏流する. |
トンネル坑口の地形を判断する場合,地形からすべり面の発達がザックングからグライトゥングのどの段階にあるのかの判定ということになる.
尾根状地形に遷緩線があり微妙な段差地形があり両側に凹地があるような規模の小さい風化岩すべりでは,ほとんどがグライトゥングの段階と判断していいようである.特に,両側の沢状地形の最上部から湧水が見られる場合は,すべり面に粘土層が形成され遮水された地下水が湧出しているものと考えてよいだろう.基本的には,グライトゥングの段階の地すべりは土工により影響を受ける斜面の安定度が低下する可能性が非常に高いと言える.
トンネルと地すべりの関係はトンネルが地すべりの直近を通過する場合と地すべり土塊中を通過する場合とに分けられる.
単純化すれば表6.3.1のようになるが,当然トンネル方向を地すべり移動方向が斜交している場合もある.
表6.3.2 トンネルと地すべりの関係
(1)トンネル方向と地すべり運動方向が並行の場合. (1.1)坑口が地すべり頭部付近に位置する. (1.2)坑口が地すべり末端付近に位置する. (2)トンネル方向が地すべり運動方向と直交する場合. (2.1)トンネルが地すべり頭部付近を通過する. (2.2)トンネルが地すべり末端付近を通過する. |
トンネルの掘削幅は,一般の2車線トンネルでは約10mである.これに対して,トンネル坑口地すべりで問題となる地すべりの規模は,小さくても幅は50m程度はある.したがって,トンネル掘削によって地すべり移動土塊を除去しても地すべり全体ではそれほど大きな土量とはならないので,トンネル掘削による荷重の減少分を三次元的に見込まなければならない.そのために,考え出されたのが板垣の方法であり,ウィットマン-ラムの疑似三次元安定解析である.最近はホフランド法による三次元解析が用いられるようになっている.
いずれにしても,トンネル坑口地すべりの安定解析では,地すべりブロックを三次元で捉えてその形態を把握する必要がある.
Fs=[Σ(W’cosθ-U)tanφ+CΣL-CΣ(b/B)l]/[ΣW’sinθ]
ただし,
C:すべり面の粘着力(掘削前の値)
φ:すべり面の内部摩擦角(掘削前の値)
L:全体のすべり面の長さ
l:トンネルがすべり面を切る長さ
B:地すべり横断面でのすべり面の長さ
b:地すべり横断面でのトンネルがすべり面を切る長さ
W’:各スライスごとの重量(トンネル掘削による減少分考慮=
h{(A-a)/A)})
h:主測線上での土被り高さ(掘削前)
θ:各スライスごとの重心直下のすべり面傾斜角
U:間隙水圧(トンネル掘削による水位低下は考慮しない)
Fs:安全率
Fs=[Σ(W’cosθ-U)tanφ+cΣL-cΣl]/ [ΣW’sinθ]
ただし,記号は上の式と同じ.
安定計算式は次のとおりである.
Fs=[Σ(N-U)tanφ-Σ(N’-U’)tan(1-βφ)φ+cΣL-(1-βc)Σl]/ΣT
だだし,
Fs:計画安全率
N :分割片の重量による法線力
U :すべり面に作用する間隙水圧
N’:ゆるみ範囲内にある地すべり面上にある分割片の重量による法線力
U’:ゆるみ範囲内にあるすべり面に作用する間隙水圧
L :すべり面全体のすべり面長
C :すべり面の粘着力
φ:すべり面の内部摩擦係数
βφ:φの低減率(土質により0.75-0.85とする)
βc:cの低減率(土質により0.4-0.6とする)
表6.3.3ゆるみ領域におけるCの低下率(C’/C0)
(奥園,1997,p18)
Φ0 | 10゜ | 15゜ | 20゜ | 25゜ | 30゜ |
α=0.30の時 | 0.31 | 0.32 | 0.33 | 0.34 | 0.35 |
α=0.40の時 | 0.42 | 0.43 | 0.44 | 0.45 | 0.46 |
一方,すべり面の下方には地すべり運動による歪みゾーンが形成されることが分かっているが,この歪みゾーンの厚さは0.1H(H=地すべり層厚)程度とされている.
以上のようにして求めたゆるみ領域が地すべりの安定度をどの程度低下させるかの検討を行う.
すなわち,すべり面とトンネル天端との距離は少なくとも10m必要で,これまでの地すべり地外でのトンネル施工による地すべり発生事例を見ると20m以上を確保するのがよい(板垣,1981,P41).
なお,地すべり滑動方向と直交にトンネルを掘削した場合で,トンネル掘削による水位低下を見込んだモデルケースの安定計算では安全率が6%程度低下する場合があるとされている.
以上のような検討を経て決定したのがトンネル周辺のゆるみ領域の扱い方である.
トンネルの方から見た場合,NATM工法でトンネルを掘削した場合の緩み領域は,これまでの測定結果からはほぼ6m以下で,変位測定による緩み領域は0.6D程度とされている.トンネル補強工法や地質条件によってトンネル掘削で生ずる緩み領域を0.5D-1.0Dとする(奥園,1997).
図6.3.4 トンネル周辺の緩み領域の概念図(板垣,1981)
トンネル天端からすべり面までの距離(h)が1D
(トンネル掘削幅)以下の場合,すべり面の強度を低減する. 詳細は,「旧道路公団設計要領第1集」に掲載されている.